捨て活航海日誌|50代でアニメ沼に。あえてサブスクではなく「ブルーレイBOX」を選んだ戦略的理由
「モノは、少ないほうがいい。」
そう自分に言い聞かせ、身の回りのものを整理し、心地よい「余白(よはく)」を作ることを楽しみとしてきました。50代を迎え、人生の後半戦はいかに身軽に、そして穏やかに過ごすかが私のテーマでもありました。
しかし、人生は何が起こるかわからないものです。 先日、とあるコミックに文字通り「沼」にハマってしまいました。
あまりの熱量に、自分でも驚くほどのスピードで全巻を揃え、ついにはアニメ版のブルーレイBOXにまで手を伸ばしている自分がいました。「手放す生活」や整理整頓をライフワークにしている人間が、あえて物理的な「モノ」を増やす。一見すると矛盾しているようですが、実際に手元に届いたその箱を眺めていると、不思議と心はこれまでにない充足感で満たされていたのです。
先日、夜の時間や休日を使ってようやく全話を鑑賞し終えました。 画面の中で躍動するキャラクターたちを見守りながら、私はあることに気づきました。
なぜ、配信サイトで手軽に観られるこの時代に、私はわざわざ「ブルーレイ」という形のあるものを選んだのか。そこには、単なる物欲ではない、自分なりの「時間」と「空間」に対する戦略的な理由がありました。今回は、シンプリストが「あえてモノを持つ」と決めた時の判断基準についてお話ししたいと思います。
「コンパクトエディション」という合理的な選択
今回、私が手にしたのは、通常の単巻発売のものではなく、「コンパクトエディション」と呼ばれるBOX仕様のブルーレイです。
このアニメは前期・後期それぞれ12話ずつの構成になっており、通常版で揃えようとすると、全部で10枚ものディスクが必要になります。当然、パッケージも10巻分。本棚に並べれば、優に20cmほどの幅を占領することになるでしょう。
一方、私が選んだコンパクトエディションは、前期・後期合わせてもディスクはわずか4枚。 驚くべきは、その収納スタイルです。一般的なトールケースの中に、ディスクが「二階建て」のような構造で効率よく収まっており、全体の厚みはわずか5cmほどしかありません。
「20cm」か、「5cm」か。
この15cmの差は、モノの管理をシンプルにしたい私にとって、極めて大きな意味を持ちます。
もちろん、通常版を揃えれば、各巻ごとに描き下ろされた豪華なパッケージイラストを愛でることができ、特典映像も豊富に収録されていたはずです。15cmという「空間の余白」を稼いだ代償として、それらの特典を諦めることになったのは事実です。
しかし、今の私にとって最も大切なのは「本編の物語」をいつでも最高の画質で楽しめること、そして、住空間を圧迫しないことでした。今回はあえて中古品という選択肢も加え、コスト面でも納得のいく買い物をしました。「場所を取る」という物理的な事実は変わりませんが、徹底的に無駄を削ぎ落としたこの「4枚」であれば、それは負担ではなく、暮らしを彩る心地よい一部になってくれると確信したのです。
なぜサブスクではなく「円盤」だったのか
現代において、アニメを観るなら「動画配信サービス(サブスク)」という選択肢が最も一般的でしょう。月額数百円から千円程度払えば、見切れないほどの作品が手に入る。コストパフォーマンスだけで考えれば、わざわざ数千円を出してブルーレイを買うのは、非効率な行為に見えるかもしれません。
しかし、私が今回求めていたのは「たくさんのアニメを観ること」ではなく、「この作品」を深く味わうことでした。
ここに、私がサブスクを避けた最大の理由があります。 もしサブスクを契約してしまえば、私の貧乏性が「元を取らなければ」と囁き始めます。すると、本来観たかった作品以外にも次々と手を出してしまい、結果として、金額以上に貴重な「自分の時間」を削られてしまう気がしたのです。
私は「放送」に課金したのではなく、「作品」そのものに課金したかった。
ブルーレイを購入すれば、サブスクの月額料金よりは確かに値が張ります。しかし、手元にあるのは大好きなその一作だけです。余計なレコメンド機能に惑わされることも、次に観るものを探して夜更かしすることもありせん。
「この作品しか観ない」と決めて購入したディスクは、私にとって最強のタイムマネジメントツールでもありました。あえて物理的なメディアという「制限」を設けることで、私は自分の自由時間を守りつつ、作品と一対一で向き合う贅沢なひとときを手に入れたのです。
形があるからこそ得られる「所有の喜び」
「効率」や「時間管理」といった理屈を抜きにしても、やはりそこには抗いようのない「所有の喜び」が存在していました。
今回手にしたブルーレイBOXは、コンパクト仕様とはいえ、丁寧な装丁が施されたパッケージです。画面上のアイコンをクリックするのとは違い、棚からケースを取り出し、ずっしりとした重みを感じながら、ジャケットに描かれたキャラクターたちの表情を眺める。その指先に伝わる感触こそが、デジタルにはない「体温」のようなものを感じさせてくれます。
特に嬉しかったのは、同梱されていたブックレットの存在です。作品の世界観を補完する設定資料や、物語の背景が記されたテキスト。それらを一枚一枚めくりながら、じっくりと読み込む時間は、まさに至福のひとときでした。
サブスクの月額料金と、ブルーレイBOXの購入費。その「差額」の正体は、この所有の喜びそのものだったのです。
「作品を応援したい、この世界の一部を自分の手元に残しておきたい」 そんな純粋な想いが形になったものが、このBOXなのだと感じます。日頃から不必要なものを手放す生活を続けているからこそ、厳選して残した「一点」が放つ輝きは、以前よりもずっと増しているように思えます。
すべてを手放すことが正解なのではなく、自分にとって本当に価値のあるものだけを、最高の形で手元に置く。このブルーレイBOXは、今の私にとって、日々の暮らしに彩りと癒やしを与えてくれる、かけがえのない「お気に入り」となりました。
戦略的な「所有」が、暮らしに余白をくれる
世の中には「持たないことが正義」という空気もあります。私もまた、不要なものを手放し、物理的にも精神的にも「余白(よはく)」を作ることを大切にしてきました。
けれど、今回の体験を通じて改めて気づいたことがあります。 それは、「何を手放すか」と同じくらい、「何を持つか」を戦略的に考えることが、豊かな人生には不可欠であるということです。
流行りのサブスクで効率よく情報を浴びるのではなく、あえてコストをかけて、一途にひとつの作品と向き合う。部屋の広さを優先してすべてをデジタル化するのではなく、お気に入りのパッケージを飾る。
一見すると非効率に見えるこの選択が、結果として私に「余計なものに惑わされない時間」と「眺めるたびに心が整う空間」を与えてくれました。
モノを持つことは、決して悪ではありません。 大切なのは、世の中の「当たり前」に流されるのではなく、自分なりのモノサシでその価値を測ること。そして、自分が本当に納得できるものだけを、責任を持って所有すること。
これからも私は、手放すことと持つことの両輪を回しながら、自分にとって心地よい「余白」をデザインしていこうと思います。次に私が何かを「持つ」と決める時、そこにはきっと、単なる所有を超えた新しい物語が待っているはずですから。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
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