バンカラ女子④~真夏の再会
あれから季節は巡り、高校を卒業した私は地元の市役所に入庁した。一生懸命勉強してなんとか地方公務員試験に合格して、面接も無事クリアすることができた。
高校の同級生は卒業後、関東地方へ就職したり遠くの大学に進学する者が多く、地元に残っているものは少数派だった。私の暮らすちっぽけな街ではいい就職口がないからだろうけど、私はこのちっぽけな街が好きだった。それに臆病な私は他の街へ出て暮らすのが怖かったのだ。
時々、東京の会社に就職した友達からLINEが送られてくることがある。会社で仲良くなった友達と合コン行ったよとか、異業種コンパ行ったよとか。オシャレな店の前でピースサインする友達の写真を見ると、私はいつも都会に対する憧れと嫉妬の混じったような気持ちになる。だけどすぐにもし自分が都会で就職したらって想像して怖くなる。色んな会社があって色んな仕事があって色んな人がいて色んな経験をしていく……。無限の可能性に押し潰されそうになる。
だからやっぱり平凡な自分には、このちっぽけな街で暮らすのがちょうどいいと思った。
四月に市役所に入庁してからは覚えることがいっぱいで毎日が慌ただしく過ぎていった。
七月のある日の午後、目をチカチカさせながら、パソコンにデータ入力をしていると突然窓口に大きい声が聞こえた。
「ちわ~っす。桃色申告に来ました~」
はっとして顔を上げると、麦わら帽子に白いワンピースを着たあざみさんが笑顔で窓口に立ってピースサインをしていた。
びっくりして声が出ない。
私の初恋の人、愛野あざみさん。二年半前私とあざみさんは付き合っていたのだ。クリスマスに告白してあざみさんが卒業するまでのたった三ヶ月だけ……。夢のような甘い記憶。あの日々は私の青春そのもの。あの楽しかった日々を思い出さない日はなかった。友達も少なく内気で臆病な私にとってあざみさんは光だった。
あれから辛いことがある度に、卒業式のあと、桜舞う公園であざみさんがバンカラ姿で私を応援してくれたことを思い出して元気を貰ってきたのだ。あの日貰った第二ボタンは今も大切に引き出しにしまってある。
彼女は卒業式の三日後、バイクで日本一周の旅に出たのだ。
彼女は硬派なバンカラ女子のプライドとか言ってけっしてスマホを持とうとしなかった。だから連絡できなかったのだ。二回ほどだけ手紙がきたけど。
彼女はずっと遠くへ行ってしまってもう二度と会うことはないのかな……。そんな風に思って寂しくて泣くこともあった。
それなのに……急に来るなんて!
あざみさんは少し日焼けしていて、あの長くてきれいな髪をバッサリ切ってショートカットにしていた。まるで可愛い男子みたいだ。ちゃんと日焼け止め塗ってるのかな。
私が驚いて口を聞けずにいると他の先輩職員が応対してくれた。
「あ、すいません。あたし一条みさきさんにちょっと用があって。ごめんね~みさきちゃん、お仕事中にお邪魔しちゃってさ。ここで働いてるって聞いてちょっと顔見ようと思ってさ」
「……あざみさん。よかったら仕事早退するのでどこかで話しませんか?」
「いいっていいって悪いから。あたし、終わるまでその辺ぶらぶらしてっから。お仕事何時に終わるの?」
「え~と五時十五分で業務終了ですけど」
「そっか。じゃ六時ぐらいにあの交差点の近くにあるホワイトボーイで飯にしよ。積もる話もあるしさ。邪魔してごめんね」
「は、はあ」
私がぽーっとしてると、敬礼のポーズをとって
「じゃ、またねみさきちゃん」
と言ってくるりと踵を返しそそくさと外へ行ってしまった。
私はそれから終業までぼんやりしてまったく仕事が手に付かなかった。どうやって残りの作業を終わらせたのかまったく覚えていない。よく怒られなかったと不思議に思う。
ホワイトボーイは市役所のある通りを左に曲がってすぐのところにある車で五分足らずの場所にあるハンバーグレストランだ。
終業後、後片付けを済ませると急いで車を運転してホワイトボーイへ向かった。胸がドキドキして身体が宙に浮かんでるような変な気持ちだった。
五時四十分に店に着いて店内を探すと、窓際の席で水を飲みながら、暮れていく外の景色を眺めるあざみさんがいた。
「……あざみさん」
「よっ、みさきちゃん。お仕事お疲れ様」
その陽気な感じとバンカラ応援団で鍛えたちょっと掠れたハスキーな声とすべてがあまりに懐かしかった。
私の心は嬉しさと懐かしさとあとちょっとだけの怒りと、様々な感情が押し寄せてきてうまく処理出来ずに泣きそうになってしまった。
「……あざみさん、ほんとに逢いに来てくれたんですね」
「うん、みさきちゃんに逢いに来たよ。あたしね、ちゃんと日本一周したんだ。楽しかったよ……ってあれ?泣いてる?」
「……」
私は彼女の向かい側に座って泣いた。昔のラブソングがゆっくり流れている。
あざみさんは優しい眼差しで私が泣き止むまでじっと待っていてくれた。
「……もう、なんで連絡寄越さないんですか! 二年半も彼女をほったらかしにするなんて」
「やっぱ怒ってる? ごめんね~ほったらかしにしちゃって。あたしもけっこう寂しかったんだよ。みさきちゃんに逢いたいな~ってずっと思ってた。だけどその寂しいのがいいっつうか、バンカラ女子のプライドっつうか……女は黙って背中で語れ……みたいな」
私は笑ってしまった。
「もう、なんなんですかその変なプライド。もう応援団は卒業したのに……。ってかめっちゃ昭和ですね」
「うん。昭和ってか明治。あたしが旅してる間、もしみさきちゃんに好きな人が出来たら、心で泣きながら笑顔で応援する……そんな女になりたかったんだ」
「はあ」思わずため息を漏らしてしまった。
それで二年半もほったらかしにされるのは……だけどそんなあざみさんを好きになってしまったんだから仕方ない。
「なんかかっこいいけどすごく大変そう」
あざみさんは自ら進んで苦難の道を歩んでいるような気がする。
「まあね。ほら、女子の応援団長って創部以来初めてだったじゃん。あたしもバンカラに憧れて応援団長なったからさ。どうせやるなら日本一のバンカラ女子になろうと決意した訳よ。それで今でもバンカラ魂持ったまま旅に出たんだ」
「そうだったんだ。なんかすごい」
「だけどヤンキーじゃないから喧嘩はしないよ。いつ戦ってもいいように身体は鍛えてるけどね」
「ふふふ。それは頼もしいですね」
うちの高校に古くからあるバンカラ応援団はボロボロの制服にボロの学帽を被って下駄を履いて歩いてる不思議な集団だ。明治から続く硬派な精神を受け継いでいてみんな誇り高くて無口で学業に励んでいた。廊下で擦れ違う時みんな敬遠して道を開けるような不思議なオーラを放っていた。授業中も他の友達と無駄話をしない。私は彼らが笑ってるところを見たことがない。スマホも軟派だからか持ってなかったし、恋愛禁止なのか付き合ってる人を見たこともなかった。私がいたときは女子部員が四人いてみんなかっこ良かった。その中でもあざみさんは一際輝いていて男女問わず人気があった。怖い男子部員もしっかり押さえつけていた。
「あたし、ちゃんと応援団長務まったかな」
「うん。最高の応援団長でした。みんなあざみさんが団長なって良かったって言ってましたよ」
「マジで。なんかうれしいな」
「男子だと怖いし。それにクラスでもあざみさんが好きな子けっこういました」
「あたし人気者だ~」
「あの、ずっと聞きたかったんですけど、私以外にも告白した子いましたよね?」
「あ~うん、何人かいたね」
「なんで断ったんですか?恋愛禁止だから?」
「まあ硬派な部活だったけど禁止されてる訳じゃないよ。でもなんか合わないな~と思って」
「そっか。……あざみさんはどんな人がタイプなんですか?」
「決まってんじゃん。高倉健」
「へえ。私も高倉健目指そっかな」
「いいっていいって目指さなくって。みさきちゃんはみさきちゃんのままでいいんだ」
「ふふ、冗談です」
でも少しだけ本気だった。少しクールで無口になってみようかなと。あと筋トレもしたり。そうすればあざみさんの世界に近付けるような気がした。
「でもよく私の告白、断らなかったですね」
「うん、なんかみさきちゃんとは仲良くなれそうな気がしてね。それにさ。あのときあたし、色々しんどくて病んでたんだ。強くならなきゃって思い込んでたし。だからみさきちゃんに告白されたときけっこう救われたんだ」
「意外! でもすごくうれしい。……ってかあざみさんも病んでたんですね」
「そりゃあたしだって病むよ。これでもでっかい闇抱えてんだよ。ブラックホールみたいなね」
「え~。今も?」
「今は大丈夫。みさきちゃんとまた逢えたし」
そっか。私はずっと太陽のように明るいあざみさんに憧れていたけど、あざみさんだって普通に悩んだり闇を抱えたりしてたんだ。あざみさんはずっとひとりで何かと戦っていたのかもしれない。
それから話題はあざみさんの日本一周の旅へと移っていった。
「そういえば手紙届いた?」
「はい」
あざみさんからは二通の手紙を貰った。一通目は福井の海辺でみさき~! って叫んだよって手紙。もう一通は佐賀県で海の景色をスケッチしたとか、自転車で旅するおっちゃんと仲良くなったとか。
「あたしさ~、一度海に落ちたことあって持ち物全部流されたんだよね。だからみさきちゃんの住所書いた紙もどっかいったのよ。海があんまりきれいだったからさ」
私は思わず吹き出してしまった。
「なんなんですかそのシュチエーション」
「堤防の上でさ。下を覗くと海がきらきら輝いていて珍しい熱帯魚みたいなのがたくさん泳いでてさ。スケッチしようと思ったら突然、ざぶ~んとでっかい波が来てそのまま海へさらわれちゃった。死ぬかと思ったよ」
「危ないなあ。もう」
「ま、そんなこんなで日本一周バイクで放浪の旅をしてたのさ。でも最後の半年は金がなくってさ。北海道の牧場で住み込みで働いてたんだよ。羊蹄山の麓の。いや~大変だったね。楽しかったけど」
「そうなんだ。なんかすごい」支離滅裂だけど。
「そこでも危ない目に遇ったんだ。羊蹄山登ってるときにさ。でっかいヒグマに遇ったんだよ。こ~んなの」
彼女は両手を広げてみせた。
「ええ~! それはヤバい」
「さすがのあたしも震えたね」
「で、どうしたんですか?」
「うんとね。逃げてもダメって聞いたからあたしも覚悟を決めてさ。バンカラ時代を思い出して応援歌歌いながら演舞をしたんだ」
「え~うそ~。それって逆効果なんじゃ?」
「そうかな。でもヒグマはいなくなったよ」
「良かった~」
「ま、そんなこんなで二回ぐらい死にかけたんだ」
「はあ、生きてて良かったです」
「なんだかんだで北海道を一周したのが一番楽しかったな。実は一周どころか三周ぐらいしたんだけどね」
そういえばあざみさんの行動力にはいつも感心させられていたものだ。いつも私を引っ張ってくれたっけ。
「すごいな~。私なんかずっと地元にしかいないですもん。たまに隣街に買い物に行くぐらいで。……今は実家なんですか?」
「うん、日本一周する間色んなとこで風景をスケッチしてきたからさ。それをまとめてるとこ。水彩画にしよっかな」
「へえ、それはそれは」あざみさんは芸術家だ。
「ここらの海もスケッチしたいな。みさきちゃん、今度休みいつ?」
「カレンダー通り土日ですけど」
「じゃ今度の土曜海行かない?」
「はいっ。喜んで」
「よしっ、じゃ決まりだ。……ってかウチら注文しないでずっと喋ってない?」
「あ、ホントだ」時計を見たらもう一時間以上経っていた。
「へへっ」
あざみさんはいたずらっぽく舌を出した。なんだかとても可愛らしい。私も真似して舌を出してみた。私たちはしばらく笑い合った。
この夏私たちにはどんな出来事が待っているのだろうか。
私たちの物語はまだ始まったばかりなのだ。
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素晴らしい記事ですね♪