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妄想:20XX年の新日本プロレス

社長・棚橋弘至は悩んでいた。

2026年1月4日、棚橋弘至の引退試合の日にデビューし、棚橋弘至から"プロレスのバトン"を手渡され、それを受け取った元柔道100kg級・金メダリストのウルフアロンは、世間からの大きな期待というプレッシャーに押し潰されることなく、プロレスラーとして順調に成長していた。

ウルフアロンは1996年のアトランタオリンピックのレスリング・フリースタイル100kg級で金メダルを獲得し、その後世界最大のプロレス団体、WWEで活躍したカート・アングルをモデルとして、彼の必殺技であった「オリンピック・スラム」にウルフ独自のアレンジを加えた「ウルフ・スプラッシュ」を開発した。

そしてその必殺技を武器に、ウルフアロンは新日本プロレスの頂点であるIWGPヘビー級王座に登りつめ、君臨し、そのプロレスラーとしての確かな実力と巧みなトークセンスで、成長著しいその他の若手選手たちと共に新日本プロレスの人気を牽引していた。しかし彼らがリング上で縦横無尽に活躍出来たのは、社長・棚橋弘至の元レスラーらしいサポートと独特の感受性による常識に捉われないマッチメイクによるところが多かった。

そう、新日本プロレスは「新たな黄金時代」を迎えようとしていた。

しかし選手たちが活躍すればするほど、新日本プロレスは悩ましい問題を抱えるようになった。なぜなら大谷翔平の神がかったMLBでの活躍、八村塁が掴んだNBAでの成功以後、多くの日本人レスラーはアメリカに目を向け、そこでの活躍を望むようになってきたからだ。

彼らにとって、新日本プロレスで成功することはプロレスラー人生の最終目標ではなくなり、彼らの目標はアメリカの二団体、WWEやAEWでプロレスラーとしての名を売り、ワールドワイドな存在にのし上がることだった。しかし若手時代から手塩にかけて育てた選手たちの離脱は新日本プロレスにとって大きな痛手となる。

しかしギャラの日米格差、そして「円安・ドル高」が常態化した状況下で、所属するレスラーたちにアメリカの団体に目を向けるなと言うのは土台無理な話だった。このアメリカへの人材流出危機は避けられない問題として、社長・棚橋弘至が率いる新日本プロレスの経営陣に重くのしかかっていた。

新日本プロレスは順風満帆に見えた。しかしそれは優秀な社員=優秀なレスラーたちが組織を固めてこそ成り立つもの。「人は城、人は石垣、人は堀 … 」"甲斐の虎"と恐れられた戦国武将・武田信玄が残したとされる格言を社長・棚橋弘至は繰り返し思い出しながら、新戦力補給に関するある重大な決断を下した。

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従来のように新日本プロレスへの入門者をただ待つのではなく、社長・棚橋弘至は積極的にプロレスラーの原石を探し出す、少数の精鋭で編成された「特命スカウト部」を社内に新設した。

社長肝入りで生まれたこの部署が未来の新日本プロレスを支えるレスラーの卵を発掘しなければ、新日本プロレスに明るい未来は無い。そのためには従来の常識的なスカウト活動では物足りない。特命スカウト部が練り上げたスカウティングの方向性は、従来のプロレス業界から見れば異質で特異、社長・棚橋弘至さえもが驚くものだった。

まずアマレス界には当面の間アプローチしない。なぜなら日本のアマレス界には中型・大型の男子選手が少ないからだ。それに新日本プロレスには永田裕志というアマレスで全日本選手権を制した男が経営陣に名を連ねていた。もしアマレス界に逸材が現れれば、当然その情報は永田の耳に入ってくる。そこに注力を傾ける必要はないと特命スカウト部は判断し、社長・棚橋弘至もその意見に同意した。

そして柔道界にもアマレス界と同様の対応を取ることにした。鬼籍に入って数年経っていたが、1965年の全日本柔道選手権で優勝した坂口征二はかつて新日本プロレス所属のレスラーであり、困難な時代に社長の重責を務めていたこともあった。また現IWGPヘビー級王者であるウルフアロンも柔道出身者であるだけに、柔道界とのパイプは依然として太く、常に最新の情報を素早くキャッチすることが出来たからだ。

しかしアマレス界や柔道界から新日本プロレスに入門を希望する選手がいれば、その際は「来るものは拒まず」これが特命スカウト部の基本的なスタンスだった。

そこで特命スカウト部が目を付けたのが日本プロ野球:NPBと男子プロバスケットボールリーグ:Bリーグから諸事情により若くして去ることを余儀なくされた選手たちだ。一度はその世界で日本のトップレベルの組織に属した選手たちだけに、彼らのアスリートとしての素質は折り紙つきだ。特命スカウト部門はそれらの「捨てられた石」の中から「磨けば光る石」を選別して拾い上げ、それらを東京都世田谷区野毛の「研磨工場」へ送り込むのだ。

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暑い日も寒い日も容赦なく徹底的に繰り返された基本的な「研磨作業」は終了し、数人の元プロ野球選手と元プロバスケットボール選手がヤング・ライオン(新日本プロレスの若手選手の総称)として晴れて栄えあるデビュー戦を迎えた。

その頃、特命スカウト部内では未解決のまま残っていた"例の案件"が再び熱く論じられていた。

新たなスカウティング方法は確かに一定の成果を上げていた。まさか元プロ野球選手が、まさか元プロバスケットボール選手がプロレス・デビューとは!という世間的な注目度を集めることには見事成功した。彼らが有していたアスリートとしての資質を開花させ、新日本プロレスに選手層の厚みをもたらした特命スカウト部と「研磨工場」の功績は大きい。

しかし特命スカウト部にはまだ手付かずの案件が残っていた。それは日本の国技、大相撲を廃業した力士への対応だ。彼らをスカウティングの対象にするか否か、その是非を問う議論はこれまで何回も繰り返されてきた。しかし部内の意見は毎回真っ二つに割れたままで、"水掛け論"的な議論だけが延々と続き、結論は何時も次回に持ち越されていた。

鍛えられた肉体を誇り、まだ余力を残したまま諸事情で廃業した大相撲出身者は、アマレス出身者や柔道出身者同様、プロレスへの順応性は極めて高い、というのが大相撲出身者に対するスカウティング肯定派の代表的な意見だった。

彼らの主張の根拠は、ラッシャー木村キラー・カーン天龍源一郎田上明の成功例だ。いずれも大相撲で鍛え抜かれた体を生かして、タフでラフなレスラーとしてプロレス界で活躍した。

これに対して反対派の代表的な意見はプロレス界で大成した大相撲出身者は上記の四人ぐらいしか見当たらないというものだった。

戦後の日本プロレス創世時代から、星の数ほどの大相撲出身者がプロレス界に身を転じた。しかしある程度の成功を収めたのは、ほんの一握りだ。横綱まで上り詰めた輪島大士北尾光司曙太郎ですら成功しなかった。

また大相撲出身者のファイト・スタイルは"昭和的なもの"になる懸念が高い。令和のプロレス・スタイルに親和性は無く、フィットしないだろうというのが反対派の言い分だった。

特命スカウト部は有望な元プロ野球選手や元プロバスケットボール選手をスカウトし、満足のいく結果を上げた。しかし大相撲出身の元力士に対するスカウティングに関しては、その是非を巡って延々と議論が交わされてきた。

賛成派と反対派の意見を耳にした社長・棚橋弘至は、スカウティングの方向性について、少し視点を変えて考えてみることが必要だと感じた。ひょっとすると賛成派も反対派も「元」という「過去」にこだわり過ぎているのではないだろうか? そしてこの議論にけりをつけ、特命スカウト部に明確な方向性を示すには、社長としての「大岡裁き」が必要だと棚橋弘至は確信した。

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大相撲を廃業した元力士に対する評価は反対派の意見、特にそのファイト・スタイルが"昭和的なもの"になりかねないという危惧に同意する。よって、こちらから元力士に声をかける必要はないと判断する。しかしもし彼らが新日本プロレスへの入団を希望するなら、特命スカウト部がプロレスラーとしての資質の有無を検討し、入団の可否を決定する。

尚、大相撲の現役力士への接触は厳禁。一歩間違えれば新日本プロレスからの引き抜き工作と捉えられかねない。そうなれば大相撲界との関係は悪化し、最悪の場合、新日本プロレスにとって重要な興行会場である両国国技館が使えなくなる可能性もある。

しかしアマチュア相撲界で頭角を現している人材は捨てがたい。今後は大相撲未経験者、まだ相撲部屋に入門していない高校や大学、実業団に属する有望な相撲選手にスカウト対象を絞り、彼らのスカウティングに注力する。

社長・棚橋弘至が特命スカウト部に指示した内容は以上だった。

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髪に鬢付け油(びんつけあぶら)の匂いが微かに残る、一度相撲界に染った「元」力士ではなく、まだ"大相撲仕様に改造"されていないアマの人材を社長・棚橋弘至は求めた。

背丈や体重などで篩(ふるい)にかけられ、大相撲界に入りたくても入れなかった若者もいるだろう。また相撲は好きだが、それほど大相撲への憧れは強くなく、プロレスに対して好意的な感情を抱いている若者もいるだろう。肉体的には未完成でも、相撲という競技を通じて組技系格闘技のイロハをある程度学んでいる、若くてフレッシュな人材が必要だと社長・棚橋弘至は考えたのだ。

今後、特命スカウト部のスタッフは、プロ野球各球団のスカウトたちが甲子園に足を運ぶように、アマチュア相撲の最高峰、全日本相撲選手権大会や全国学生相撲選手権大会に足を運ばなければならない。そして素晴らしい素質を有した若者が現れた場合、新日本プロレスは相撲界の各部屋と争奪戦を繰り広げることになるかもしれない。

しかし特命スカウト部だけが努力しても限界がある。アマチュア相撲選手にとって、新日本プロレスが大相撲界などよりも魅力的な"就職先"でなければ、彼らは新日本プロレスでプロレスラーを目指そうとはしないだろう。新日本プロレスは、金銭面や福利厚生、将来設計なども含めて、彼らの"就職先"として見合うだけの会社組織であらねばならない。そして新日本プロレスをそうあらしめるのはトップの役割だ。

社長・棚橋弘至はその事を重々承知していた。しかしそれだけでアマチュア相撲選手を口説き落とすのは難しい。スカウト活動をサポートするには何か"特別な仕掛け"が必要だと考えていた。

We need something special…

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20XX年1月4日。

会場を埋め尽くしていた約五万人の観客が一斉にざわつき始めた。

東京ドームの中央に設置されていたリングに若手選手たちが上がり、突然リングのロープが全て外され、撤去されたからだ。そしてリング下の四方には数枚のマットらしきものが新たに敷き詰められたからだ。

全ての照明が落とされ、ドーム内が暗闇に包まれた中、リングの真上から一筋の光線がリングに立つ新日本プロレス所属のリングアナウンサー、阿部誠の姿をくっきりと浮かび上がらせた。

「只今より本日のスペシャル・エキシビション・マッチを行います」

観客はどよめいた。この日に「X vs. X マッチ」として特別な試合が行われることは知らされていた。しかし新日本プロレスはその詳細を一切明かさず、マスコミに対しても徹底した報道規制を敷いていた。

誰が誰と戦うのか? プロレスファンの推測はあらゆるSNSに溢れていた。しかし阿部誠リングアナによると、これはエキシビション・マッチらしい。どんな試合が行われるのか? そしてなぜリングのロープが撤去されているか? 観客はリングアナの一言一句を聞き逃すまいと集中していた。

まずリングアナが今回の試合の名称を発表した。それは「温故知新・異種格闘技エキシビション・マッチ」と冠された特別試合だった。

ドームを埋め尽くしていた観客は驚いた。その試合はエキシビション・マッチではあるが、それが異種格闘技戦であることに驚いた。

異種格闘技戦は90年代後半から台頭した総合格闘技(MMA / Mixed Martial Arts)に強い影響を与え、その発展の礎となった先駆的な試合スタイルだった。しかし技術的に進化した総合格闘技により異種格闘技戦は淘汰され、今や過去の遺物として歴史に埋もれていた。

対モハメド・アリ、対ウィレム・ルスカ、かつて異種格闘技戦はアントニオ猪木のお家芸だったが、もはやそれは「古参」の記憶の中にしか存在しない。棚橋弘至中邑真輔オカダ・カズチカといった新世代のレスラーを観て育った今の観客にとって、異種格闘技戦は"プロレスの教科書"に記載されている「昭和の出来事」ページで少し学ぶ程度のものにすぎない。

そんな過去の遺物が令和の東京ドーム大会に蘇ったのだから、観客が驚くのも無理はない。しかしある意味、これは古いが故に新鮮なマッチメイクだと言えるかもしれない。

そしてこの歴史から蘇った異種格闘技戦で戦うのは、元プロレスラーと大相撲出身の元力士であることがリングアナより発表された。

この元力士を起用した異種格闘技戦こそプロレス界と相撲界を結びつけるための、世間の目を新日本プロレスに向けさせるための仕掛けだった。かつての営業本部長で「過激な仕掛け人」の異名で知られた新間寿も一石二鳥を狙ったこの仕掛けに草葉の陰から及第点を与えているだろう。

この試合をなんとか実現させて成功に導かなければアマチュア相撲選手へのスカウティングはより難しいものになる。社長・棚橋弘至は全精力をこの試合の実現に向けて注ぎ込んでいた。

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温故知新・異種格闘技エキシビションマッチ」のルールが東京ドームのバックスクリーンに設置された大型ビジョンに映し出され、阿部誠リングアナがそれを読み上げ始めた。

勝敗の決定:
投げ技を相手に五回決めた場合。
相手をリングから落とした場合。
相手からギブアップを奪った場合。
10カウント・ノックアウトの場合。
レフェリーストップの場合。
反則技:
足、膝による蹴り。
肘、拳による打撃。
頭突き、目突き、噛みつき、金的攻撃。
グラウンド状態の相手への10秒以上の攻撃。
その他、レフェリーが不適切と判断した行為。
着用着:
両選手は廻し(まわし)を着用。
レスラーはパンツの上に着用可。
力士は廻し(まわし)の下にパンツの着用可。
試合時間:
10分・3ラウンド制で延長戦は無し。
その他:
優先・劣勢による判定決着は無し。
時間内で勝敗が決まらない場合は引き分け。

「「温故知新・異種格闘技エキシビション・マッチ」規則

これでリングのロープが撤去された理由が判明した。四角形ではあるが、リングを土俵と見なしたからだ。この試合では「リングからの落下」イコール「土俵を割る」ことになるのだ。

そしてリングから落下した際の怪我を防ぐため、今回はリング下四方には通常のマットではなく、卵を落としても割れないほど高い衝撃吸収性能を持つ特殊な「αGEL(アルファゲル)」マットが敷かれていたのだ。

しかしこのルールは明らかに相撲側に有利に思われる。たった10秒間ではグラウンド技(寝技)でレスラーが相手のスタミナを奪うことは出来ず、また10秒間でギブアップを奪うことは難しい。両選手の廻し(まわし)着用を含め、この試合を成立させるため、多分新日本プロレスは相撲側に対してルール面でかなり譲歩したのだろう。

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試合の概要は理解出来た。しかし観客が一番知りたかったのは、誰がこの試合に出場するのか? という一点だった。だが阿部誠リングアナは出場する選手の発表を控えた。これは新日本プロレスの巧妙な演出で、出場選手の紹介を故意に遅らすことで、観客を焦らせ、異種格闘技戦への期待と緊張感を煽るためだった。

観客は出場する可能性のある選手を勝手に想像していた。いくらエキシビション・マッチと言えども、これは異種格闘技戦だ。特別な緊張感の中、特殊なルール下で行われる試合だけに、技量と経験と度胸、この三つを兼ね備えた選手を必ず新日本プロレスは選ぶはずだ。では出場するのは数年前に現役を退いたが総合格闘技的なUWF系のバックボーンを持つ鈴木みのるだろうか? それともかつては鈴木の朋友で、一緒にパンクラスを率いた船木誠勝だろうか? 「関節技の鬼」藤原喜明の薫陶を受けた二人なら異種格闘技戦にも問題なく対応出来るだろう。

大相撲出身の力士は誰だろう? 現役バリバリの全盛期に一般人男性に暴行を加えたとされる不祥事で自ら引退した朝青龍かもしれない。気が強い男だけに異種格闘技戦には向いている。それに朝青龍の実兄であるブルー・ウルフは、短期間ではあるが、新日本プロレスに所属していた。彼のラインから新日本サイドが朝青龍に接触し、出場を依頼した可能性は高いだろう。

東京ドームを埋め尽くしたプロレス・ファンの想像は膨らむばかりだった。

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「燃やせ 燃やせ 怒りを燃やせ」

入場曲「怒りの獣神」が大音量で轟く中、廻し(まわし)を着用した獣神サンダー・ライガーが花道に姿を現すと、割れんばかりの歓声がドーム中に鳴り響いた。会場を埋め尽くしていたプロレスファンにとって、獣神サンダー・ライガーの異種格闘技戦への出場は、彼らの予想を完全に裏切る、良い意味でのビッグ・サプライズだった。

「なるほど、新日はあの男を選んだのか… 」昭和の「「古参」たちは頷いた。

獣神サンダー・ライガーに変身しているのはイギリスでの武者修行中、1989年1月、突如"リバプールの風になり"、姿を消していた山田恵一。身長が足りなかった山田は日本でのプロレスデビューを諦め、単身メキシコに渡り、そこで出会ったグラン浜田から新日本プロレスの道場で「鬼軍曹」と畏怖されていた山本小鉄を紹介され、山本の紹介でなんとか新日本プロレスへの入門が許可された苦労人だ。

小兵の山田恵一は道場でのトレーニングに人一倍精を出した。「関節技の鬼」藤原喜明との度重なるスパーリングで「ガチンコ」「セメント」とも呼ばれる危険な真剣勝負時にも対応出来るだけの技量を身につけた。また道場での練習後には日本武道傳骨法創始師範、堀辺正史の元で「喧嘩芸骨法」を学ぶなど、その格闘技への追求心と向上心は並外れていた。

山田恵一はそんな男ではあったが、プロレスへの愛情も並外れていて、自ら獣神サンダー・ライガーに変身することを希望し、新日本プロレスのジュニア・ヘビー級戦線の活性化に務めた。つまり山田恵一 / 獣神サンダー・ライガーは卓越した格闘技能力を奥底に秘め備えながら、エンターテイメント性に富んだプロレスを披露出来る稀有なレスラーなのだ。

数年前に引退し、日々趣味の怪獣プラモデル造りに没頭していた山田恵一ではあるが、やはり格闘技の虫は治まらず、多くの時間を新日本プロレスの道場で若手たちとの共同練習に費やしていたので、エキシビション的な異種格闘技戦に出場するにあたっての肉体的なコンディションに問題はなかった。それに山田恵一が扮する獣神サンダー・ライガーなら、万が一、試合が"暗黙の了解"から逸脱した"危険な展開"となっても、十分に対処出来るだろうと新日本プロレスは考え、彼を今回の異種格闘技戦に起用した。

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大相撲で呼出(よびだし)が力士の土俵入りの合図として打つ、澄んだ柝の音(きのおと)が厳かにドーム内に響き渡った。そして花道奥の入場ゲートからフード付きの黒いロングコートを身に纏った素足の男が現れた。フードを深く被り、これからの試合に集中しているのか、その男はずっと下を向いている。顔は見えない。しかしその体格から鑑みて、その男は朝青龍ではないようだ。

一体誰だろうか? 観客の興味を一身に集めたその男はゆっくりと花道を歩き始めた。黒いロングコートが全身をすっぽり覆っている。唯一見えるのは鍛え上げられたひざ下のふくらはぎだけ。これだけでその男の正体を見破るのは無理だ。

その男はゆっくりと、まるで観客と対戦相手である獣神サンダー・ライガーを焦らすように、リングに上がり、赤コーナーに陣取った。

会場内が少し静まった頃を見計らい、阿部誠リングアナは屈伸運動を終え、青コーナーで待機していた獣神サンダー・ライガーをコールした。

「ライガー!」「山田!」という大声援が静まった後、リングアナは赤コーナーで静かに控えていたその男をおもむろにコールした。

自陣で仁王立ちしていた男は黒いロングコートを脱ぎ捨て、その正体を白日の元にさらけ出した。

眩しい照明の下に現れたのは、ざんばら髪で眼光鋭い舞の海秀平の姿だった。

観客の興奮は一気に頂点に達し、「ま・い・の・う・み!」の大声援が何度も何度も繰り返され、ドーム内に響き渡った。

舞の海はかつて「技のデパート」と呼ばれ、左四つ・下手投げを基本に、切り返し、三所攻め、猫だましなど多彩な奇襲技を武器に、土俵上を縦横無尽に動き回った元小結だ。

大相撲を廃業してかなりの年月が経過していたが、舞の海の体は見事にシェイプアップされていた。長年自分が出演していたテレビCM「世田谷自然食品」の健康サプリ「グルコサミン+コンドロイチン」などを定期的に摂取しながら、日々トレーニングにも励んでいたからだろう。

しかしそれにも増して観客を驚かせたのは、舞の海が鮮やかな紫色の廻し(まわし)の下に黒いショートスパッツを着用していたことだ。多分舞の海はグラウンド状態に持ち込まれた際、臀部がマットと擦れて裂傷を負うことを防ぐためにスパッツを着用したのだろう。

獣神サンダー・ライガーと舞の海はリング中央に歩み寄り、レフェリーのレッドシューズ海野からボディチェックを受け、第39代・木村庄之助から反則技や注意事項などの説明を受けた。

レフェリーを挟んで並んだ二人を見比べてみると、その体格はほぼ互角だ。二人とも身長は170cmぐらいで体重は95kg前後。しかしプロレス同様に相撲を愛するコアなファンは知っていた。舞の海の方が獣神サンダー・ライガーより約3年半ほど若いことを。これは舞の海にとってアドバンテージとなるのだろうか?

リング中央で握手を交わした後、二人は自陣に戻り、試合開始のゴングが鳴るのを待った。

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獣神サンダー・ライガーと舞の海は終始相手の出方を伺っていた。組み合ってはすぐに離れる。タックルでダウンを奪おうとしても切られる。お互い攻めあぐねているようにも見えるが、それには理由があった。二人共このようなシチュエーションで戦うのは初めてだからだ。

ライガーはリングに上がることには慣れていたが、今回は四方にロープが無いので従来のロープを利用した動きが出来ない。一方、硬い円形の土俵の上で戦うことに慣れていた舞の海は明らかにリングの柔らかさと形状に戸惑っていた。

ライガーと舞の海はお互いの動きの観察と通常のリングでも土俵でもない今回の特殊な試合場に慣れることに第一ラウンドを費やした。

第二ラウンドに入ると二人は真っ向から組み合うようになった。ライガーは舞の海から何度もテイクダウンを奪うが、グラウンドでの攻防は10秒までという制約に阻まれ、藤原喜明直伝の関節技を決め切ることが出来ない。それにこの異種格闘技戦ではテイクダウンを決めても何らポイントが加算されることはない。

それでは、とリングの下に舞の海を突き落とそうとライガーは突進するが、舞の海は「猫だまし」でいなしたり、その変幻自在な動きでライガーを翻弄する。

隙をついてライガーの廻し(まわし)を掴んだ舞の海は下手投げを二回連続で決めた。これで完全に頭に血が上り、冷静さを失ったライガーは二度も同じ技で投げられた悔しさからか、それを反省することもなく、前回と同じような動きで舞の海に向かって突進し、またしても瞬時に廻し(まわし)を捕まれ、下手投げを決められた。これはライガーの短気と意地が裏目に出た結果だった。

チャンス到来と判断した舞の海は茫然自失のライガーの懐に飛び込み、あの巨漢・曙にも土を付けた「三所攻め」を投げ技風にアレンジした「改・三所攻め」を決めた。

これで舞の海は合計四回の投げ技を決めたことになり、あと一回舞の海に投げ技を決められると、その時点でライガーの負けが決まる。

ライガーは窮地に追い込まれていた。舞の海の背後に回り込み、両手で胴体を抱えて後方に反り投げる「バックドロップ」を決めようとするが、舞の海はライガーの右足に自分の左足をフックし、「河津掛け」の要領で「バックドロップ」を封じた。舞の海はかつて力道山が鉄人・ルー・テーズの「バックドロップ」を封じた方法をどこかで学んでいたのだ。それに大相撲出身者だけに、どっしりと腰が重い。舞の海にはプロレスの投げ技は通用しないようだとライガーは判断した。

廻し(まわし)の着用、投げ技によるポイントの加算、グラウンドでの攻防は10秒まで。やはり今回の試合ルールはプロレスラーにとって不利だ。また、これは今回のルールとは無関係だが、目の部分がメッシュ状の生地で覆われているマスクを着用しているライガーの視野はかなり狭い。俊敏に動き回る舞の海を相手にするには、これがハンディとしてライガーにのしかかっていた。しかしもう試合は始まっている。今更マスクを脱いで山田恵一として戦う訳にはいかない。

「よし、ではあの手を使おう… 」第二ラウンドの終盤、ライガーは次の第三ラウンドでこれまで温存していた"あの技"を使い、一気に勝負に出ることを決めた。

第三ラウンドのゴングが鳴るや否や、ライガーは対角線上のコーナーにいる舞の海に向かって突進した。舞の海は一瞬の虚をつかれたが、慌てることなく身を翻し、すぐさまリング中央へと移動した。体を反転したライガーがリング中央に迫ってくると、舞の海は少し上体を沈め、低い姿勢からライガーの顎を目掛けて「突っ張り」と「喉輪(のどわ)」を連発して放った。

ライガーの上体がぐらりと揺れた。少なからずダメージを負ったものの、これこそライガーが待ち望んでいた男同士の「しばき合い」に近い戦い方だ。ライガーは心の中でほくそ笑みながら思った。「結構毛だらけ 猫灰だらけ、そっちがそう来るなら、こっちはあの技を… 」

舞の海が連発する「突っ張り」と「喉輪(のどわ)」の猛攻でライガーはリング際まで押し込まれ、危うくリング下へ落とされて負けを喫するところだった。しかしリング際で踏ん張り、体勢を立て直したライガーはリング中央へ戻り、マスクの下で不敵な笑みを浮かべながら、「打ち合い、上等じゃねぇか、望むところだ.. 」そう呟きながら、ライガーは舞の海の顔面目掛けて"あの技"、「掌打」の嵐を見舞った。

「掌打」とは拳の代わりに手のひらの根元(掌底)を使って相手を殴打する技だ。若かりし頃、ライガーは船木誠勝と二人で堀辺正史の元に通い、「喧嘩芸骨法」の重要な攻撃技術の一つである「掌打」を自家薬籠中の物としていた。

舞の海は「突っ張り」とは似て非なる「掌打」の連打に驚き、少なからずダメージを受けた。ノックダウンは免れたが、不覚にもバランスを崩してリングに片膝をついてしまった。ライガーはこれを見逃さず、舞の海をうつ伏せにマットに寝かせた。そして瞬時にもう一つの"あの技"を舞の海に決めた。

"その技"をライガーが舞の海に決めた瞬間、ドーム内には大きなどよめきが広がった。観客は己の目を疑った。まさか異種格闘技戦で"あの技"が決まるシーンを目撃することになるとは…

「Come on, Give up ! 」

舞の海にギブアップを促するライガーの大声がングサイドの放送席まで届いた。しかし苦悶の表情を浮かべ、悲鳴を上げながらも、舞の海は顔を横に振り続けた。

ライガーが舞の海に決めたのは「吊り天井固め」と呼ばれる複合関節技。うつ伏せ状態の相手の両足を自分の両足でロックし、両手首を掴んで後方へ倒れ込み、エビぞり状態で相手を吊り上げる、難易度の高い技だ。

参考画像:
獣神サンダー・ライガーの秘技「吊り天井固め」

この技を考案したのはメキシコ・グアダラハラ出身のプロレスラー、リト・ロメロ。彼は自分の出身地であるグアダラハラに敬意を表し、この技を「グアダラハラ女 / La Tapatía / ラ・タパティア」と名付けたが、日本でこの技は「吊り天井固め」または「ロメロ・スペシャル」と呼ばれている。

「待てよ、これはおかしいぞ… 」多くの観客はそう思った。

寝技の一種である「吊り天井固め」が決まってから10秒以上経過したが、レフェリーのレッドシューズ海野はライガーに技を解くよう、ブレイクを命じないではないか。もしレッドシューズ海野が"身内贔屓"でライガーに有利なレフェリングをしているなら、第39代・木村庄之助がそれを止めに入るはずだが…

今回の異種格闘技戦のルールでは寝技の攻撃は10秒までだと観客は勝手に思い込んでいた。しかし今回の異種格闘技戦のルールでは「グラウンド状態の相手への10秒以上の攻撃」が反則とみなされる。では、攻められている舞の海はグラウンド状態だろうか? 否、グラウンド状態なのは攻めているライガーの方で、舞の海は吊り上げられた"空中状態"でライガーに攻められているのだ。従ってライガーが繰り出した「吊り天井固め」は反則とはならない。これがレッドシューズ海野がライガーにブレイクを命じない理由だった。

ライガーはグランドでの攻防に関する今回のルールを熟知していた。そして"コロンブスの卵"的な逆転の発想で、ライガーは舞の海を仕留めるための技として「吊り天井固め」を選んだのだ。この選んだ技でギブアップを奪うべく、ライガーは上下に激しく揺さぶりながら、悶絶する舞の海を容赦なくギリギリと絞め続けた。

しかし残念ながらこの技は諸刃の刃でもある。仕掛けている本人、ライガー自身にもダメージを与えるからだ。なぜなら寝転びながら相手の体を両足だけで吊り上げ続けねばならないからだ。小兵とはいえ舞の海の体重は約95kg。ライガーは「吊り天井固め」で舞の海にギブアップを迫りながらもその両足は舞の海の体重に苦しめられていた。

これ以上「吊り天井固め」を掛け続けるのは体力的に厳しいと判断したライガーはやむなく技を解いた。しかし両足で舞の海を数分間リフトアップしていたので、ライガーの両足には筋肉疲労が蓄積していた。しばらくの間、ライガーは両足の太ももに張りと重さを伴う鈍痛を感じていた。

一方、「吊り天井固め」で攻められ続けていた舞の海も肩と背中、そして両足の膝にもダメージを負っていたため、すぐさま立ち上がって体勢を整えることが出来なかった。

先に立ち上がっていたライガーは、少しよろけながら立ち上がろうとする舞の海を引き起こして、後ろに回り込んだ。背後から相手の首元に伸ばした腕で頸動脈を圧迫し、ギブアップを奪う絞め技「裸絞め」(別名:スリーパー・ホールド)を決めるためだ。

ライガーの狙いを察した舞の海は相撲の珍手「後ろもたれ」の要領で咄嗟に後ろ手でライガーの廻しを掴み、自分の背中に引きつけ、強くもたれかかりながら全体重をライガーに浴びせた。後ろに同体で倒れ、その衝撃で「裸絞め」から逃れようとしたからだ。

しかし「吊り天井固め」が解かれた直後だったので、舞の海とライガーの足や膝には未だダメージが残っていた。二人は「後ろもたれ」のようには倒れなかった。腰が砕けて足元がおぼつかない状態でよろめきながらリング際まで辿り着くと、そこから二人は同体で落下してしまった。

今回のルールでは相手をリングから落とした者が勝者となる。では同体での落下の場合はどちらが勝者となるのか?

レフェリーのレッドシューズ海野と第39代・木村庄之助は審議を始めた。その結果、まず舞の海が仕掛けた「後ろもたれ」がライガーをリングから落とした際の決め技であるか否かを確認する必要があると結論付けた。この確認作業は行司である第39代・木村庄之助が担うことになった。

勝敗の行方を気にしていた観客に対してレッドシューズ海野は以上の内容をマイク越しに伝え、リング下の放送席に向かって両腕で大きく四角形を描き、ビデオ判定を要求した。そして第39代・木村庄之助は録画された映像でリプレー検証を行うべく、放送席横に設置された検証用のモニター前へと向かった。

様々なアングルから撮らた検証の対象となる問題の落下シーンの映像は第39代・木村庄之助が凝視する放送席横のモニターとドームのバックスクリーンに設置された大型ビジョンに映し出された。判定が下されるまでの数分間、観客と共にライガーと舞の海もその映像を見つめていたが、実際に戦っていた二人は、あのシーンがどういうものであったかが判っていた。

「後ろもたれ」は技として、舞の海の意図として、ライガーをリング際で後ろ向きに倒してリングから落としたものではない。「後ろもたれ」と似た展開ではあったが、足にダメージを負っていた二人が体勢を崩し、同体で倒れて落下したに過ぎない。よって「後ろもたれ」を勝負を決定づけた有効な技とは認めず、今回の判定は同体落下による引き分けとする。

以上が第39代・木村庄之助が下した判定だった。

ドームにつめかけた大勢の観客もこの判定には納得した。当初プロレスとは無縁の第39代・木村庄之助は異種格闘技戦の"お飾り的な存在"としか思われていなかったが、最後に見せた行司としての立派な裁きに観客は惜しみない拍手を送った。

また試合はライガーと舞の海が持てる技を出し尽くし、お互いの意地と意地を真っ正面からぶつけ合った好勝負だった。エキシビションマッチといえども観客は大いに満足し、試合後にはライガーコールと舞の海コールが鳴り響き、両国国技館ではないのにリング上に座布団が投げ入れられる有様だった。

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20XX年1月4日「WRESTLE ECSTASY in 東京ドーム」で行われた「温故知新・異種格闘技エキシビション・マッチ」はテレビ朝日系列の各局から全国ネットで当日のメインイベントと共に生放送されていた。

その反響は大きく、数人のアマチュア相撲の選手が世田谷区野毛の「研磨工場」を訪れ、ヒンズースクワット、腕立て伏せ、ブリッジ、ロープ上りなど、自体重を用いたサーキットトレーニングや実践的なスパーリングなど、新日本プロレス独自の練習方法を見学した。

またスカウティングの担当者がアマチュア相撲の大会を視察に訪れた際、指導者たちとの間で獣神サンダー・ライガーと舞の海の激闘が話題に上がることが少なくなかった。

社長・棚橋弘至の肝入りで行われた「温故知新・異種格闘技エキシビションマッチ」は東京ドーム大会の興行の目玉試合としても、特命スカウト部の活動をサポートするためのPRとしても十分過ぎる成果を上げた。

これから何人のアマチュア相撲の選手が新日本プロレスに入団するだろうか? そこから何人がデビュー戦を迎えることが出来るだろうか? そして彼らは城、石垣、堀の一部となり、新日本プロレスの隆盛を守り続けることが出来るだろうか?

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1月4日の東京ドーム大会は成功した。しかし生馬の目を抜く厳しい興行の世界で油断は禁物、成功の美酒に酔いしれている場合ではなかった。

世界最大のプロレス団体であるWWEは近々東京にWWE Japanを設立し、そこを拠点とて日本国内を含むアジア圏で定期興行を打つことを発表したからだ。

また彼らは圧倒的な「円安・ドル高」を背景に、新日本プロレスの屋台骨である中堅選手や若手有望株に新日本の数倍の契約金を提示し、引き抜きを画策するだろう。

WWEとの興行戦争に勝たなければ、新日本プロレスに明日は無い。では如何にして圧倒的な資金力を誇るWWEに対抗するべきか?

単独で強大な敵、WWEに立ち向かうのは得策ではないだろう。韓国の新興団体PWS KOREA(Pro Wrestling Society)、メキシコの老舗団体CMLL(Consejo Mundial de Lucha Libre)、復活したイギリスのジョイント・プロモーション(Joint Promotions)、オーストリアとドイツを拠点とするCWA (Catch Wrestling Association)などと手を組んで、NATO(北大西洋条約機構)のように加盟団体が互いにWWEが仕掛ける興行に対して助け合う「集団的広域防衛組織」をプロレス界に設立するべきだろうか?

社長・棚橋弘至は悩んでいた。

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