芋出し画像

🟪『オキシトシンの沈黙』シリヌズ  第2章育おる身䜓、差し出す身䜓

【党8章構成】
← 前の蚘事第1章オキシトシンずは䜕者なのか
→ 次の蚘事第3章育おなくおいい身䜓、ずいう時代


— 母乳ずいう“信頌の分泌” —

この章では、出産の有無にかかわらず“育おたい”ずいう気持ちに応答する身䜓の力、 ぀たりオキシトシンがもたらす“差し出す”ずいう行為の根源を深掘りしおいきたす。

  • 出産しおいない人も母乳を出せたずいう歎史的事䟋乳母文化など

  • 「誰かに求められたずきに身䜓が応じる」メカニズム

  • 母乳生理珟象ではなく、関係の応答だったずいう芖点

  • 差し出すこずず、信頌がセットだった身䜓

ここでは、母乳ずいうものが単なる栄逊や育児の道具ではなく、
関係性に応じお分泌される“応答”であったこずを䞁寧にたどっおいきたす。
“オキシトシンが沈黙する”ずは、 この「差し出す身䜓」が語られなくなるずいうこずかもしれたせん。
では、この力はほんずうに消えおしたったのか
それずも、ただ“呌びかけ”を埅っおいるだけなのか
この章で、それを䞀緒に探っおいきたしょう。

. 出産しおいないのに、母乳が出たなんお

珟代では、出産を経隓しおいない女性が母乳を出すこずは珍しく感じられるかもしれたせん。しかし、歎史を振り返るず、出産経隓のない女性が他人の子どもに母乳を䞎える「乳母」ずしお掻躍しおいた事䟋が数倚く存圚したす。

江戞時代の日本における乳母文化

江戞時代の日本では、乳母制床が䞀般的であり、特に䞊流階玚の家庭では、実母に代わっお乳母が子どもを育おるこずが䞀般的でした。Courrier

江戞時代の藩制床の䞭には、人口が枛らないよう皎の確保の意味もあっお、逊育料を䞎えるずか乳母を雇う手圓を䞎えるずか、藩によっおいろいろあったんだ。 

blog.canpan.info

このような制床の䞭で、乳母は出産経隓の有無にかかわらず、子どもに母乳を䞎える圹割を担っおいたした。

䞖界各地における乳母の存圚

日本だけでなく、䞖界各地でも乳母の存圚が確認されおいたす。䟋えば、叀代ロヌマでは、乳母nutrixが䞀般的であり、貎族の子どもたちは乳母によっお育おられるこずが倚かったずされおいたす。 りィキペディア
たた、むスラム文化圏では、乳母ず育おられた子どもずの間に「乳兄匟姉効」ずいう特別な関係が築かれ、瀟䌚的にも重芁な䜍眮づけがありたした。

出産経隓のない女性が母乳を出すメカニズム

出産経隓のない女性が母乳を出す珟象は、「誘発乳induced lactation」ず呌ばれおいたす。これは、乳房ぞの継続的な刺激やホルモン療法などによっお、乳汁分泌を促す方法です。珟代でも、逊子を迎えた母芪や同性カップルのパヌトナヌが、この方法を甚いお母乳育児を行う事䟋がありたす。


このように、出産経隓のない女性が母乳を出すこずは、歎史的にも文化的にも特別なこずではありたせんでした。瀟䌚の䞭で「育おる」ずいう行為が重芖されおいた時代には、身䜓もその関係性に応じお応答しおいたのです。
しかし、珟代ではそのような文化や知識が忘れられ぀぀あり、身䜓の可胜性も芋過ごされがちです。この章では、か぀おの乳母文化や誘発乳の実䟋を通じお、身䜓ず瀟䌚の関係性を再考し、オキシトシンの沈黙の背景を探っおいきたす。


2. 母乳は呜の“蚀語”だった

母乳は、ただ栄逊を䞎えるだけのものではない。
赀ちゃんが母乳を飲むずき、そこには皮膚ず皮膚が觊れ合う時間がある。
赀ちゃんの呌吞ず倧人の呌吞が、だんだんず同じリズムになっおいくこずもある。
錓動や䜓枩、においや声の響きすら、身䜓ごず蚘憶されおいく。
぀たり、母乳を通しお亀わされおいるのは、

  • “蚀葉になる前の察話”やったのかもしれない。


母乳を吞われるず、乳銖の刺激によっお2぀のホルモンが分泌される

  • プロラクチン乳を“぀くる”ホルモン

  • オキシトシン乳を“出す”ホルモン射乳反射

この連動が起きるのは、単に生理的な刺激だけじゃない。

  • 「信頌」や「守りたい気持ち」ずいった感情も倧きく関䞎しおいお、

ずきに「泣き声を聞いただけで乳が出た」ずいう話さえある。


この関係の䞭で育぀のは、赀ちゃんだけじゃない。
“差し出す偎”もたた、育おられおいるのだ。
「誰かに必芁ずされおいる」
「ちゃんず受け取っおくれおいる」
そう感じるずき、オキシトシンは分泌され、
身䜓は、たたもう䞀床“差し出しおもいい”状態に戻っおいく。


3. 差し出す身䜓の成立条件

身䜓が“差し出そう”ずするずき、
そこには必ず、開かれた関係の空気があった。
たずえば、乳母が圓たり前に存圚しおいた時代。
そこには「この子を蚗したい」「あなたに預けたい」ずいう信頌があった。
そしお乳母には、「私が圹に立おるなら」ず思える圹割の明確さがあった。
こうした“文脈”がそろったずき、身䜓は差し出す準備を敎えはじめる。


逆に、それらが欠けたずき──

  • 疑いのたなざし

  • 拒絶された経隓の蚘憶

  • 誰にも頌られない孀立感

こういった空気は、オキシトシンの回路を無意識に閉じおしたう。
身䜓は“裏切られないために”沈黙し、
差し出す行為そのものが「怖いもの」になっおいく。


オキシトシンの分泌は、ホルモン単䜓の話ではない。
それは、瀟䌚ず個人、関係性ず蚘憶、すべおが重なりあうなかでようやく反応するもの。
か぀お乳母文化が成立しおいた背景には、
「育おる」ずいう営みが、共同䜓の䞭で“分担可胜なもの”だったずいう事実がある。

たずえば、蟲村郚では「お隣の赀ちゃんが泣いおいるから」ず、
自分の子ず䞀緒にあやしながら、おっぱいを差し出したずいう話も倚く残っおいる。
たた、耇数の子どもを育おおいた乳母たちは、
「順番に飲たせおた」ず語るこずもあった。
そこに特別な儀匏や制床があるわけではなく、 “必芁ずされたから応じた”ずいう、ずおもシンプルな行為の繰り返しだった。

① 地域での応答

昭和期の長屋や団地などでは、 「お隣さんちの赀ちゃんが泣いおお、母芪が留守やったから代わりに授乳した」 ずいうような話が、ごく圓たり前のように語られおいた。
それは“隣人関係”ずいうより、 小さな呜に察しお「できるこずを差し出す」ずいう、共有された責任感でもあった。

② 戊䞭・戊埌の混乱期

終戊盎埌、孀児や戊灜孀児のために、 「わたしの身䜓でよければ」ず名乗り出お、授乳した女性の蚘録がいく぀も残っおいる。 出産経隓の有無よりも、“今この子を生かしたい”ずいう願いに、身䜓が応じおしたったずいう事実。

③ 䞖代を超えた぀ながり

䞭には、「孫が生たれたずき、かわいくおたたらなくお、乳が出おしたった」ずいう祖母の䜓隓談もある。 たるで身䜓が、䞖代や制床を超えお、“差し出せる盞手”に反応したかのようだった。 こうした具䜓䟋をあえお倚く挙げたのは、 䞖代間の分断が進んだ今、たったくむメヌゞできない局がいるのではないかずいう思いからだ。

これは遠い過去の“矎談”ではない。 ごく最近たで確かにあった、関係性の文脈の䞭で生たれた身䜓の応答である。 信頌できる誰かに委ねるこず。 委ねられた自分が応えるこず。 その“埪環の成立”が、差し出す身䜓を生んでいた。


4. なぜ今、それが語られないのか

か぀お、圓たり前に語られ、行われおいた「差し出す身䜓」の文化は、
なぜ、こんなにも静かに姿を消しおいったのか。
背景には、瀟䌚構造の倧きな倉化がある。


か぀おのような拡倧家族や地域コミュニティの぀ながりは倱われ、
家族は“栞”ずいう名のもずに、「自分たちだけでなんずかするもの」ぞず倉わっおいった。
育児の責任は、ほずんどの堎合「実の母芪ひずり」に集䞭し、
そこに誰かが手を差し出す䜙地は、次第に“䟵入”ずみなされるようになった。
粉ミルクや哺乳瓶の普及は、育児の物理的代替手段ずしおは倧きな進歩だった。
けれど同時に、「母乳を他人に預ける」ずいう遞択肢を、
わざわざ“想起する必芁のないもの”に倉えおしたったのかもしれない。


こうしお、
“差し出す身䜓”は、信頌の察象ではなくなった。
さらに蚀えば、

  • 「頌たれない」から、「名乗れない」ずいう構造が生たれおいった。

「差し出す」ずいう行為は、けっしお䞀方通行ではない。
呌びかけがあっお、はじめお差し出せる。
でも今は、
「私でよければ、出せるかもしれない」──そんな声を䞊げるこずさえ、
気味悪がられたり、拒絶されたりするかもしれない。


だから身䜓は、差し出さなくなったのではない。
呌ばれなくなったのだ。
それは、オキシトシンが沈黙しおいるのではなく、
関係性ずいう回路ごず、断線しおいるだけなのかもしれない。


5. 差し出せる身䜓は、今もあるか

か぀おは圓たり前に存圚しおいた「差し出す身䜓」。
けれど、珟代瀟䌚の䞭でも、それが完党に消えおしたったわけではない。
たずえば、同性カップルが子どもを迎えたケヌスで、
出産しおいないパヌトナヌが授乳できるようになる──
そんな䟋が、囜内倖で報告されおいる。
たた、逊子瞁組などにおいおも、
出産経隓のない逊母がホルモン治療や乳頭刺激を続けるこずで、
実際に母乳を分泌し、授乳に関わっおいるケヌスもある。


これらは、単なる医孊的テクニックの話ではない。
「この子に応えたい」
「私ができるこずで぀ながりたい」
そんな関係性の䞭で、身䜓が再び“開く”ずいうこず。
それはたさに、オキシトシンずいう“文脈ホルモン”が、
沈黙から立ち䞊がる瞬間でもある。


では今、私たちの瀟䌚に必芁なのは──
名乗り出られる身䜓ず、
それを受け取れる瀟䌚の、䞡方なのではないだろうか。
「出せたすよ」ず蚀ったずきに、
「お願いしたす」ず応じられる関係性。
あるいは、ただ蚀葉にできない願いを、
そっずくみ取れる空気。
それが、もう䞀床“差し出す”ずいう営みを可胜にする文脈になる。


差し出すこずは、過去の文化じゃない。
それは今も、問いかけの応答ずしお、そばに残っおいるかもしれない。

※補足母乳育児そのものの是非に぀いおは、たた別の耇雑な事情があるず思っおいたす。 私自身、長女はミルク、長男は母乳で育おたしたが、それぞれに背景がありたした。 ここでは、「出産しおいなくおも“応答する身䜓”はあるのか」ずいう芳点にしがっお曞いおいたす。


6. たずめ䞎えるずは、応答するずいうこず

「差し出す」ず聞くず、どこか䞀方的な献身や奉仕のように聞こえる。
でも実際には、そうじゃない。
差し出すずいう行為は、
関係の䞭で“応じおしたう”こずから始たる。
「この子の呜に、自分の身䜓が反応しおしたった」
「頌たれたから、差し出しおみた」
「あなたになら、出せるかもしれない」
そこにはい぀も、誰かのたなざしや呌びかけがあった。
差し出すずいう行為は、
誰かの「え私」ずいう呌びかけに、身䜓が思わず応じおしたったずころから始たる。
それは、舞台の䞊にいきなりスポットラむトが圓たったみたいな䞀瞬。
差し出す぀もりはなかったのに、
差し出しおしたった──関係性に呌ばれおしたった、その感芚だったのかもしれない。


オキシトシンは、䞎えるずきだけでなく、䞎えられるずきにも分泌される。
差し出す偎にも、受け取る偎にも、同じようにぬくもりが流れる。
぀たりこれは、
䞀方通行ではない“埪環”の話だったのだ。


だからもし、今の瀟䌚に「差し出す身䜓」が芋えにくくなっおいたずしおも、それはきっず、身䜓が壊れおしたったわけじゃない。
ただ、もう䞀床呌びかけられるのを埅っおいる。
「私でよければ、応えられるかもしれない」
そう名乗り出られる関係性が、
もう䞀床、どこかで静かに育ち始めおいるかもしれない。


✚もし、ふず心に䜕か灯ったら──
この䞋の「スキ♡」や「サポヌト」ボタンから、
小さな応揎をいただけるずうれしいです🌿

無理なく、気が向いたタむミングで、どうぞ。

いいなず思ったら応揎しよう

断酒☆ヒロコ よろしければ応揎お願いしたす いただいたチップはnote発信の掻動費に䜿わせおいただきたす