わたしの生きづらさ:疲れやすいのか、崩してみたいのか
この記事は、春野ましゃこさんの企画で書いた記事です。
「なんで私だけ、こんなに疲れるんやろう」
そう思ったこと、ありませんか?
私は、何度もあります。
人と話すことも好きなんですけど、
急に、一人になりたくなります。
人と話していても、
「どう思われてるんかな」
「こんなこと言っていいかな」
とか、相手の顔色を窺ったりすることもよくありますね。
なかなか心を開けないことも、過去にはありました。
最近の記事では、あんまり書いていないかもしれませんね。
むしろ、自分を出そう、表現しようとしていると思います(笑)
真逆か?
以前は、誰かと話すこと自体も、気を遣い過ぎたりして、しんどい思いをしていました。相手のことを想っているつもりが、自分を閉じこめてるような感じですよね。
友だちと話していても、どこか自分じゃないような感じで。
そんな風に、自分の気持ちを出すことにかなり抵抗があった時期もありました。
また、疲れ果ててる日は、いつもなら楽しみにしている本を開いても、
文字が全く頭に入ってこない。
同じ行を何度も読んで、諦めてしまう。好きなことでも読めないんです。
「ああ、私ってダメやな」
と落ち込んだこともありました。
でも今なら、分かります。
これは、頭が「もう休もうよ」と言ってるサイン。
疲れたら読めなくなるのは、誰にでもあること。
ただ、私の場合は、自分の状況に気づかず、インプットもやり過ぎたりすることも。
それも、私の特徴なのかなと思えるようになりました。
そして、自分で決めたルーティン。
朝起きてから、出かけるまでの流れや一日でやることを決めると、びっくりするほど楽になりました。
考えなくても体が動く。
そのおかげで、毎日更新もできているのかもしれませんね。
でも、同時に、気づいたこともあります。
いつの間にか、自分で作ったルーティンの檻に閉じ込められていることに。
予定が変わると、
「どうしようかな」
と違和感や不安になったりするんですよね。
いつもと違うことをするのが怖い。
「もし、うまくいかなかったら?」
そんな不安が、新しい一歩を踏み出すのを止めてしまったりします。
これが、私の生きづらさなのかな。
ルーティンは、安心でもあるかもしれないけれど、疲れたら休むのは、当たり前のことですよね。
もっと自分を大切にしようと思えることも進歩かもしれない。
怖い気持ちが強くなりすぎると、萎縮しちゃって、せっかくの可能性に蓋をしてしまったり、自分の世界を小さくしてしまう。
だから、たまには、ルーティンも
「小さく崩してみてもいいのかな」
平日は難しいけど、投稿時間を変えてみたりね。書く内容や書き方も、ちょっとずつ変わってるかもしれません。
やってみると、意外と、
「あれ、崩れても大丈夫やん」
その小さな発見が、少しずつ、私の世界を広げてくれています。
noteを始めてから、HSP(Highly Sensitive Person)という言葉を知りました。自分も多少なりとも、こういう特性があるのかもと知れたことは、大きな発見です。また、他にもいろんな形でしんどい思いを抱えてる人がいることも知りました。
noteを始めて、書いてきて、変われる部分もあります。自分のことを分かった上で、改善方法を自分なりに見つけることもできるのだと思っています。
読んでいただき、ありがとうございます。
望*daisy
いいなと思ったら応援しよう!
いただいたチップは、noteの活動、書籍購入に大切に使わせていただきます。
ありがとうございます!