見出し画像

心を込めて、コップを洗う。【手神さまへの手紙①】

暮れに、下の記事で「#手」にまつわる記事の募集をさせてもらってから、わたし自身、これまで以上に「手」を意識して過ごすようになりました。

そうしたら、氣がついてしまいました。
実はわたし、あまり手を大事にしていなかった……って。

上の記事にも書きましたが、わたしは「手神さま」を大切にしています。
便箋にペンで手紙を書くとき、パソコンに文字を打ち込むとき、その手に宿る神様──それが「手神さま」。

その手神さまを大事に思っていたからこそ、昨年の「今年の漢字」に「手」の文字を選び、記事も募集したわけですが……ふと氣がつけば、わたし、「書く」とき以外、ちっとも手を大切にしていませんでした!

そもそも、物理的に手を使うことが、わたしはあまり得意ではありません。
頭の中で考えたり、空想したりすることのほうに興味が偏っていて、手芸や工作はもとより、片づけやお掃除も、ちょっと苦手。
苦手なものは仕方がない、と、少々開き直っておりましたが──手神さまは手の神様。「書く」ときだけに宿る神様ではないはずです。
それなら、お料理するときにも、苦手なお掃除するときにも、もっともっと手を大切に扱おう!──と、氣持ちを新たに過ごすようになりました。

テーブルを拭く手に心を込める。
コップを洗うとき、手に宿った「手神さま」を意識する。
たったそれだけのことなのに、不思議なほど、「いまこの瞬間」を感じやすくなりました。

「いまこの瞬間、手がどんなふうに動いているか」に、自然と氣持ちが向くから……なのかもしれません。「動いた結果どうなるか」より、「目の前にある手が、たったいま氣持ちよく動いているか」にフォーカスが当たる。
これがなんとも心地よいのです。

洗濯物をたたんでいても、「いま自分の手がに心がこもっているか」。
ごみを捨てるときにも、「いま自分の手に心がこもっているか」。
シンクのお掃除をしているときにも、「いま自分の手に心がこもっているか」。

いままでは、ごみを捨てながら、「次は洗濯物を干さなくては」と考えたり、シンクのお掃除をしながら、「お掃除しても、またすぐに汚れちゃうんだよなー」と考えたり……していたと思います。
でも、手に心を込めることを習慣にしたら、「いま自分のしていること」を純粋に楽しめるようになりました。
ごみ捨てを楽しむ……って、少しおかしくきこえるかもしれませんが、本当にそうなんです。
手に心を込めて、家のごみを集めていると、不思議なほどに自分が満たされていくのを感じます。
わたしの指がふれていくものすべてに、なにかきらきらしたものが、静かに光りながら流れこんでいく……ふっと、そんな景色がみえるようにさえ感じるのです。

ごみ捨ても、シンクのお掃除も、どれもごくありふれた日常の動作。だからこそ、日々の生活があっというまに光に満たされていきました。
自分の手を大切にするだけで、こんなに簡単に世界に光があふれるなんて──本当にびっくりです。


さて、冒頭の記事で募集した「#手」にまつわるみなさんのご投稿。
「手神さまへの手紙」というマガジンをつくって、そちらに収録させていただいています。
締め切りはまだ先なのですが、既に寄せられた記事のなかから、少しずつご紹介していきたいと思います。
できるだけ自然な流れで記事を書けたらと思いましたので、投稿順のご紹介ではないこと、ご了承くださいね。
今回は、手の魅力や、「手に心を込める」ことについて書かれた記事を、五つほどお届けします。

まずは、こちらの記事。

けいさんの、「いちごドロップ」。

まさに、「いまこの瞬間」のけいさんご自身の手が、新鮮な言葉で紡ぎだされた印象的なご投稿です。

けいさんといえば、ごくシンプルな言葉の組み合わせで、透明感とおかしみに満ちた、誰にもまねできない文章をお書きになるnoterさん。その独特な世界の、わたしも大ファンです。

この記事では、いちごドロップ色のマニュキア塗って、ご自分の手を大切に愛でていらっしゃいます。
その空氣感の伝わるわたしの好きな箇所を、一部抜き書きさせていただきますね。

透明の目の前の空(くう)を
いちごドロップ色の指先で時間を編んでいく
指先だけスパイダーだ

「指先だけスパイダー」に見立てられたマニュキアの指が、透明の空(くう)に、時間を編んでいく。
その魅力的な描写を──どうぞけいさんの記事で、みなさんもゆっくり味わってくださいね。


続いては、こちら。

haruさんの、「【こはる日和にとける】#1 蝶々の手」。

3か月ほど前にnoteを始められたharuさん。
その一本目のご投稿が、「手」にまつわる記事でした。
美しい手を愛してやまない「変わった癖(へき)」をお持ちだと、記事のなかで書いていいらっしゃるとおり、「手」に対する特別な思いが伝わってくるご投稿です。

「#手」の記事として応募くださったのは「#1 蝶々の手」のほうですが、最近ご投稿された「#15 ばあちゃんの千代紙」の手の描写も素敵でしたので、ふたつ続けてご紹介します。
引用は、「#15 ばあちゃんの千代紙」から。おばあちゃんが千代紙を折るときの「いい音」も、楽しんでくださいね。

千代紙を裏返し
ーーぴらり

四角に折って広げ
ーーさわ

端を中心に寄せて折り
ーーくひゅ、くひゅ

裏返してまた折り、もう一度
ーーこむり、こむり

4つできたひしがたの袋3つを
親指でそっと起こして長方形にすると
ーーこぷっ

「はい、やっこさん」

このあとに続く、幼かったharuさんご自身が千代紙を折ったときの音が……また可愛らしかったです。
どちらも、読後感のさわやかな作品です。ぜひお楽しみくださいね。


次のご紹介は、いつもキュートな「手仕事」をみせてくださる、こちらの方。

だんけひつじさん。「わたしの手」。

羊毛フェルト作家でいらっしゃる、だんけひつじさん。
その「手」から作品に込める思いが伝わってくる、素敵なご投稿でした。
なかでも、心に響いた箇所を引用させてもらいますね。

手は疲れてても、
怒ってても働いてくれるけれど、
そんな時は、
やっぱりお休みが必要かもしれない。

手神さま、
いつもお疲れ様。
そうして、
ありがとう^^

わあ……まるでわたしが「お疲れ様」と声をかけてもらったみたいに、心に沁みました。
きっと、手神さまにも思いが届きますね。
普段から、ご自分の手仕事と大切に向きあわれるだんけひつじさんだからこそ、「手にもお休みを」という言葉が自然に生まれてくるのかもしれません。

羊毛フェルトについては、ぜひ下の記事でご覧になってみてください。


続いて、少し違った角度から、手に込められた心の力を伝えてくださるこちらのご投稿。

手紙日和さんの、「お母さんのおにぎりとコンビニのおにぎり どちらも美味しいのはなぜ?」。

一部引用します。

このところ、コンビニのおにぎりが評判です。
何故かとても美味しい。
手で握ると想いが入ってしまう。
人が作るおにぎりより機械で作るおにぎりのほうが美味しいのは、握った人の心が不味くしているからだと聞いたことがあります。

(中略)

手のひらから想いは伝わる。
だから、お母さんの作ってくれるおにぎりは世界一だし、コンビニのおにぎりも美味しい。

お母さんの握ったおにぎりを美味しくするのは、てのひらから伝わるお母さんの真心。
そして逆に、握る人の想いのありようによっては、おにぎりが不味くなってしまうこともあるのだと……手紙日和さんの記事は伝えてくれます。

思わぬ角度からのアプローチですが、ああ、たしかに……と思いあたるご経験、意外と多くの方がお持ちではないでしょうか。
日頃わたしたちは無意識のうちに、「相手の手にこもった心」を受けとっているのかもしれませんね。


最後に、こちらのご投稿を。

Jinnさんの、「〘詩〙たなごころ(#手)」。

タイトルの「たなごころ」はてのひらを意味する言葉ですが、古語で、「た」は「手」、「な」は助詞の「の」。ですから「たなごころ」とは、「手の心」から転じた言葉。

手の心はてのひらにある。
そんなふうにも解釈できる言葉の成り立ちが、素敵だなと思います。

Jinnさんは詩の冒頭に、「握り込んだ心」という言葉を使われています。
「握れる心」ですから、明記されてはいませんが、てのひらのことかと……受けとりながら拝読しました。
そして詩の最後には、「君が掬ってくれたから/僕は溢せたんだね」とあり、てのひらが開かれたのだと連想しました。
握ることで大切にできるものと、てのひらを開くことで大切にできるもの──。

こちらには詩の冒頭の部分だけ引用します。
どうぞJinnさんの記事をご訪問くださり、広がる世界をお楽しみくださいね。

握り込んだ心が
僕のカケラを吸い上げて
夢のように
星の粒子に還してくれる


企画に賛同してくださったみなさまに、心からお礼を申し上げます。
みなさまの記事を読ませていただくごとに、日々、わたしの生活に新しい色が重ねられていくのを感じています。

2月2日まで記事は募集中ですが、いまから少しずつ、毎回このくらいの数にしぼりながら、ご投稿を紹介していきたいと思っています。
すべての記事のご紹介には少しお時間をいただくことになりますが、ゆっくりと楽しみに、お待ちくだされば幸甚です。

末筆になりました。本年も、どうぞよろしくお願いいたします。



みなさんの「#手」の記事を収録したマガジンです。↓↓↓

「てがみさま」について、最初に書いた記事はこちらです。↓↓↓


いいなと思ったら応援しよう!