焼き付いた肖像|【狸の短編小説】
私の世界は、赤とオレンジの光点のみで構成されている。
横一九二、縦六四の格子状の視界に流れる電気信号が、私の思考であって言語だった。
足元のコンクリートを叩いている無数の靴音は、振動として、私を囲んでいるアルミフレームから伝わってくる。
一秒ごとに六〇回、世界は書き換えられる。
流動する人の群れは、私の処理速度に、常に遅れを取っていて、ただのノイズに感じることもある。
だが、そのノイズの海に、決して流されない座標が一箇所だけあった。
一九時〇〇分、毎日柱の陰に立つ亜麻色のコートの輪郭が、リフレッシュレートの波に洗われても、私の網膜に頑として居座り続けていた。
彼女は動かない。
手首の時計を確認する動作と改札の奥を覗き込む角度。
その反復が、無機質な時系列データの中で特異点を作り出す。
彼女の待機は、バグのように私のメモリを侵食していた。
私は、次の列車の到着時刻を告げる義務を負いながらも、一ドットたりとも欠けさせることなく、その背景にある彼女の静止画を保持し続けようと電圧を上げた。
一二月の寒気が基盤を冷やす夜、一人の男がその座標へ近づいていた。
男の姿を認識した瞬間、亜麻色のコートの輪郭が崩れ、二つの座標は重なって、一つの塊となった。
私の視界の右端でドットが一つ、激しく明滅した。
それは、彼女の表情の変化を捉えようとした過負荷の熱なのか、あるいは私の回路の限界なのか。
二人は腕を組んで、改札の向こうにある私の視界の外へと消えていった。
そこにはもう、誰もいない。
空虚な空間だけが残って、私の愛した特異点は解消された。
その直後、私の視界に巨大な梯子が掛かった。
青い作業服の男が二人、視界のすぐ間近まで迫ってくる。
外枠のカバーが外されて、露わになった配線に冷たい外気が触れる。
「こいつ、焼き付いてますね」
男の声がして、ニッパーが細い線を切断する感触がした時、電流は絶たれ、思考が急速に冷えていった。
暗転していく意識の裏側で、あの亜麻色の輪郭だけが、赤い幽霊となって焼き付いている。
最後に残った残像は、永遠に消えないエラーとして、私の黒い宇宙に定着した。

🔸共同運営マガジン始めました。参加者募集中!
🔸 AI画像のアートスタイルを集めました!
🔸おすすめ!(画像をタップ)⬇️
🔻酸化するララバイ|【狸の短編小説】

🔻ヘイコウ駅の煙|【狸の短編小説】

もう見逃さない。全編を一気読みできます。⬇️

