銀の指|【狸の短編小説】
関節の隙間からこぼれ落ちた赤茶色の粉が、オフィスの白い床に点々と軌跡を描いている。
いくらハンカチで拭っても、皮膚の下から湧き出し続ける粉。
それは、かつて私が飲み込んで、消化せずに腹の底へ沈殿させた言葉たちの痕跡。
時間が経って酸化して、内側から私を食い破ろうとしているんだ。
この赤茶色の鎧は、外界の衝撃から私を守るシェルターでもあって、同時に私を緩やかに窒息させる棺桶でもある。
「全部、削ぐんですね」
溶接マスクを被った職人は、巨大なグラインダーを起動させた。
回転する砥石が、私の表面を覆う赤茶色の層へ躊躇なく押し当てられる。
キュウィンー、ザザザッ。
散る火花は、神経が上げる最後の悲鳴のように熱く、そして美しかった。
音を立てて粉砕していくたびに、胸の奥で黒い塊が蒸発していく。
膿を出し切るような妙な快感を伴って。
一時間後、チリトリの上で山盛りになったかつての私を、職人はドラム缶へ無造作に捨てた。
ドラム缶の中を覗くと、捨てられた粉の山は、発酵した腐葉土のように生暖かく、むせ返るような人間の生活臭がする。
対して、椅子から立ち上がった私は、重力との契約が切れたかのように軽い。
財布から代金を出そうとして、指の間から硬貨が滑り落ちる。
拾おうと自分の手を見ると、指紋という滑り止めすら削ぎ落とされていたことに気づいた。
そこにあるのは血管が透けるほど薄く、剃刀のように鋭利に研ぎ澄まされた銀色の骨組みだけ。
「風邪引くなよ。もう熱を保つ場所なんて、どこにも残っちゃいないんだから」
夜風が剥き出しの神経を紙やすりで擦るように襲いかかってくる。
たまらず自分の肩を抱こうとして、鋭利な指先が二の腕を切り裂いて、血が滲んだ。
私を暖めてくれていた赤茶色の殻は、あのドラム缶の中でゴミとして眠っている。
強烈な飢餓感を覚えて、コンビニに入り、棚に並んだたまごサンドを手に取った。
ふわふわとしたパンに、黄色い具が挟まれた生の塊。
それを口に運ぼうと、ビニールの包装を指でつまんだ瞬間。
スパッ。
何の抵抗もなく、サンドイッチが真っ二つに落ちる。
私の指先が、包装ごとその中身を断ち切っていた。
断面は細胞が見えるほど滑らかで、汁一滴すら垂れていない。
パンの頼りない柔らかさと、指という凶器の冷徹さ。
私はもう、柔らかいものを掴むことすら許されない。
誰かと触れ合えば相手を抉って、自分を抱けば傷だらけになる。
ショーウィンドウに映る銀色の男は、都会のビル群のように清潔で、孤独だった。
私は二度と口に運べない糧をまたいで、明るすぎる自動ドアの電子音を背に、闇夜へ出た。

🔸共同運営マガジン始めました。参加者募集中!
🔸 AI画像のアートスタイルを集めました!
🔸おすすめ!(画像をタップ)⬇️
🔻爪の黒|【狸の短編小説】

🔻無菌室の愛|【狸の短編小説】

もう見逃さない。全編を一気読みできます。⬇️

