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“正解”を探している限り、人生は動かない

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感性の光で世界をそっと照らし
魂が自由にひらく旅へと寄り添う

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こんにちは、haRu*☽です。

3月。
卒業の季節ですね。

我が家の次男坊も、明日、中学校を卒業します。

この3年の間に、体も心もぐんぐんと成長した次男。
(身長は180cmを超え、ほんとうに大きくなりました。)

明日の卒業式は、ハンカチ必須。
入学式でさえ毎回泣いてるわたしだから、明日もきっと・・・。笑

さて。
ここ数日「わたしが心底、卒業したいことってなんだろう?」と考えていました。

新しいこと、新しい体験など、「取り入れたいこと」はすぐに思いつくのに「卒業したいこと」という問いの答えは、なぜかなかなか見えてこなくて。。

それでも、ずっと問いかけ続けていたら、やっと「あぁ、これだ!!」という答えが浮かんできました。

今日の記事で"卒業宣言”、させてください。

「わたし、“正解を探す生き方”から卒業します」


大きな決断を前にしたとき、わたしは氣づきました。
無意識に「なにが正解なのか」を探している自分がいることに──。
  

実は、この数ヶ月間、わたしは大きな決断をするために、ほんとうにたくさん悩んでいました。

家族にとっても大きな変化になる選択だったので、「どうすることが一番いいのだろう」と、何度も何度も考えていたのです。
  

その時、ふと氣づきました。

わたしは無意識に
「どれを選ぶことが正解なのか」
を探している、と。

きっと、誰でもそうなんだと思います。

選択をするとき・・・
特にそれが人生にとって大きな決断であればあるほど、「失敗したくない」という意識が立ち上がってしまうものですよね。

だからこそ、人は

「正解を選びたい」
「何が正解なのか教えてほしい」

そんな心理状態になるのだと思いました。

振り返ってみると、この「正解探し」は、子どもの頃からあったように思います。

わたしは、両親の考えていることや、わたしに望んでいることを、とても敏感に感じ取る子どもでした。

境界線を超えて飛び込んでくる父や母の思いは、わたしにとっての「正解」のようになってゆき・・・

両親の内側には、いつも「正解」があるように感じるようになっていったのだと思います。

だからこそ、両親の考えを取り入れることが「正しい選択」だと思っていました。

知らないうちにわたしの中には

「間違えてはいけない」
「正しい選択をしなければ」

という感覚も同時に根付いていたのかもしれません。

そうして、自分の内側の声よりも、外側から照らされたものを氣にするようになってゆきました。


正解を探しているときの感覚を思い起こしてみると、わたしの内側には焦りや不安のような感覚があります。

そして、自分の内側の声よりも外側の情報を集め始めてしまうのです。

誰かの意見
社会の常識
専門家のアドバイス・・・

それらを聞けば聞くほど、何が正解なのか分からなくなっていって。。

そして、ふと氣づくのです。

「これ、ほんとうにわたしがしたい選択なの?」
「わたしの人生を生きてる?」

という声が、内側から響いてくることに。

今回の大きな決断を前にして、わたしは本当に悩みました。

大きな選択だったからこそ、

「失敗したくない」
「間違えたくない」

そんな氣持ちもたくさん出てきて、たくさん混乱し、いっぱい葛藤しました。

でも、悩み抜いたある瞬間、わたしの中ではっきりと感じたことがあったのです。

それは「正解なんて、どこにもない」ということ。

一番自分が選びたいことを選んだなら、その結果が幸せになるように
生きていくだけなのだ、と。

こう思った時に、覚悟が決まりました。


だから──
わたし、“正解を探す生き方”から卒業します。

正解ではなく、「わたしはどうしたいのか」その声に耳を澄ませる。

内側の声は、いつも本音で、いつも正直です。

だからこそ、それに耳を澄ませてシンプルに選んでゆきます。


今までだって、わたしは「正解」ではなく「どうしたいのか」という軸で
小さな選択を重ねてきていました。

本音とつながることが大事だよって、きっとnoteの記事でも何度も書いているような氣がします。笑

けれど、今回・・・
大きな選択になった時に、すごく試されたのだと思います。

今まで積み重ねてきた体験の最終試験のような、大きな選択の連続・・・!

もうね、ほんとうにとても悩みましたよ^^

でも、わたしが、わたしをしあわせにする覚悟──
その覚悟が立ち上がってからは、わたし、強かった。笑

最終的には、自分の本音、自分の感覚を信頼して選んだの。
よくやった、わたし。涙

今回の選択によって起きることは、すべて自分が引き受けます。
だって、わたしがわたしの声の通りに選んだのだから🤍


もしかしたら、あなたも、外側の声が無意識に飛び込んできてしまうことが
あるかもしれません。

誰かの期待や社会の常識。
「こうするのが正しい」「みんな、こうしてる」というような声。

繊細な感性を持つあなたなら、日々、周りの声やエネルギーをきっと無意識に受け取り続けているはず。。

でも、それでも。

そんな声に氣づきながらも、もし、正解などどこにもないとしたら。
いや、選択した結果を、あなた自身で「正解」にできるとしたら──

「 あなたは今、何を選びたいですか? 」

もしかしたら、「しあわせになる選択を探す」というパターンで動く人が多いのかもしれません。

でも。
今回の体験を通して、人生は「選んだあと、幸せにしてゆく」ものなのだと思いました。

きっと、人生には“正解”なんてなくて。
“正解”を創り上げながら生きてゆくのが人生なのかもしれませんね。


人の声を敏感に受け取ってしまうわたしだからこそ、自分の声に耳を澄ませることが、人生でいちばんたいせつなのだと思いました。

正解がないのなら──
わたしは、わたしのハートから湧き出る声のままに生きたい。

そう思っています。

卒業宣言、ここまで読んでくださって、ありがとうございました。




この記事は、かぜの帽子さんの「言葉の庭」3月企画『 私、○○から卒業します 』のお題に沿って書きました。

心を見つめる、とても深い時間となりました。
かぜの帽子さん、素敵な機会をいつもありがとうございます🎵

   haRu*☽


🤍響きのエッセイスト | haRu*☽  
感性をひらき、音で癒し、言葉で還る──  
“わたしらしく生きる”旅に寄り添うnote発信者

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