マチコは毎日そこにいた|家を壊さなかった人の話
Project MOON No.02-2' No. X-6
私にとってのソウルメイトは、
一番分かり合えた人のことではない。
毎日同じ小言を繰り返し、
逃げ道をじわじわ塞いでくる祖母のことだった。
「勉強しなさい」
「お母さんを大切にしなさい」
「家を大切にしなさい」
私は、その言葉をたぶん三千回以上聞いていた。
ざっくり暗算したので、
そこまで外れてはいないと思う。
◇
マチコは、私の祖母だ。
母が離婚して実家へ戻ってきたとき、
私と妹も一緒にマチコの家で暮らし始めた。
以来、私たちは四人で暮らしていた。
母は昼から夜まで仕事に出ていた。
だから家には、いつもマチコがいた。
いや、
“代わりに家にいる”
という感じではない。
マチコは、もともとずっとそこにいたのだ。
私たち家族が転がり込んできて、
マチコの静かな生活を脅かした、
というほうが近い。
マチコは、湯呑みを持ったまま、
ため息混じりに言っていた。
「やっと子育て終わったと思ったら、二周目」
そして少し間を空けてから、真顔で続ける。
「あなたたちのお母さんは、
自分の娘だからまだ可愛い。
でも、あなたたちは違う」
今思えば、ずいぶん正直な人だった。
当時の私は、
「なんてババアだ」
くらいには思っていた。
いや、厳密にはそこまで強い言葉ではない。
私の語彙も価値観も、
マチコの教育でできていたからだ。
“ババア”みたいな言葉は、
マチコの口から出てくることがなかった。
◇
夕方になると、
マチコはいつも台所に立っていた。
薄暗くなり始めた台所には、
換気扇の音がぼんやり響いている。
包丁がまな板を叩く。
鍋の湯気が、
オレンジ色の電気の下でゆっくり揺れる。
畳の部屋ではテレビが流れていた。
私は学習教材を広げたまま、鉛筆を握っている。
もちろん、勉強に集中しているわけではない。
私は毎日、
「学習教材を、マチコにバレず、最速で“それっぽく”終わらせられるか」
その一点だけに頭を使っていた。
マチコが台所で料理に集中している間に、
猛烈なスピードで解答ページを開き、
答えを書き写す。
足音が近づけば、急いでページを戻し、
“ちゃんと考えている顔”をする。
また台所へ戻ったら、続きを丸写しする。
今思えば、かなり滑稽な“自宅カンニング”だった。
学校ではなく、家で。しかも毎日。
勉強というより、小学生なりの情報戦だ。
ただ、私は根が小心者だった。
計算問題では、答えだけ写すとバレそうで怖い。
だから計算過程まで全部丸写ししていた。
記号問題も、
あとから不意に聞かれて困らないよう、
一応問題と答えには目を通していた。
当時はただ必死だったのだが、
大学生になったころ、
灘高出身の人が書いた教育本で、
「答えを書き写すなら、
計算過程まで写したほうがいい」
と書かれているのを読んだ。
そのときだけは、
「あのときの私、意外とやるじゃんか」
と思った。
……もちろん、
灘高にはまったく届かなかったのだけれど。
マチコは、夕飯を作りながら、
ときどきこちらへ目を向けていた。
遠くから。
ときどき近くから。
眼鏡の奥の細い目が、
本当に勉強しているのか、
それとも“やっているふり”なのかを、
静かに見定めようとしている気配があった。
……いや、気のせいだったのかもしれない。
まあ、何はともあれ。
夕食を作り終えると、
今度はテーブルに座って家計簿をつけ始める。
マチコは、銀行がまだそろばんでお金を計算していた時代の人だった。
今思えば、Excelで表計算ができる時代に、化石みたいな――いや、受け継がれるべき職人芸みたいな手つきで、毎日細かく家計簿をつけていた。
パチ、パチ、パチ。
乾いたそろばんの音が、テレビの笑い声に混ざる。
マチコは家計簿を開き、
小さな字で数字を書き込んでいた。
その横顔は、いつも真剣だった。

学習教材が終わると、
今度は学校の宿題が始まる。
私は、まだ勉強が終わっていないことを、
マチコには悟られたくなかった。
だから、
マチコが家計簿をつけたり
算盤を弾いたりしているテーブルから、
少し死角になる場所で鉛筆を動かしていた。
少しでも目が合えば、
小言が始まることは分かっていたからだ。
「今みたいに勉強できることが、
どれだけありがたいことか分かってる?」
「戦争だったら、
そんなこともできないんだからね」
「お母さんは苦労してるんだよ」
「お母さんと家を大切にしなさい」
感謝しなさい。
恵まれていると思いなさい。
真面目に生きなさい。
とにかく圧がすごい。
私は毎日、
この“感謝の圧”から逃げる方法ばかり考えていた。
ただ、子どもの頭で思いつく対策なんて、
せいぜい二つくらいである。
①まず、とにかく寄り道をする。
②そして帰宅したら、マチコに隠れて学習教材の答えを丸写しする。
以上。
◇
私は、勉強なんてしたくなかった。
テレビを見ていたかったし、
友達とも遊びたかった。
だから、
適当に外で遊んで、そのあと
コンビニで時間を潰してから帰ることが多かった。
店の前に置かれた週刊誌や新書を立ち読みして、
アイスケースを意味もなく何度も開け閉めする。
外が少し暗くなり始める頃を見計らって、
ようやく家へ戻る。
それでも家へ帰ると、マチコはいつもそこにいた。
当然である。
何度も言うが、この家はマチコの家なのだ。
玄関を開けると、出汁の匂いがした。
台所では換気扇が回っている。
鍋の蓋がカタカタ鳴り、
包丁がまな板を叩く音が、
一定のリズムで続いていた。
母はまだ帰ってきていない。
でも、私にとっての“家”は、
少しずつマチコのいるその場所になっていった。
◇
マチコは、感情を大きくぶつける人ではなかった。
もちろん怒ることはある。
ただ、怒鳴るというより、
静かに言葉を積み重ねていくタイプだった。
座卓の前に正座し、
湯呑みを片手に持ちながら、
少し顎を引いて、淡々と話し続ける。
その横で、私は時計ばかり見ていた。
小学生の私には、
その小言の時間が長くて仕方なかった。
早く終わってほしかった。
それでも次の日になると、
また同じように夕飯が並ぶ。
そしてまた同じように、
「勉強しなさい」
と言われる。
私はずっと、
“うっとうしいな”
と思い続けた。
◇
親になって分かったことがある。
子育ては、思っている以上に体力がいる。
もちろん、我が子はかわいい。
ただ、“かわいい”だけで毎日を回せるほど、
子育ては単純ではなかった。
疲れる日もある。
一人になりたくなる日もある。
それでも朝になると、
また同じように一日が始まる。
マチコは、よく言っていた。
「やっと子育て終わったと思ったのにねぇ」
ようやく終わったはずの子育てが、
半ば事故みたいな形でもう一度始まった。
そんな感覚だったのだと思う。
実際、そうだ。
しかも今度は、
自分で覚悟して迎えた“子ども”ではない。
“孫”が、ある日突然、
生活の中へ転がり込んできたのである。
今になればわかる。
受け入れてくれただけでも
十分ありがたいことだったのだ。

ただ、どんな時でも
マチコはいつも安定していた。
毎朝、近所の小学校へラジオ体操に向かう。
雨の日でも、少し寒い日でも、
休むことはほとんどなかった。
そういえば、
晩年まで体調を崩したという話を、
私はほとんど聞いたことがない。
朝になると、家の中で一番早く起きている。
気づけば、台所に立っていた。
換気扇の音。
味噌汁の湯気。
フライパンに油が落ちる小さな音。
まだ眠たい目をこすりながら居間へ行くと、
そこにはエプロン姿のマチコがいた。
マチコは
週に二回はプールへ通い、
週に一回カトリックの教会へ行き、
月に二回、
近所に住む姉たちと集まってトランプをしていた。
その日は少しだけ機嫌がいい。
そして、
祖父――つまりマチコの夫のことを慕って、
仏壇へ線香をあげに来る人も後を絶たなかった。
近所のおじさん。
昔の仕事仲間。
親戚。
マチコは、その全員に丁寧に対応していた。
腰を少し低くし、にこやかに相手の話を聞き、
「まあ、そうでしたか」
と静かに相槌を打つ。
そして、
亡くなった祖父を大切そうに語ってくれる相手へ、
心から感謝していた。
来客が帰ると、また台所へ戻る。
夕飯を作り、
私たちの勉強を見張り、
「家とお母さんを大切にしなさい」と繰り返し、
夜遅くまで家計簿と睨めっこをして、
次の日はまた誰よりも早く起きる。
私は、
それをいつしか当たり前の景色だと思うようになった。
◇
良い日も、余裕のない日も、
なるべく変わらない態度で子どもと向き合い続けること。
安定感とか安心感と呼ばれるものだ。
私は、マチコの小言がずっと嫌だった。
うっとうしかった。
できれば聞きたくなかった。
でも同時に、
私は、
あの“いつも通り”の安定感に守られていたのだと思う。
毎日同じ時間に起きて、
同じようにご飯を作り、
三千回ほど説教をして、
私たちを見ている。
“いつも通り”というものは、子どもにとって、
「家がちゃんとそこにある」という安心感だった。
マチコは、知らないうちに、
私の価値観を作っていた人だった。
毎日のご飯。
小言。
説教。
うっとうしさ。
朝のラジオ体操から帰ってきたときに見せる、
穏やかな笑顔。
全部が、今の私の安心感の土台になっている。
私にとってのソウルメイトとは、
“分かり合える人”のことではない。
毎日同じように家にいて、
同じようにご飯を作り、
同じように小言を言いながら、
“家”という感覚を、
ずっと壊さずに置き続けてくれた人。
マチコと私にとっての
「ソウルメイト」とは、
そういう話なのだと思う。
了
▶「マチコ」シリーズその①
戦争、
仕事、
家、
娘たち。
少し前のマチコの話です。
▶︎「マチコ」シリーズその②
なぜ距離感を崩さなかったのか。
その背景が少し見える話です。
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