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僕は一読して「カリガリ博士」の画面を浮かべた


『渡邊温選集 あゝ華族様だよと私は嘘を吐くのであつた』
編・絵・表紙デザイン=YOUCHAN、書肆盛林堂、2024年9月6日

渡邊温選集 あゝ華族様だよと私は嘘を吐くのであつた』読了。まず、組版がいい。読みやすい。誤字も見当たらない(当たり前のようでこれが難関)。ハードカバーでノドの開きもよく読み心地もいい。あとがきによれば編者のYOUCHAN氏は旧仮名旧漢字での収録を目指し、底本(改造社版全集および初出雑誌)からテキストを起こし、InDesign に読み込ませた。その際に作字(既存のフォントにない文字を新たに作ること)はスッパリ諦めた。さらに校正・篠原亮氏の「神の目」を何度も通って本書「旧仮名・可能な限り旧漢字」の渡辺温作品集は生まれた。装幀装画も含め編者の渡辺温愛が感じられる好ましい佇まいになっている理由である。

長山靖生氏による「解説」も渡辺温の短い(明治35〜昭和5、享年二十八)生涯とその時代がすこぶる理解しやすく記述されている。解説で興味を抱いた事柄がいくつかあるが、まずは渡辺温のデビュー作「影」がプラトン社の映画ストオリイ懸賞募集に一等入選したくだり。大正十三年七月のことだった。

 一等入選の賞金は破格の千円だった。実際に満額出たのかどうかは定かではないが、かなりの高額を受け取ったのは事実である。だがそんな大金を、温と啓助は酒や豪遊でたちまちのあいだに蕩尽してしまい、逆に借金を作ってしまったという。

p223

大正十三年の一千円は、現在の数百万円から多く見て五百万円であろう。昨今で賞金が最も高額な文学賞は「このミステリーがすごい!」大賞1200万円。「日本ミステリー文学大賞新人賞」「松本清張賞」「日本ホラー小説大賞」はいずれも500万円、「横溝正史ミステリー大賞」金田一耕助像と賞金400万円…………。一千円(=500万円)は今日的に見ると驚くような額ではないが、関東大震災後としては度肝を抜く効果があったに違いない。参考までに、現在の芥川賞・直木賞はともに正賞として懐中時計、副賞として100万円が授与される。

そしてこのとき選者だったのが谷崎潤一郎と小山内薫。小山内は否定的だったが、谷崎が強く推したそうだ。

谷崎は〈僕は一読して「カリガリ博士」の画面を浮かべた。筋がすぐれているばかりでなく、その原稿の字体、(巧拙を云ふのではない。)文字の使ひ方、インキの色、字配り等にまで、何かしら作者のシツカリした素質を想見させるに足るものがあつた。此れはことに依ると、たゞ此れだけの作者でなく、長い将来のある人だなと、直覚的に感じた〉として「影」を強く推した。

p224

原稿の書体や書法にまで批評の目を向ける谷崎、さすがに非凡と思わせられるエピソードだ。谷崎とはさらに温が事故死するときにも因縁があるのだが、そちらは本書の解説にてどうぞ。

さて、渡辺温の作品そのものについては、あまり多く述べることはない。ただ時代相を楽しめば、それで十分なのではないだろうか。オスカー・ワイルドの「ドリアン・グレイの肖像」を短編に翻案した「繪姿」が個人的には好みである。翻案というよりオリジナルに近いものだ。


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