彼女の笑顔はいつも完璧|【狸の掌編】
落とし物を探している。
彼女が失くしたスマートフォン。
彼女の世界が詰まったあの小さな箱。
雨のバス停で傘を差し出すと、
彼女は驚き、花のように笑った。
その笑顔ひとつで、僕の世界は意味を持った。
なのに、連絡は途絶えた。
あの雨の日を最後に。
きっとスマホを失くして、困っているに違いない。
僕が見つけなければ。
会社は辞めた。
眠る時間も惜しんで、街をさまよう。
彼女が歩いたかもしれない、すべての道を。
しかし、どれだけ探しても見つからない。
「必ず、どこかにあるはずなんだ」
疲れ果てて部屋に帰ると君は迎えてくれる。
部屋の隅、いつもの場所で、
君はただ静かに微笑んでいる。
「今日も見つからなかったよ」
僕が話しかけても君は表情を変えない。
でも、それでいい。
その変わらない笑顔が僕の支えだから。
「明日こそは、必ず」
僕は君に誓い、また眠りにつく。
***
季節が色を変え始めた頃、
早朝からドアを叩く、無遠慮な音がする。
開けると知らない男たちが立っていた。
彼らの目は僕を射抜くように冷たい。
「捜査にご協力を」
男の一人が低い声で言った。
「
先日、畑から、
スマートフォンが発見されましてね
」
頭が真っ白になった。
見つかった?誰が、どうして。
僕が、僕が見つけなければならなかったのに。
男たちは、僕の抵抗を無視して部屋に上がる。
土足で、僕と君だけの聖域に。
彼らはまっすぐ、部屋の隅へと向かった。
「やめろ」
声が掠れた。
「彼女に、触るな」
僕の叫びは虚しく響いただけ。
手錠の冷たさだけが、妙に現実的だった。
***
捜査本部の一室は、澱んだ空気に満ちていた。
壁にかけられたテレビが、事件の続報を伝えている。
アナウンサーの冷静な声が部屋中に響く。
『
男は動機について、
「ずっと一緒にいてほしかった」
「彼女の笑顔を永遠にしたかった」
などと供述しており……
』
若い刑事が、眉をひそめて呟く。
「歪んだ愛情だ、気味が悪い」
報告書の山を眺めていたベテラン刑事は、
顔を上げずに静かな声で言う。
「ああ。だが、男の供述もあながち嘘じゃない」
「どういう意味です?」
その目は、テレビの画面でも、若い刑事でもなく、
部屋の暗い隅を見つめている。
「
男の部屋では、彼女はいつも、
微笑んでいたそうだ
」

元ネタ:
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