寅次郎星雪町への旅~男はつらいよ番外編
夕方、ぼーんぼーんと題経寺の鐘が鳴る東京葛飾柴田のカフェくるまや。
エプロンを着けたさくらが、蝶ネクタイを着けた店長の三平と共に店を閉めて後片付けをしていると、当然黒電話が鳴り出した。慌てて受話器を取るさくら。
「はい、もしもしくるまやですか? え? 満男! どうしたの? うん、サクちゃんが……手紙を? あいにくお兄ちゃん、また旅に出ちゃってどこにいるか分からないのよ。え? 送るって? 分かったわ、もし来たら渡すから。じゃあね」
受話器を置いて呆然とするさくら。テーブルを拭く手を止めて、不思議そうに見つめる三平。
「どないしはったんですが奥さん」
「あのね三平ちゃん。3ヶ月前、店を留守にして能戸村へ行ったことがあるでしょう」
「ええ、ありましたな。そのときは僕が一人で店番しました」
「そのときに能戸村で出会ったサクちゃんって子がね。お兄ちゃん宛に手紙を書いて満男に渡したんだって」
「そりゃ行き違いになりましたな」
寅次郎は三日前、北へ旅に出たばかりであった。
さくらは椅子に座ると、能戸村でのいきさつをとうとうと三平に話し始めた。しばらく二人で話していると突然、郵便バイクの音がして、表のポストにポトリと音がした。
「あら奥さん、噂をすればほんまに来はったみたいですよ」
「そうみたいね」
さくらが表に出るとポストには一通の封筒が入っていた。
その日の晩、夕飯を食べながらさくらは電話のことを博に話した。
「へえ、あのサクちゃんが義兄さん宛の手紙を満男に託したのか」
ウイスキーをとくとくとコップに注ぐ博。
「そうなのよ。それでね。お兄ちゃん宛の手紙を速達で送ったみたいで今日の夕方届いたのよ」
「そりゃあ、よっぽど義兄さんに読んで貰いたかったんだろうな」
「だけどお兄ちゃん、3日前に急に旅に出ちゃったじゃない。今頃どこを旅してるのかしら」
「何でも北の方へ行くとか言ってたようだぞ」
「北といってもねえ」
「手紙は読んだのか?」
「ええ、悪いけど読ませて貰ったわ。ほら」
博に手紙を渡すさくら。博は老眼鏡を掛けて「どれどれ」と読み始める。
コトー先生、いや諏訪満男先生、詠音サクです。
ネコミミ村のみなさんはお元気ですか?
またまた寅さんへのお手紙をお預けします。
寅さん、お久しぶりです。
人魚には騙されていませんか?それから雪女にも。
先日私と重音テトさんのもとに招待状が届きました。
地図を探しても見つからないのですが
「星雪町」の秘書さんという方からです。
歌って欲しい曲があるので是非お二人で来てください。
とのことでした。
島木沢圭吾という詩人さんと茶本重一という作曲家さんが
作った曲だそうです。
青森の指定された食堂で待っていたらバスが迎えに来ました。
なにかいろんな光が飛び交うトンネルをしばらく抜けると
そこは「星雪町」でした。
夏だというのに一面雪景色。
光片という星の形をした氷の欠片が降ってきて
「それに願いを一つだけ書いて瓶につめると願いが叶う。」
そうです。
寅さんにもお誘いが来るかもしれませんが気を付けた方がいいですよ。
また人魚と雪女で失敗して銀河の果てに行っちゃうかも。
それに星雪町には歌の通り音の無い森もあって
静かな町なので寅さんのご商売には向かないかもです。
そうそう、
近くの「なないろ町」だったらアイスクリームが売れるかもです!
またお会いできる日を楽しみにしています。
「へえ、星雪町か。聞いたことがないな。で、サクちゃんはその町へ行ったんだな?」
「ええ、お友達のテトさんと青森へ招待されたと書いてあるわね」
「青森か。随分昔に行ったきりだね。たしか君も義兄さんを探して行ったんだよな」
「そうよ。あれは花ちゃんの時だったわね……」
遠い目をするさくら。今から半世紀以上も昔の話。
旅先の沼津で、青森からの家出娘花子と出会った寅次郎は、くるまやで花子の面倒をみるうちに花子に懐かれ「寅ちゃんの嫁っこになりたい」なんて言われて大騒動になるのだが、結局花子の小学校の担任の福士先生が迎えに来て青森に帰ってしまう。寅次郎は落ち込んで旅に出てしまい、心配したさくらは兄を探して青森へ行く。そこで小学校で元気に働いてる花子を知り、バス停でいつものように談笑している寅次郎を見つけて安心したのだった。
「そういえばお兄ちゃん、青森でお世話になった食堂があるって言ってたわね。……たしか……冬月食堂だったかしら」
「よし、それならそこに手紙を送ろう。北へ向かったのなら青森あたりに立ち寄るんじゃないか?」
「そうね。なんかそんな気がするわね」
相談の結果、三平にインターネットで冬月食堂の住所を調べて貰い、そこに手紙を転送することになった。

「たしかこんな夏の宵だったなあ……」
夕闇に沈む柴又の町を眺めながらしみじみと語る博。
「え? なあに」
お茶を飲んでひと息つくさくら。
「ほら、君との馴れ初めさ。義兄さんに君のことは諦めてくれと言われてさ」
「ああ、そんなこともあったわね。随時昔のことだけど。あのとき博さん、故郷に帰るって飛び出して行ったわね」
「ああ、荷物まとめて柴又駅にね。もしあのとき、君が来てくれなかったどうなっていたのかな」
「そうねえ。今でも他人同士だったかもしれないわね……。不思議ね、人の縁って」
「そうだな。……みんな、君の義兄さんのおかげだよ」
「……ふふふ」
「なんだい?」
「あのとき博さん、とても素敵なことを言ってくれたわね。今でも覚えてるわ」
「ははは。なんでも青臭いことを言ったような気がするな」

バスには7人の乗客が乗っていた。寅次郎はいつもの中折れ帽にトランクを抱えて一番後ろの席で眠りこんでいた。
どれぐらい時間が経ったろう。寅次郎はふと目を覚ました。
バスの外は真っ暗で遠くに外灯が寂しく瞬いている。曲がりくねった道に他の車は一台もなかった。
「はて、ずいぶん長い夢を見てた気がするが、一体ここはどこだ?」
寅次郎の二つ前の座席に着物を着た若い女が座っている。
寅次郎はそっと座席を離れて女の隣に座った。
「ちょいと失礼します」
「……」
「あのちょいとお聞きしますが、このバスは一体どこへ向かってるんですかい?」
「はい、このバスは青森の星雪町へ向かいます」
「へえ、青森は随分昔に行ったきりだが聞いたことがねえ名前だな。町村合併で新しく出来たのかね?」
「さあ、それは存じ上げません。何でも夏だというのに一面雪景色。光片という星の形をした氷の欠片が降ってきて『それに願いを一つだけ書いて瓶につめると願いが叶う』そうです」
「へえ、随分面白れえな。夏に雪が降るなんてな。それに願いを一つ書いて瓶につめると願いが叶うってかい」
「はい、わたくしもその話を聞いてぜひ星雪町へ行ってみたいと思ったのです」
「お姉ちゃん、一体何を願うんだい?」
「はい、わたくし、生きてるうちにこの世の真理を知りつくしとうございます」
「へえ、そりゃまた随分高等な願いじゃねえかい。大したもんだよかえるの小便。見上げたもんだよ宿屋のふんどし」
「おほほほ」 口に手を当てる女。
「へへっ、おかしいかい?」
「はい。大変おかしゅうございます。ところでおじさま、もし願いが叶うとしたらおじさまは何を願いましょうか?」
「俺かい? そうよなあ……」目を閉じて腕を組み、じっと考え込む寅次郎。
「……いっぺん、二枚目になってみたかったなあ」
「ほほほ」
バスは岩木山の下にくり貫かれたトンネルを通ると、辺りは光に包まれた。そしてトンネルを抜けるとそこは一面銀世界の星雪町だった。
さくらと博、水入らずで一杯やってほろ酔い気分。昔話に花を咲かせていると突然、玄関をどんどん叩く音が聞こえる。
「あら、こんな時間に誰かしら?」
さくらが慌てて玄関を出てドアを空けると、禿頭の痩せた老人が顔を真っ赤にして入ってきた。
「こんばんはあ。夜遅くすいませんねえ」
「しゃ、社長! 博さん、社長がお見えになったわよ!」
茶の間を降りて慌てて出迎える博。社長はくたびれた工場の制服を着ている。
「これはこれは社長。お久しぶりですね。一体どうしたんです? こんな時間に来るなんて」
「いやあね。さっきそこで三平ちゃんにばったり会ってさ。死んだと思った寅さんが、27年ぶりに帰ってきたって言うじゃないか。それで慌てて様子を見に来たんだけど、寅さん、また旅に出たんだって?」
「ええ、そうなんです。社長にもそのとこを話そうと思ってたんですがね。満男が赴任した能戸村へ行ったりしてバタバタしていたもんだから……」
「まったく水臭いよ博さん。それならそうと早く教えてくれればいいのに。みんな寅さんは野垂れ死んだに違いないと言って葬式まで上げたんだから。だけどうれしいねえ。寅さんがまだ生きていたなんて」
「きっと義兄さんも社長に会えば喜びますよ。ところで社長、その格好は今日も残業ですか?」
「そうだよ。冗談じゃないよまったく! いくら一億総活躍社会と言ったってね。100になるまで働かせることはないよ」
「社長、とうとう100になりましたか。そいつはめでたいなあ」深々とお辞儀する博。
「今年で満101になったよ。俺はね。74の歳に大病して死にかけたけどね。三途の川まで行って気づいたのさ。まだ年金をいくらももらっちゃいないってね。それで死んでも死にきれずに帰ってきたけど、今度は借金返済のために働かなくちゃだもんなあ」
タコ社長、こと桂梅太郎は朝日印刷を退職したあと、全財産を使って株に手を出したが失敗し、多額の借金を抱えていた。そのため、派遣で金属加工の工場に勤務して借金を返済していた。
「いいじゃないですか働けるうちは。101になるまで現役で働くなんて高齢者の鏡。きっと多くの中高年に夢と希望を与えますよ」
「高齢者の鏡? 夢と希望? いいこと言うねえ。博さんだけだよ、そう言って励ましてくれるのは……娘のあけみにはさ、なんで株なんかやったんだって責められてさ……」
悲し気な表情でうつ向く社長。
「まあまあ、それより社長。どうです、一杯やりませんか?」
「そうだねえ。それじゃ久しぶりにそうさせてもらおうかねえ」
ころっと笑顔になった社長と座敷に上がる博。
「今、お酒とおつまみ、お持ちしますね」台所で仕度に取り掛かるさくら。
「悪いねさくらさん。こんな死に損ないのじじいのために気を遣ってもらって」頭をかく社長。
「いいんですよう。社長が来てくれて私、なんだか懐かしくて嬉しくて涙が出てきました」
袂から黄色いハンカチを取り出し、目許に当てるさくら。

寅次郎がやってきたのは下北半島の付け根、野辺地駅前。そこで昔旅をしたときに世話になった冬月食堂がいまだに健在なのを見つけ、思わず暖簾をくぐる寅次郎。
真っ直ぐカウンターに座ると早速「親父、酒とつまみををくれ」と注文する。
「へい」
寅次郎は厨房に立っている白髪にオールバックの男が、昔この辺を旅をした時に一緒に遊んだ若者だと気づく。
「おい親父、もしかしてあの時のやんちゃな青年じゃねえのかい?」
「へい?」
「俺だよ俺、寅だよ。忘れたか?」自分の顔を指差す寅次郎。
「寅? あ~あ~。あなた、あのときの寅次郎さんだね」
「そうよ。一緒に遊んだじゃねえか。たしかコウちゃんてんだな」
「へい、冬月コウゾウでございます。しかし寅さん、あのときとちっともかわりませんな」
「そういうコウちゃんはすっかり老け込んだなあ」
「そりゃそうですよ。なんせあのときから50年も経つんですから」
「50年ねえ。俺にはさっぱり記憶がねえんだよ」
「ま、そういうこともありますよ。サービスするんでゆっくりしてってください」
辺りのはには5、6人のサラリーマンたちが焼き鳥や刺身を食べながら呑んでいる。
寅次郎はコウゾウを相手に酒をちびちび呑んでいた。暫くしてほろ酔い加減になったところで、不意に後ろから背中を肩を叩かれた。よくみると三十格好の女である。
「ちょっと、お兄さん、もしかして寅さんじゃないの?」
「ん? 俺はたしかに寅次郎だがお姉ちゃん、どこかで会ったかな?」
「やだわ寅さん。あたしよあたし、銀河亭でお世話になったじゃないの」そう言って寅次郎の肩を叩く女。
「あっ! 思い出した。あんたミサトちゃんだね。ずいぶん久しぶりじゃねえか」
「えへへ、まさかこんなところで寅さんにばったり会うなんてねえ。うれしいわ」
「俺もミサトちゃんみてえな美人とまた会えてうれしいよ。さ、今夜はとことん呑もうじゃねえか」
「うん、銀河高原ビール大ジョッキ二つお願いしまーす♪」
「へ~い」
寅次郎の隣に座り、箸でお通しをつつくミサト。
「しかしなんだってこの青森に来たんだい? それに亭主の加持さんとはどうなったい?」
「それがさ。聞いてよ寅さん。あいつ銀河亭に来る美人の客にちょっかい出してさ。それでケンカして飛び出して来ちゃった」
「おいおい、加持さんのほんの冗談だぞ。あいつはミサトちゃんに心底惚れてんだから」
「わかってんのよ。わかってんだけどさ、なんか気がくさくさしてさ。地球が恋しくてたまらなくなったのよ」そう言ってぐいっとビールを呑むミサト。
「くっは~っ!」
「それで気晴らしに地球に来たってかい」
「そ。なんかね、北十字駅でさ。星雪町への直行便ってのがあったから飛び乗っちゃった」ぺろっと舌を出すミサト。
「今ごろ心配してんじゃねえのか? 銀河亭の加持さんはよう」
「大丈夫だって。カフェの方はビルとマサコさんがやってくれるからさ」
「そうかい」寅次郎も枝豆をつまみながらビールをぐいと呑む。
「……それにさ……あたしたちが命懸けで守った地球はどうなってるんだろうってさ。シンジくんは今ごろどうしてるかなって。あたしは死んじゃったから会うわけにはいかないけど……」
「そりゃあ、よっぽどそのシンジくんってのが気がかりなんだな」
「うん、あたし、一応シンジくんのお母さんのつもりだったからさ。だらしない、ダメな母親だけさ~」
悲しげにうつ向き、カウンターに突っ伏すミサト。
「そうかい。ミサトちゃんも色々、つらいことがあったんだなあ」
「そうよ。こう見えてあたし、傷だらけなのよ。まさに『女はつらいよ』ね」
「ははは、まるで映画の文句みてえじゃねえか」
「あ~あ、あたし、何で女に生まれてきたんだろ? あたしも男に生まれてくればよかったわ~。そして寅さんみたいに好き勝手旅をするの」
「何、男だってつれえのよ」
「そっかな~」
「そういやここに来る途中でよ。バスで面白しれえことを聞いたぞ」
「へえ、どんな?」
「なんでも氷の欠片に願いを書いて瓶に詰めると願が叶うみてえだ」
「面白いわね~。あたし、試しにやってみようかな」
「いいねえ、ミサトちゃん何て書くんだい?」
「やっぱシンジくんが幸せに暮らす世界になって下さいってことかな」
「いいのかい? てめえが生き返らなくてもよ」
「いいのよ。あたしはもう死んじゃったからさ。銀河亭であいつとカフェやってりゃそれで充分よ。それより寅さんは何を願うの?」
「俺かい? 恥ずかしいけどよ。いっぺん、二枚目に生まれてみたかったなあ」寂しく笑う寅次郎。
「やだ寅さん。寅さんは充分二枚目よ」寅次郎の肩を撫でるミサト。
「そうかい……嬉しいこと言ってくれるじゃねえの」機嫌よくビールを呑む寅次郎。
そうやってビール呑みかわしながら、二人の夜は更けていく。
やがて二人は表へ出ると雪の降る夜の町を歩き始めた。願いが叶う氷の欠片を探しに……。
「いけねえ! 寅さんに手紙を渡すの忘れてた」
テーブルを拭いていたコウゾウは突然叫ぶと、慌てて暖簾をかき分けて外へ飛び出して行った。しかし雪明かりに包まれた夜の町に二人の姿はどこにもなかった。
※男はつらいよ及び新世紀エヴァンゲリオンのパロディです。
※画像はAIが作成しました。
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素晴らしい記事ですね♪