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『心学早染草』あらすじ解説|山東京伝「善玉悪玉」心学の世界

今も「善玉・悪玉コレステロール」などと使われる、善魂と悪魂の元祖! 江戸時代のコミック・黄表紙が描く、人間の欲望と理性の闘いの物語を紹介します。


大河ドラマ「べらぼう」にも登場!
山東京伝による黄表紙『心学早染草』は、当時の「心学」という道徳的な教えを、エンタメ化して面白おかしく描いた作品です。

善魂が入っている若旦那の体内へ入り込むスキをうかがっている悪魂たち。この世とあの世の境で悪だくみをしている/山東京伝『心学早染草』

現在でも使われる悪玉・善玉という言葉のきっかけとなったこの作品は、大ヒットしてシリーズ化。さらに歌舞伎の舞台でも「悪玉踊り」として踊られ、大人気となりました。

この記事では、そんな『心学早染草』のあらすじや見どころを、わかりやすく解説していきます。

✅ 黄表紙とは江戸時代のコミックともいわれる絵入り草紙。黄表紙について詳しく知りたい方は下記の記事をどうぞ👇

■ 『心学早染草』が現代語訳でまるっと全部読める本も!(記事末で紹介します)




『心学早染草』のあらすじ|善魂と悪魂が争う黄表紙の名作

山東京伝作。北尾政美(鍬形蕙斎)画。

神様から善魂を授けられた若旦那・理太郎

天上でまるでしゃぼん玉のように魂を吹く天帝。魂は天からの授かり物であるということを、ファンタジックな絵にして見せる。


日本橋の裕福な商人・日前屋理兵衛の妻が出産。玉のような男の子が誕生したところ、悪魂が入り込もうとするのを、現れた天帝が悪魂の手をねじ上げて、善魂を入れてくださいました。これは理兵衛の普段からの信仰心のあつさゆえ。

理太郎と名付けられた息子は、すくすくと成長。勤勉で親孝行、真面目な十六歳の青年に育ったころ、油断した善魂は理太郎の体から抜け出して遊びにでてしまったのです。

これは絶好のチャンス!と、狙っていた悪魂たちが集まって理太郎の体内へと入り込んでしまいました…!

※善魂も悪魂も、人間の目には見えないという設定。



理太郎を引っ張り吉原へ誘う悪魂たち

浅草観音への参詣からふと気がゆるんだ若旦那。その先の吉原遊郭へとふらふら向かってしまう。その背を押しているのは悪魂たち…!


今まで一度も遊廓へなど行きたいとも思わなかった若旦那。悪魂が体内に入った後は、なにやら気がゆるみ、ふらふらと吉原へ出かけてしまいます。

そしてすっかり遊ぶ楽しさを知ってしまい、花魁との逢瀬に心を溶かした理太郎。

しかもこの時、悪魂によって理太郎の体に戻ろうとしていた善魂は斬り殺されてしまったのでした。

善魂も戻ることなく、悪魂にそそのかされるばかりの理太郎。あんなに良い跡継ぎだったのにどうしたことかと諫める番頭の話も聞かず、さらに大酒を飲み、博打を打って、大金を使いこんでしまい…。



あっという間に盗賊にまで身を落とす…!

追いはぎとなった理太郎に偶然出会った道理先生。腕にも自信がある先生は、理太郎をねじ伏せ捕まえて更生させてやろうとします。

悪魂は増える一方で、親からも勘当されてしまった理太郎。どうしようもなくなって実家の土蔵に盗みに入りますが、昔なついていた飼い犬にも吠えられる情けない有様に。

さらに悪魂は喜んで調子に乗ります。あの利発で真面目だった理太郎は、とうとう追いはぎをするまでに身を持ち崩してしまいました。

しかし、ここでとある夜、道理先生と呼ばれた偉いお方に、盗賊の理太郎は捕まえられてしまいます。

道理先生から「人間が大切にすべきはただ一つ、心である」などと講釈を受けているうちに、理太郎の体内では、なんと善魂の息子たちが、「親の仇だ思い知れ」と悪魂に斬りかかって見事退治!

ようやく我に返った理太郎は、両親に詫びたので勘当も解け、立派な跡取りとなり、その後の店も栄えましたとさ。おしまい。


✅ 黄表紙は正月に売り出されるもの。なので、どんな作品も必ずハッピーエンドで締めるのがお決まりなのです。



黄表紙『心学早染草』の見どころ解説|山東京伝が心学をエンタメ化!

『心学早染草』は、当時流行した「石門心学」の流行りに乗って作られた物語です。

今までの黄表紙のセオリーを覆す理屈臭い作品

『心学早染草』の京伝の序文

この作品の冒頭、京伝はこう書いています。

絵草子というのは理屈臭いのを嫌うというけれど、今その理屈臭いのをもってひと趣向として、三冊に記述しましょう。

本来は子供たちが楽しむ絵草子を、大人向けにするという趣向からスタートしたのが黄表紙というジャンルでした。だから黄表紙とは、気軽で難しくない話が基本。

しかし、ここに京伝は当時流行していた「心学」という道徳を取り入れ、理屈臭い話を書いてみようというのです。

理屈臭い話なんて、気軽な読み物で笑いたい読者にヒットするの?と思いますが、これが大ヒット!

その理由は、理屈臭いといっても誰でも身に覚えのある「欲望との闘い」を描き、さらに善魂と悪魂というわかりやすいキャラを登場させたことにあるのでしょう。


吉原の廊下、理太郎を引っ張り合う悪魂と善魂

「帰ろうか、いやいやこのまま泊まっちゃう? 」。左手は悪魂、右手は善魂に引っ張られ、遊廓の廊下を行ったり来たりする理太郎。悪魂のほうが数が多いのも笑えます。

遊廓の廊下で連れ帰ろうとする善魂と、帰すものかと引きとめる善魂。

両手を引っ張られながら、どうしたものかとうろうろする理太郎の姿は、おもわず噴き出してしまいますが、こんな人、当時はたくさんいたんでしょうね。いや今も?

遊廓でなくとも、ショーウィンドーの前で、勉強机の前で、宝くじ売り場の前で、現代の私たちだって容易に想像できる誘惑との闘い…。その可視化はお見事です。


道理先生のモデルと京伝への一言

追いはぎとなった理太郎をひっとらえ、儒学・仏教・神道の道理を説いて理太郎を改心させた道理先生。

理太郎を助け、教え諭した「道理先生」は、心学者の中沢道二がモデルとされます。京都西陣織の家に生まれ、家業を継いだ後、40半ばから心学を学んだとか。その後江戸に下り、日本橋で心学を布教したとのこと。

また、このページで面白いのは、この道理先生のセリフ。

(理太郎に説教する)ついでに、この本の作者も厳しく叱らねばならん。だいぶ不埒(ふらち)じゃそうな

この本の作者とは、山東京伝のこと。
実際に京伝は、当時の文化人たちのサロンでもあった吉原遊郭へ足しげく通う男の一人でした。

「ま、こんな道徳的な本を書いてる俺だって、他人に説教できるほど正しい行ないをしているわけじゃないけどね」という京伝の照れ隠しのようなツッコミ

実は黄表紙って、あらすじだけじゃなく、こういう細かな書き入れ(文章)がとっても面白いんですよ。


その後の『心学早染草』ブーム

この『心学早染草』の大ヒットにより、後編として翌年に『人間一生胸算用(にんげんいっしょうむなざんよう)』が登場。さらに続々編として『堪忍袋緒〆善玉(かんにんぶくろおじめのぜんだま)』も発行されます。
✅これらを合わせて「心学三部作」と呼びます。

ブームはなんと、歌舞伎の舞台にも!
悪玉キャラが躍る「悪玉踊り」が演じられ、その振り付けは葛飾北斎が絵にしています。

葛飾北齋が描いた悪玉踊り『踊獨稽古』/国立国会図書館デジタルコレクション


さらにこの流行に便乗せねばと、蔦重は曲亭馬琴に依頼して『四遍摺心學双紙(しへんずりしんがくそうし)』という作品も発行したのでした。



山東京伝の画期的な黄表紙『心学早染草』まとめ

以上、『心学早染草』のあらすじと解説を紹介しました。

<あらすじまとめ>
若旦那・理太郎は、天帝から善魂を授かり、裕福な商人の子として真面目で親孝行な青年に育つ。
しかし、善魂が体から抜け出した隙に悪魂が入り込み、理太郎は吉原遊郭に通い、酒や博打で身を崩し、ついには盗賊にまで落ちぶれてしまう。
道理先生によって教え諭されている間に、善魂の息子たちが悪魂を退治し、理太郎は我に返る。
両親に詫びて勘当を解かれた理太郎は、立派な跡取りとして家業を繁栄させるのだった。

大河ドラマ「べらぼう」でも、山東京伝が「心学」の流行に乗ってこの作品を書き上げたシーンが出てきましたね。

思わず噴き出す、人間の欲望と理性との闘い。
しかし現代人もそれぞれ胸に手を当てれば、思い当たる節は多々あるのではないでしょうか。



✅山東京伝や恋川春町たち、人気作家の黄表紙のあらすじ・解説はほかにもたくさん書いています。ご興味ある方はこちらのマガジンへ。👇



参考文献
『江戸の戯作絵本2』小池 正胤、宇田敏彦、中山 右尚、棚橋正博(筑摩書房)
山東京伝『心学早染草』画像
すべて国立国会図書館デジタルコレクションより
※国立国会図書館デジタルコレクションでは『心学早染艸』表記



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