明日やろうを、二週間続けた話。|若僧の教訓話*34
「明日から走ろう。」
私は、その言葉を二週間言い続けました。
今日ではありません。
昨日でもありません。
毎日、「明日」です。
そして、その明日は一度も来ませんでした。
今日は、そんなお話です。
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🏃♂️ 二週間ぶりのランニング
お世話になっております。
記録と闘う修行僧です。
久しぶりにランニングへ行きました。
実に二週間ぶりです。
思えば去年の九月頃は、一日に十五キロ近く走っていました。
朝に走り、夕方にも走る。
予定が詰まっていても時間を作る。
雨なら時間をずらす。
走ることを前提に生活していました。
そのおかげで体重も落ち、体も軽くなりました。
ところが。
ある程度体重を維持できるようになると、不思議と心まで緩んできます。
今日は暑い。
今日は忙しい。
今日は疲れた。
「まあ、明日でいいか。」
その”明日”が、二週間続きました。
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🪞 やる気は、あったんです
誤解しないでいただきたいのですが、
走りたくなかった訳ではありません。
むしろ走ろうとは思っていました。
動画を見れば、
「よし、明日からまた頑張ろう。」
と思います。
ランニングコースまで頭に浮かびます。
何キロ走ろう。
どれくらいのペースなら三十分で終わるかな。
走った後はシャワーを浴びて…。
そこまで想像して、
満足していました。
まだ一歩も動いていないのに。
今思えば、
私は走ることではなく、
走る自分を想像することで満足していたのです。
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👟 靴を履くだけでいい
二週間ぶりに走れた日は、
あることをやめました。
五キロ走ることを考えるのをやめたのです。
代わりに考えたのは、
半袖を着る。
短パンを履く。
靴を履く。
玄関を出る。
準備運動をする。
そこまでです。
五キロ先ではありません。
五秒先だけを見る。
すると不思議なことに、
準備運動まで終われば、
「せっかくだし少し走るか。」
になります。
少し走れば、
「あそこまで行こう。」
になります。
気づけば、
私は五キロ走っていました。
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🥵 二週間で、ここまで戻るのか
走ってすぐに分かりました。
遅い。
重い。
苦しい。
いつもなら二十五分ほどで走れる距離が三十分を超えました。
もちろん暑さもあります。
でも、それだけではありません。
足が前へ出ないのです。
いつもなら、
シューズの反発を感じます。
坂道でも、
「もう少し。」
と思えます。
それが今日は、
足が鉛のように重い。
坂道では、
歩いている人と変わらないくらいの速さでした。
私はそこで思いました。
習慣は、能力ではなく感覚でもある。
続けている時は、
頑張っている感覚すらありません。
体が勝手に前へ進みます。
でも一度止めると、
その”当たり前”が全部消えるのです。
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📿 習慣は、続けるより戻る方が難しい
私はずっと、
習慣とは続けることが難しいのだと思っていました。
違いました。
本当に難しいのは、
止まったものを、もう一度動かすことでした。
車もそうです。
走り出せば惰性で進みます。
でも止まった車を動かすには、一番力がいります。
人も同じなのかもしれません。
勉強。
読書。
筋トレ。
早起き。
日記。
どれも、
二週間空けば、
「始めること」が急に重たくなります。
能力が落ちたからではありません。
動き出す感覚を忘れてしまうからです。
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🌱 私も最初は歩くことからでした
今でこそ五キロ走っていますが、
最初から走れた訳ではありません。
三キロ歩く。
少し慣れたら、
下り坂だけ走る。
次は最後の五百メートルだけ。
それができたら一キロ。
三キロ。
五キロ。
気づけば、
十五キロ走っていました。
最初から十五キロを目標にしていたら、
きっと一日で終わっていたでしょう。
人は高い目標では続きません。
昨日の自分より少しだけ前へ進める目標だから続くのです。
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✍️ noteを書きながら思うこと
私は若僧の教訓話を書いています。
でもこの記事を書きながら、
自分自身が一番耳の痛い思いをしています。
「継続が大事です。」
そう書くのは簡単です。
しかし、
たった二週間で走れなくなる人間が、
今この文章を書いています。
だから私は、
綺麗事を書きたい訳ではありません。
できた話ではなく、
できなかった話を書きたい。
失敗したからこそ、
「ああ、自分だけじゃないんだ。」
と思ってくださる方が一人でもいたら、
それで十分です。
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🎐 若僧の教訓
二週間。
たった十四日です。
それだけで、
私は走ることが少し苦手になっていました。
でも、
苦手になったのは走ることではありません。
最初の一歩を踏み出すことでした。
人はよく、
「高い目標を持とう。」
と言います。
私は少し違う気がしています。
高い目標は、
遠くに置けば置くほど、
足が止まります。
だからまずは、
靴を履く。
玄関を出る。
そこまででいい。
人生もきっと同じです。
遠い未来を見すぎるより、
五秒先の一歩を動かす。
その積み重ねが、
気づけば思ってもいなかった場所まで連れて行ってくれるのだと思います。
