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PC版AVGを凌駕した『オホーツクに消ゆ』ファミコン版

美しいCGと膨大なテキストで構成されるアドベンチャーゲームは、かつてパソコンの花形でした。1984年の『北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ』は、遊びやすい「コマンド選択方式」を採用することによってAVGは完成の域に達したと言えます。その後パソコンのAVGが緩やかな衰退を迎えていた1987年6月、天才堀井雄二氏が自らリメイクしたファミコン版はPC版を凌駕する完成度でパソコンユーザーに衝撃を与えました。
今回はAVG黄昏の時代にMSXユーザーが体験した『FC版オホーツクに消ゆ』の魅力について語ります。


❶1987年のデジタルゲーム勢力図

黎明期のデジタルゲームはアーケード、家庭用ゲーム機(ファミコン)、パソコンの三つが独自の文化圏を築いていました。その中でパソコンゲームの花形がアドベンチャーゲームだった時代が1984年頃まで続き、その決定版となったのが『PC版オホーツクに消ゆ』であったことは前回紹介しました。
その後ハイドライドやザナドゥの登場でパソコンゲームの主軸はRPGに移っていき、AVGは緩やかな衰退の時代を迎えていたように思います。


1986年5月『北斗の拳 バイオレンス劇画アドベンチャー』 オホーツクに消ゆ以降のパソコンAVGは美しいCGを使用したキャラゲー中心にシフトしていきました。


1986年12月10日『めぞん一刻 ~想いでのフォトグラフ~』


シンキングラビットはコマンド入力式に拘っており、1985年3月に『道化師殺人事件』のような名作を発売しますが、時代の波には逆らえませんでした。


リバーヒルソフトは1986年8月に推理アドベンチャーゲームの頂点と言える『J.Bハロルドシリーズ』を投入。間違いなく名作でしたが、やはりマニア向けの作品でした。

一方家庭用ゲーム機市場を事実上統一したファミコンはアクションゲームを中心に展開していき、1986年の初代ドラゴンクエストでRPGの魅力を多くのユーザーに伝えることに成功します。翌年の『ドラゴンクエストII 悪霊の神々』でその流れは決定的になりました。しかしパソコンのRPGとドラクエでは特色が違っており、パソコンゲーマーはまだ余裕の構えで「🤔ようやくファミコンもここまで来たか」ぐらいの認識でした。


この時期の典型的なパソコンRPG『覇邪の封印』 重厚なファンタジー世界が舞台で、高い自由度を持つゲームシステムが魅力です。布製の地図と主人公のメタルフィギュアが付属する豪華な内容でした。ただしパソゲー的難易度も半端なく、FCに移植された際には多くのプレイヤーが根を上げたとか。

またファミコンでも少しずつAVGが発売されていきました。『ポートピア連続殺人事件』の移植を皮切りに、『さんまの名探偵』『探偵 神宮寺三郎 新宿中央公園殺人事件』などの名作も登場しましたが、まだ正直パソコンのAVGの域に達した作品は登場していなかったように思います。これはAVGのキモであるCGが容量を喰い、ファミコンの性能を生かし切れなかったことが要因でした。


この時期1987年7月のパソコンゲームランキング。シュミレーションゲームが台頭してきており、AVGは既に斜陽の時代でした。

これはあくまで僕の周りの話ですが、パソコン少年たちはファミっ子に謎の優越感を抱いていました。パソコンの愛機が自分のアイデンティティに直結していた文化を現在に伝えることは難しいですが、まあそれだけパソコンに愛情を抱いていたのだと思ってください。この投稿は当時のノリで書いているので、ファミコンユーザーの方が不快に感じられたらお詫びいたします🙇
1987年にもなるとファミコンブームが完全に定着し、学校でもパソコンユーザーはあくまで少数派でした。そんな中でFCにない思考型ゲームである本格派RPGやSLG、AVGをプレイすることで、僕らは特権意識を感じていたような気がします。


実際パソコンゲームメーカーもパソコンユーザーの特権意識をくすぐるような広告を打っていたのでした。これはわざわざファミコン雑誌に掲載されたザナドゥの広告。「ファミコンでは発売されていません」と銘打ったうえで、何と「お子様ランチ」扱いですよ。ムチャクチャ煽ってますねえ。え?この頃MSX版も発売されてないだろって?こまけぇこたぁいいんだよ!!😁

そのような中で『オホーツクに消ゆ』のファミコン版移植が決定との情報が流れてきました。僕の仲間内でも
「😑どうせ『ポートピア連続殺人事件』の移植ぐらいの出来なんじゃねえの」
と完全にノーマークだったのですが、実際にプレイするとパソコン版を遥かに凌駕した完成度に衝撃、と言うか猛烈な危機感を感じたのでした。

❷三拍子そろったAVGの完成形


荒井清和先生のイラストによってイメージが一新されました。



前回紹介したパソコン版と全くイメージが変わっています。

僕の幼馴染のナムコくんは実家が床屋さんで、ファミコンサービスを提供しているためほとんどのゲームを所有していました。僕はずうずうしくも髪も切らないのに入り浸って遊ばせてもらってましたよ。そういえばセクシーなボンデージ風ファッションをエロ本と間違えられて、母上の逆鱗に触れ購入禁止になったスペースコブラ全18巻を読破したのもナムコくんの床屋だったっけ・・・😁

夏休みの前頃ナムコくんに

🙂「オホーツク解いたんでしょ?捜査が行き詰っているから教えてよ。」

と誘われたのが切っ掛けでした。当然僕は自信満々に

😤「それなら北海道を知り尽くした僕に任せなさい。」

と、北海道に行ったこともない癖に安請け合いしたのでした。


『べーしっ君』のギャグタッチは封印され、『オホーツクに消ゆ』の哀愁に満ちた世界が見事に再現されています。

プレイをはじめてまず驚かされたことは、パソコン少年にとって『べーしっ君』でお馴染みの荒井清和先生のグラフィックがドはまりしていたことでした。パソコン版は劇画調のCGで、堀井先生も「火曜サスペンス劇場を意識していた」アダルトなテイストで、これが非常にマッチしていました。ファミコンの解像度ではパソコンのような美しいCGは再現不可能と思っていたのですが、それを逆手に取ったマンガ的な表現は今までのゲームにない物だったのです。
特に登場人物の表情が豊かになったことが物語を引き立てていました。まばたきや口パク、横を向いていた人物が会話時に正面を向くといった機能も追加され、より『オホーツクに消ゆ』の世界に没入できるように演出面はかなり強化されています。


元々堀井先生が「火曜サスペンス劇場」をイメージしていたとのことで、メインキャスト以外にもモブの登場人物が多数登場。


それぞれのキャラの個性的な描き分けは似顔絵職人である荒井先生の真骨頂ですね。

またパソコン版と決定的に違っていたのはBGMが追加されたことでした。パソコン版が発売された1984年頃はまだ本格的なゲーム音楽が導入される以前です。その後のAVGもまず美しいCGが優先され、場面にあったBGMが採用されているゲームは殆どありませんでした。1986年4月発売の『ウイングマン2』ですぎやまこういち先生が音楽を担当されていますが、曲自体は名曲ですが作品の世界観との統一はまだまだだったように思います。

ファミコン版は当時としてはかなりの曲数が使用されており、特に「捜査のテーマ」と呼べる4曲が用意されていて、物語の進行によって切り替わっていく演出が秀逸でした。

北海道の広大さ、美しさ、寂しさ、悲しさ、恋情。その全てが詰まった珠玉の名曲ばかりです。AVGなのにも関わらず疾走感がハンパない『追跡』は特に印象に残っていますね。このどこか哀愁漂うBGMを聴くと、真相を追い求めて北海道を駆け巡る刑事たちが思い浮かぶという人も多いのではないでしょうか。


サウンドトラックも発売されました。ナムコ君が持っていたのでダビングして貰ったのですが、収録されていたのはMIDIアレンジで、曲数も減っていたのでちょっとがっかりしました。それだけ原曲が素晴らしかったんです。
この時期からゲーム音楽のサウンドトラックが本格的に発売されるようになりました。

作曲されたゲヱセン上野さんは吹奏楽部出身という異色のプログラマーなのですが、そういったご経験が生かされているのかもしれません。ゲヱセン上野さんのインタビュー記事はコチラ

ちなみにゲヱセン上野さんを採用したのは前回紹介したMSXのLDゲームスターファイターズの作者、『ログイン』の初代編集長であった吉崎武先生だったそうです。こんな所にも繋がりがあることに感動してしまいました。

アドベンチャーゲームのキモの部分であるテキストも大幅にパワーアップしています。ファミコン版は当初1メガビットのROMで開発が進んでいたそうですが、途中で2メガビットに変更になったそうですね。その際堀井さんはシナリオを大幅に書き換えたということで、気合いの入り方が伝わってきます。


広大な北海道を捜査する重厚なシナリオは今までのファミコンゲームにない物でした。

物語の骨子はパソコン版と同一ですが、よりキャラクターが深堀されていることも特徴でした。特に悲しい運命を背負ったヒロイン野村 真紀子の魅力がより強調され、これが物語全体を覆う哀愁に満ちた雰囲気を引き立てています。この点は堀井先生が意図的に行ったと明言されており、結果的にユーザーの記憶に深く刻まれていった大きな要因になったのではないかと思います。


ドラクエの大ヒットで堀井先生の名前はブランド化しており、堀井雄二の最新作と銘打たれています。当時もっとも有名なゲームクリエイターでした。

印象的だったのがファミコン版から追加された中山めぐみと言うキャラクターです。彼女は物語の本筋には絡まないのですが、失恋の傷心旅行と言う設定から自然に『オホーツクに消ゆ』の世界に溶け込んでいました。ここら辺のは稀代のストーリーテラー、堀井氏の面目躍如という所です。


北海道の各地の名所のグラフィックもいい味出してました。

美しいグラフィック、物語と一体化したBGM、ユーザーを惹きつけるテキストと三拍子そろったアドベンチャーゲームの完成形は『ファミコン版オホーツクに消ゆ』によって確立されたと言っても過言ではないと思うんです。


各キャラクターの表情が豊かになったことがAVGとしての完成度を高めたと思います。特にヒロイン野村 真紀子の憂いだ表情が今作を象徴していました。

❸忘れじの北海道の捜査の旅


『べーしっ君』がゲスト出演するのも嬉しかったですね。

ナムコくんと捜査を進めていくと、摩周湖あたりで雲行きが怪しくなってきました。

🤔「あれえ、確かゲンさんは殺されたんじゃなかったんだっけ?」

😟「もう、サイボーグ刑事はあてにならないなあ」

と捜査は難航。主任刑事の座を奪われた僕はブラックジャック担当に降格される始末。お手上げになった僕はアドベンチャーゲームを次々と解決している大ベテラン刑事のFM7くんを招聘することにしたのでした。同級生ですけど😅

😏「任せろ、私に解けないAVGはない!」

😁「お前それ、山下章さんのパクリじゃねえか。」

てな具合で三人の捜査の旅は続くのでした。定番の裏技も勿論試しましたよ。ナムコ刑事が突然雑誌片手に捜査室に飛び込んできました。

🤩「おい、中山めぐみちゃんが脱ぐらしいぞ!」


令和の今なら絶対にNGです🤣

見てみると雑誌でめぐみちゃんの脱がせかたを見つければ3万ガバスが当たるというもの。今考えるとファミコン少年たちに、すごいことやらせてますよ。昭和の時代は恐ろしいですね~🤣


開発中には乳首の1ドットをピンク色にするかしないかで大激論になったそうな。


裏技が公開された時は大騒ぎに。38年経ってもこのネタで盛り上がれる男の子って哀れな生き物ですよね😁

ちなみにこの乳首のドット打ちをしたのは『任天堂バレーボール』や『MSXアタックフォー』の作者さんである本谷浩明氏なんだそうです。本谷さんありがとうございます、日本中の男の子があのCGで癒されました😂

😍「すごい、めぐみちゃんの半ケツが拝めるのはファミコン版だけだね。」

ナムコくんが自慢するので思わず反論してしまいました。

😤「にゃにおう?!、MSX版は全ケツだ!」

🤣「ちょwwwおまwwwwそれゲンさ・・・・」


MSX版のゲンさんのサービスカット。


PC88版は規制が入っていて、全ケツが拝めるのはMSXとPC6001版だけでした。


荒井先生は超実力派美少女絵師です。森下万里子ちゃんに騙された人も多いのでは?


オホーツクギャルコンテストなんかも開催されました。

中学生はバカすぎますね~
そんなやり取りを続けながら何とか真犯人にたどり着き、感動のエンディングを迎えたのは丁度夏休みの始まった頃でした。帰り道、

🙂「さすが堀井さんは天才だなあ」

と呟いている横で、FM7くんが険しい顔で解説してくれたことが忘れられません。

😟「お気楽なことを言っている場合か。ファミコンでこんなすげえAVGが出たんだぞ。」

FM7くんは1983年からテキストアドベンチャーゲームをプレイしていた筋金入りのAVGファンだったのでした。

🤨「PC版の『オホーツクに消ゆ』以降、パソコンのAVGはキャラゲーばっかりで、本物のオリジナルのヒット作はアルファぐらいじゃねえか。この分だとAVGもファミコンに全部取られちまうぞ。」


1986年7月発売の『アルファ』は名作でしたが、クリスちゃんの魅力に依存していたのは否めませんでした。システム的にも旧式のコマンド入力方式を採用しています。

😞「頼みの山下章さんも最近はRPGの攻略ばっかりだし、ここら辺でパソコンでしか出来ないAVGが出ないもんか・・・」

FM7くんの願いがゲームの神様に届いたのか、この直後に新世代のパソコンAVGの決定版とも言える『ジーザス』が発売されたのでした(FM77AV版は1987年7月)


ジーザスは8bit御三家の強力なCG機能をフルに使い、FM音源を使用したすぎやまこういち先生のサウンド、映画を意識した完成の高いシナリオとまさに三拍子揃った傑作で、FM7くんは狂喜乱舞していました。

🤩「やっぱりFM77AVはすげえ、ファミコンなんて目じゃないぜ!」

しかしその年の年末、パソコンゲーマーの心の支えだった『ウィザードリィ 狂王の試練場』がファミコンに圧倒的な完成度で移植されてしまったのでした。この時の僕らの慟哭についてはまたいずれ…


ファミコン版ウィザードリィは末弥純先生によるグラフィック、羽田健太郎先生作曲によるBGMが追加。ゲーム展開全般も高速化され、圧倒的な完成度を誇ります。原作者ロバート・ウッドヘッド氏も「(1992年時点で)一番いいでき」と評しているほど。 FM7くんは「魔法や罠をキーボードで打ち込まないのは邪道だ!」とわめいていましたが、単なる負け惜しみでした😁

ここら辺のパソコンゲームとファミコンゲームのせめぎ合いは、もうしばらく続くことになります。今振り返るとデジタルゲームが猛烈に進化する過渡期を体感できたわけで、その幸運に感謝したいと思います。

❹FC版『オホーツクに消ゆ』広告集

『オホーツクに消ゆ』は様々な機種で発売され広告も多彩なのですが、ファミコン版は映画ポスターを彷彿とさせる豪華なタイプが毎月掲載されました。


オープニングはキャバレー「ルブラン」のアケミさんの聞き取り調査の場面。流石にパソコン版のネグリジェサロンと言う設定からは変更になってます。本当はこの時点で相棒の猿渡俊介はいないハズですが、細かいことはいいっこなし。


荒井清和先生は『べーしっ君』のイメージが強かったので、もしかしたらギャグタッチの内容に変更になるかと思っていたのですが、この広告を見て考えを改めました。『オホーツクに消ゆ』の根幹たる社会派ミステリーの雰囲気を完全に再現されています。

この場面も2人はいないはずなんですが・・・これもファンサービスと言うことで。

摩周湖で出会う二人の女性。今作を象徴する場面です。


ニポポ人形が涙する時、また死体が一つ上がった・・・いかにもな演出ですね。


そして攫われた真紀子さんの行方は!?いよいよ物語はクライマックスへ・・

このように物語の展開に合わせて宣伝していた『オホーツクに消ゆ』。見ているだけでもワクワクが止まらないですね!前回紹介したMSX版の広告と比べてみるのも楽しいですよ。


懸賞でプレゼントされた捜査手帳。こういったアイテムも雰囲気を盛り上げてくれました。


ウイスキーをがぶ飲みしながらの捜査の時点で免職決定です😁

これは番外編でパソコン雑誌の掲載されていた広告。こちらのボスはどうしようもないスケベ親父で、昭和のノリ全開です。今だったら『現職刑事、捜査中に××で逮捕』になりかねませんよ🤣


ちゃんと人工無能の性悪女、エミーちゃんも登場しています。




これは『マリちゃん危機一髪』や『エルドラド伝奇』のパソコン黎明期からパソコンゲームに深く関わっていた槙村 ただし先生の紹介漫画。得意のお色気があればもっと嬉しかったのに。槙村先生はFM7ユーザーでFM7君が心酔していました。

実は1992年にPC-9801用として改めてリメイクされているんです。これはファミコン版のシナリオに新規グラフィックに刷新したバージョンです。テキストが念願の漢字表記になり、操作性も良好でした。ただCGは綺麗になったものの荒井清和先生の味には及ばなかった気がします。またサウンドが殆どカットされてしまったのも残念でした。移植機種の性能が面白さに直結しないことの好例だと思います。


インターフェイスはかなり進歩しています。漢字表記になったのは嬉しいですね。


真紀子ちゃんやめぐみちゃんは90年代風にイメチェン


ちゃんとサービスカットと裏技も用意されていますが、ファミコン版のガビガビドットの方が興奮したような・・・

❺堀井氏はリメイクにどう取り組んだか

ファミコン版『オホーツクに消ゆ』が名作になった最大の要因はリメイクを安易に外注せず、プロデューサー塩崎剛三氏、シナリオ堀井雄二先生、プログラマー上野利幸氏という原作の体制を崩さなかったことであると思います。特にAVGのキモであるシナリオを担当した堀井先生はファミコンに特化したシナリオ構成にするために、並々ならぬ決意をもって作業に取り組まれました。その経緯を追った雑誌特集です。


この段階で中山 めぐみが追加され、後半のストーリーが全く変わっていることが明言されています。


当初はディスクシステムで構想されていたんですね。もしディスクでの発売になったら某『暗黒要塞』のように「おまちくた゛さい」のロード地獄になっていたかも。


やはり最終的にはメモリとの戦いになったようです。シナリオを書くライターは多かったでしょうが、ゲームの規制に即したシナリオのプロフェショナルは、当時堀井雄二先生以外にほとんどいなかったと思います。


最期の最後までシナリオを追加されていたんですね。この拘りこそが『オホーツクに消ゆ』を名作たらしめたのだと思います。

この経緯は2024年にリメイクされた『北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ 〜追憶の流氷・涙のニポポ人形〜』の公式HPで塩崎剛三氏の『198Xのファミコン狂騒曲』より抜粋という形で公開されています。是非ご覧になってください。

❻友と遊んだゲームの想い出

今回の投稿は、先日代替わりしたナムコくんの床屋で髪を切ってもらっている際、「そういえばこの時期に『オホーツクに消ゆ』を攻略したよね。」と唐突に盛り上がったことが切っ掛けでした。齢50を過ぎて夏休みが近付く季節になると、この楽しかった北海道の旅を懐かしく想いだすようになったんです。


〜追憶の流氷・涙のニポポ人形〜を今プレイしながら書いています。堀井先生が監修されているだけあって素晴らしい出来です。

ゲーマーの皆さんなら御理解頂けると思うのですが、友だちと遊んだゲームの想い出は特別のものがあります。友だちとの繋がりとは楽しかった体験を共有することだと、ようやくこの歳になって気が付きました。
出来ればこれからもあの時代の追憶を、皆さんと共有出来たらと思います。今回も最後までお付き合い頂きありがとうございました🙇

                      サイボーグMSX

いつもスキ💛やXでの紹介ポスト、暖かいコメント感謝です🙇皆さんとの繋がりが次の投稿への励みになるんです🥰                                

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