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恋する六本木・闇と光編


※下記、諸事情により、名前を、クミからマヤへ、スミアからスアに変更しております🙇‍♂️

恋する六本木・闇と光編
by Ryoji M.

第1部 六本木の夜
第1章 再会
夜。

東京タワーが遠くに見える街。六本木。

遠くに見える摩天楼の下、譲司は、一人、夜風に吹かれ、街を歩いていた。

そして、彼は、ビルの一階に辿り着くと、エレベーターに乗って、10階の最上階へと向かった。

扉が開くと、そこは、まさに別世界だった。

フロアに流れる音楽を横切り、譲司は、カウンターの椅子に腰掛けた。そして、ドリンクを注文した。

やがて、スマホの画面にメッセージが表示された。

『もう、着いてる?』

『着いてるよ』

『ごめんね、店、変えない?』

『何でだよ?』

『その店だと、ゆっくり話せないからさ…』

だったら最初から言えよ…と言いたいのをこらえて、譲司は、待ち合わせの喫茶店へと向かった。

店に入ると、ロング・ヘアの女性が笑顔で手を振っている。

「久しぶり!元気してた?」

譲司が席に着くと、その女性、マヤは、満面の笑顔で譲司を迎えた。

「…まあね。マヤも相変わらず元気そうで良かったよ!」

譲司は、運ばれてきたアイス・コーヒーに口を付けながら、努めて平然とした声を返した。

向かいに座るマヤは、大学のキャンパスで見かける時とはどこか違う、大人びた華やかさを纏っている。だが、その笑顔の奥には、どこか焦ったような色が隠しきれていなかった。

「急に店を変えさせてごめんね。でも…あのクラブ、大学の知り合いが急にパーティーやるって言い出したらしくてさ…」

マヤは、困ったように肩をすくめて見せた。

「知り合い?」

「そう。サークルの連中がどっと押しかけてくるらしくて。せっかく譲司と会えたのに、アイツらに見つかったら、冷やかされるし、ゆっくり話せないでしょ?」

「なんだ、そういうことか」

胸のつかえが下りたような、どこか拍子抜けした感覚を覚えながら、譲司は、苦笑した。

クラブの重低音から離れた静かな喫茶店は、確かに二人の距離を縮めるにはおあつらえ向きだった。

「で? わざわざ六本木まで呼び出して、一体どんな話だったんだ?」

譲司が問いかけると、マヤは、少しだけ表情を引き締め、まっすぐに譲司の目を見つめ返した。

「私、芸能関係のバイトを始めようと思うんだけど、どう思う?」

唐突な言葉に、譲司の手が止まった。

「芸能関係って…モデルとか、そういうことか?」

「うん。大学の先輩に誘われてさ。撮影会のモデルとか、イベントのコンパニオンとか。時給もいいし、楽しそうでしょ?」

屈託のない笑顔で語るマヤを見つめながら、譲司の胸の中には、ザラッとした得体の知れない不安が芽生え始めていた。

第2章 光と影のアルバイト
「…楽しそう、ね…」

譲司は、グラスの氷をカラリと鳴らし、言葉を濁した。

「時給がいいって、具体的にどれくらいなんだ?」

「えっとね、普通の居酒屋バイトの三倍以上。現場によっては、もっともらえるみたい」

マヤは、どこか誇らしげに胸を張り、テーブルの上に置いていたスマホの画面を譲司に向けて滑らせた。

画面に映っていたのは、華やかな衣装に身を包んだ女性たちが洗練された笑顔を並べる、とあるモデル・コンパニオン事務所のホームページだった。

フォントやグラフィックは綺麗に整えられているものの、どことなく大人の世界の匂いが漂っている。

「大学の先輩に誘われたの。撮影会のモデルとか、イベントのコンパニオンとかがメインなんだって。時間に融通が利くから大学の授業にも差し支えないし、六本木とか、西麻布のパーティーの仕事も多くてさ。いろんな業界の人と知り合えるから、社会勉強にもなるよって言われて…」

「…社会勉強ね…」

譲司は、画面に躍る

『未経験者大歓迎』

『日払い可』

『短時間で高収入』

といったキャッチ・コピーを見つめた。

普通の女子学生からすれば、あまりにも魅力的な条件に見えるだろう。

だが、先ほど自分が降り立った六本木の街並みが頭をよぎる。摩天楼の眩しい光のすぐ足元には、計り知れない濃厚な闇が広がっている。

「その先輩って、本当に信用できる人なのか?」

「当たり前じゃない。サークルの二つ上のスア先輩だよ。譲司だって顔くらいは知ってるでしょ?」

「…あの先輩か」

譲司の脳裏に、いつも最新のブランド品で身を固め、要領よく立ち回っていた女子学生の姿が浮かんだ。確かに交友関係は広く華やかだが、学内では調子のいい噂と怪しげな噂が半々で囁かれている人物でもある。

「マヤ、変なトラブルに巻き込まれなきゃいいけどな。芸能関係なんて言ったって、実態のわからない怪しい事務所なんてゴマンとあるだろ。最初は綺麗なことばかり言って、後から断れない状況に追い込むようなマネだって…」

「もう、譲司は、心配性だなあ!」

マヤは、可憐に笑い飛ばしたが、その瞳の奥には、未知の世界への強い憧れと、ほんの少しの野心が揺らめいていた。彼女の持つ無垢さは、この街においては時に最大の隙になりかねない。

「大丈夫だよ、私だってそんなにバカじゃないんだから。怪しいと思ったらすぐやめるよ。…それにね、ちょっと自分を試してみたいの。ただ大学に通って、普通のバイトをして卒業するだけじゃ、なんだかもったいない気がして」

本音を覗かせたマヤの真剣な眼差しに、譲司は、それ以上強く口を挟めなくなった。言葉を呑み込み、アイス・コーヒーのストローを意味もなく弄る。

「…まずは、今週末、面接と体験撮影があるの。一緒について来てなんて言わないから。そこは安心してよね。合格したら、最初にお祝いしてね!」

「…調子いいこと言うなよ。絶対に無理だけはするなよ!何か、少しでもおかしいと思ったら、すぐに俺に連絡しろ。いいな?」

「うん、分かってる。ありがとう、譲司!」

満足そうに微笑み、ストローでジュースを飲むマヤ。

その横顔を見つめながら、譲司の胸の中に芽生えたザワツキは、消えるどころか、重く冷たい静けさとなって広がり続けていた。

喫茶店のガラス窓の向こうでは、六本木のネオンが不気味なほど鮮やかに揺れていた。

第3章 華やかな誘惑
週末の夜。

六本木交差点の雑踏は、平日のそれとはまるで違う熱気に満ちていた。

譲司は、約束の時間の十分前に、指定されたラウンジの入り口に到着していた。マヤから「体験撮影が無事に終わったから、少しだけ乾杯しよう」と連絡が入ったためだ。

通された店内は、間接照明が仄暗く店内を照らし、重厚な革張りのソファが並ぶ豪奢な空間だった。大音量のクラブ・ミュージックとは対極にある、大人たちの社交場といった趣である。

「譲司!お待たせ!」

奥のVIPテーブルから歩み寄ってきたマヤを見て、譲司は、思わず息をのんだ。

そこにいたのは、昼間のキャンパスで見せるカジュアルな装いとは一線を画す彼女だった。

背中が大きく開いたシックなブラック流れるドレスに身を包み、繊細なメイクが彼女の顔立ちを一層鮮やかに引き立てている。

「…すごく大人っぽいな。それが今日の衣装か?」

「ふふ、似合ってる? 事務所のスタイリストさんが選んでくれたの。これに着替えただけで、なんだか自分じゃないみたい」

マヤは、照れくさそうに微笑みながらも、洗練された姿を褒められたことが隠しきれない様子で、嬉しそうに裾を揺らした。

「撮影は、どうだったんだ?」

「それがね、すごく楽しかったの! カメラマンさんも優しかったし、スタッフの人たちも『すごく筋がいい』って褒めてくれてさ。私、本気でやってみようと思う」

声を弾ませるマヤの隣に、見覚えのある女性がゆっくりと歩み寄ってきた。

スア先輩だ。

高級ブランドのバッグを肩からかけ、慣れた手つきでグラスを傾けている。

「あら、譲司くんじゃない。マヤちゃんから聞いてたけど、本当に来てくれたのね」

「スア先輩。ご無沙汰しています」

「そう堅くならないでよ。今日はお祝いなんだから。マヤちゃん、社長にもすごく気に入られてね。いきなり来月の大規模なファッション・イベントのコンパニオン枠に推薦してもらえることになったのよ」

「本当ですか!?」

マヤが目を輝かせる。

スア先輩は、満足そうに頷き、譲司に向かって試すような視線を投げかけた。

「すごいでしょ? 普通なら何ヶ月も下積みをやってからなのに、マヤちゃんには特別な華があるって。この街ではね、チャンスを掴めるかどうかが全てなのよ」

スアの言葉は滑らかで、一見すると後輩の活躍を心から喜んでいるように聞こえる。しかし、譲司は、その余裕たっぷりな態度の裏に、どこか計算高さを感じずにはいられなかった。

「…チャンスなのは分かりますが、いきなりそんな大役に抜擢されるなんて、少し話が上手すぎませんか?」

譲司が静かに牽制すると、スア先輩は、クスリと笑い、グラスの中のシャンパンを揺らした。

「相変わらず慎重派ね、譲司くんは!でもね、六本木で成功したかったら、差し出された手をとっさに掴む勇気も必要なの。マヤちゃんも、もう子供じゃないんだから」

スア先輩の言葉に、マヤは、小さく頷き、譲司をなだめるように手を添えた。

「大丈夫だよ、譲司。スア先輩もついててくれるし、社長さんもすごく親切そうな人だったから。私、このチャンスを逃したくないの」

華やかなスポットライトの予感に目を奪われているクミに、譲司の警告は届きそうになかった。

ガラス張りの窓から見下ろす六本木の街は、まるで巨大な蜘蛛の巣のように、美しいネオンの光で獲物を誘い込んでいた。

第4章 届かない警告
数日後。

週末の華やかな宴から数日が過ぎたものの、譲司の胸につかえたわだかまりは、消えるどころか、日を追うごとにその重さを増していた。

大学の講義が終わると、譲司は、中庭のベンチで一人スマホを眺めていた。

画面には、先日マヤから送られてきた事務所のホームページが開かれている。

代表者の名前や所在地の住所を調べてみたが、検索結果に出てくる情報は曖昧で、設立年すらまともに記載されていない。

「やっぱりおかしい…」

溜め息をついたその時、人混みの向こうから談笑する声が聞こえてきた。マヤだ。数人の友人たちに囲まれ、中心で楽しそうに話している。

その手首には、以前は見かけなかった小ぶりだが高級感のあるブランドのブレスレットが光っている。

「マヤ、ちょっといいか」

譲司が声をかけると、彼女は、一瞬だけ意外そうな顔を見せたが、友人たちに

「先に行ってるね」

と告げて歩み寄ってきた。

「どうしたの、譲司? 難しい顔して」 

「あの事務所のことだけど…少し調べてみたんだ。法人登記の住所も怪しいし、社長の名前で検索しても実績がほとんど出てこない。マヤ、本当に大丈夫なのか?」

ストレートな問いかけに、マヤの笑顔がスッと引いた。先ほどまでの華やかな表情から一転、少し傷ついたような、そして拒絶するような冷ややかな目が譲司に向けられる。

「またその話? 譲司ってば、どうして素直に喜んでくれないの?」

「心配だから言ってるんだよ。スア先輩だって、あそこまで便宜を図る理由がわからないだろ。最初の撮影会だって、本当なら費用を取られたり、契約で縛られたりするケースが多いんだ」

「そんなことないよ!」

マヤは、声を少し荒らげ、持っていたバッグを固く握りしめた。

「社長さんはすごく私の可能性を買ってくれてるの。来週のパーティー・スタッフの仕事だって、手当をはずんでくれるって言われたし…。譲司は、私のことを、何も分かってない」

「マヤ…」

「ただ大学と部屋を往復するだけの毎日に、私は満足したくないの。せっかく自分の力で新しい世界を開こうとしてるのに、どうして足を引っ張るようなことばかり言うの?」

彼女の言葉には、憧れへの執着と、自分を認めてほしいという切実な焦りが混ざり合っていた。

六本木の華やかな光に魅せられた彼女にとって、譲司の現実的な警告は、ただの「夢を邪魔する無理解な言動」にしか映らないようだった。

「これ以上、事務所の悪口を言うなら、私、もう、譲司としばらく会いたくない…」

そう、言い捨てると、マヤは、一度も振り返ることなく、友人が待つ校舎の方へと歩き去って行った。

夕暮れのキャンパスに、一人取り残された譲司。

二人を隔てる溝は、六本木のネオンが灯る前に、既に、ハッキリと、深く刻まれ始めていた。

第5章 すれ違う視線
マヤと気まずい別れ方をしてから、更に、二週間の月日が流れた。

譲司がキャンパスですれ違っても、彼女は、小さく会釈をするだけで、すぐに視線を逸らしてしまう。以前のように無邪気に駆け寄ってくる姿はなく、その装いは、日を追うごとに大人びて、周囲の学生たちの中でも浮くほど華やかになっていた。

ある金曜日の夜。

譲司は、吸い寄せられるように、再び、六本木の街へ足を進めていた。

雨上がりのアスファルトに、色鮮やかなネオンがヌラリと反射している。

冷たい夜風が通り抜ける交差点の角に立ち、譲司は、あてもなく行き交う人々を眺めていた。

(俺は、一体、何をやっているんだ…)

彼は、自分でも呆れていた。

連絡を拒絶されている以上、踏み込む権限など自分にはないはずだ。それでも、あの過剰なまでに眩しい光の影にマヤが呑み込まれていく予感が、どうしても消えなかった。

その時、一歩離れた高級ホテルのエントランスに、見覚えのある黒塗りの高級セダンが滑り込んで来た。

後部座席のドアが開き、降りてきたのはスア先輩だった。そして、その後に続いて車から姿を現したのは、洗練されたパーティー・ドレスに身を包んだマヤだった。

「マヤ…」

思わず声が漏れた。

彼女の手を優しく引き、エスコートしているのは、高級スーツを着こなした六十代ほどの太った巨漢の男だった。男は、マヤの腰に自然な動作で手を回し、何かを耳元で囁いている。

マヤは、一瞬だけ表情を固くさせたものの、すぐに完璧な営業スマイルを浮かべ、男の顔を見つめ返した。

その笑顔は、かつて喫茶店で見せていた無邪気なものでも、キャンパスで見せていた純朴なものでもなかった。

それは、六本木の夜に綺麗に調教された、顧客の欲望に応えるための仮面だった。

ガラス張りのエントランスへと吸い込まれていく二人。その去り際、ふとマヤが振り返り、遠くの街頭に立つ譲司の方へ視線を向けた。

街灯のぼんやりとした光の下、二人の視線が交錯する。

マヤの瞳に一瞬だけ動揺の色が走り、唇がかすかに動いたように見えた。だが、彼女は、すぐに視線を前へと戻し、男に寄り添いながら豪奢な扉の向こうへと消えて行った。

残された譲司は、言葉を失ったまま立ち尽くしていた。二人の距離は、もう言葉ひとつで埋められるほど近くはない。

降り始めた小雨が六本木の街を濡らし、光と影の境目をさらに曖昧に滲ませていった。

To be continued.

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・第2部は下記です

※良いね!をいただけた作品のみ連載を続けます…莫大な時間をかけて作った作品です。良いね!をいただけるとありがたいです。
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