我が家の清洲会議
みなさんこんにちは、浮雲です。
お盆は法事でした。
去年のお盆は、私が退職を決意する原因の一つとなった、50歳で亡くなった従兄弟の初盆でした。
その後、従兄弟の父である私の叔父も亡くなり、今年はその初盆となったのでした。
従兄弟は、叔父が創業した会社を継いでいました。
従業員30名ほどの中小企業です。
叔父も会長職として会社に在籍していました。
ところが、社長と会長が相次いでいなくなってしまったことで、後継者問題が勃発します。
従兄弟には長男がいて、将来は会社を継ぐことを想定して育てられていました。
しかし、まだ高校生です。
従兄弟には弟もいて、こちらは副社長として会社に在籍していました。
そこで、ちょうど今放送されている大河ドラマ「豊臣兄弟!」を観ていて、ふと思いました。
これ、清洲会議と似ているな、と。
大河ドラマでは、織田信長と、その後継者である嫡男・信忠が本能寺の変で相次いで亡くなり、「清洲会議」から「賤ヶ岳の戦い」へと後継者争いが繰り広げられています。
筋からいけば、信忠の嫡男であり、信長の嫡孫にあたる三法師が後継者になるはずです。
ところが、三法師はまだ幼い。
そこで、信長の次男・信雄、三男・信孝、柴田勝家、羽柴秀吉ら重臣たちが、それぞれの思惑を抱えながら政争を繰り広げることになります。
時代も規模もまったく違いますが、状況としては似ています。
会社の業務は継続していかなければならないので、とりあえずは従兄弟の弟が会社を継ぐことになりました。
今は高校生である従兄弟の長男が成長するまでの、いわば「つなぎ」という想定です。
ところが、従兄弟の妻子、弟の妻子、それぞれの思惑も絡み、なかなか一筋縄ではいきません。
一族経営というのは、難しいものですね。
亡くなった叔父を信長、従兄弟を信忠と考えると、私の父は叔父の弟にあたります。
つまり私は、その息子。
織田家に置き換えれば、信長の弟・信行の息子である織田信澄にあたります。
信澄は、信長の三男・信孝と重臣・丹羽長秀らに攻められ、非業の死を遂げました。
……危ない。
権力には近づかない方がいいし、お家騒動にも巻き込まれない方がいい。
歴史を振り返ると、こういうことは昔から変わらないようです。
【関連記事】
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ隠居チャレンジへの応援お願いします!