【洋楽解説×平和学 No.071】Breakout / Swing Out Sister 〜 臨死体験の淵で書き留められた、「自分の可能性を取り戻す」解放の歌
🎸楽曲紹介
Title: Breakout
Artist: Swing Out Sister
Issued in: 1986年10月(アルバム『It's Better to Travel』(1987年)収録。全英4位・全米6位)
作詞・作曲:Andy Connell, Corinne Drewery, Martin Jackson
プロデュース:Paul Staveley O'Duffy
この記事が公開される7月15日は、FIFAワールドカップ北中米大会の準決勝の真っただ中です。日本時間の今朝はフランス対スペイン、明日の朝にはイングランド対アルゼンチン。寝不足気味の方も多いのではないでしょうか。
なぜワールドカップの話から始めたかというと、今日の一曲が、まさにワールドカップから生まれた曲だからです。それも40年前、今大会の開催国の一つでもあるメキシコで行われた1986年大会。「テレビ中継のテーマ曲があまりにひどい」という一人のキーボーディストの苛立ちが、この名曲のベースラインを生みました。詳しくは後半で。
きらびやかなホーンセクション、跳ねるベースライン、そして突き抜けるような女性ボーカル。「Breakout」は、80年代半ばの英国が生んだ「ソフィスティ・ポップ」の代名詞のような一曲です。何の屈託もなく響く、洗練の極みのようなポップス。
ところがこの歌詞が生まれた場所を知ると、曲の聴こえ方が一変します。それは病院のベッドの上、それも生死の境をさまよった直後の、朦朧とした意識の中だったのです。今日は、この上なく軽やかなサウンドに乗せられた、この上なく切実な「解放」の話をします。
1. Background:頭蓋骨骨折と、月曜朝のデモテープ
Swing Out Sisterは、もともとキーボードのアンディ・コンネルとドラムのマーティン・ジャクソンによるインストゥルメンタルのデュオとして始まりました。そこにボーカルとして加わったのが、コリーン・ドリュリー。当時の彼女は歌手ではなく、自分のレーベルを立ち上げたばかりのファッションデザイナーでした。
彼女は後年、英国のソングライティング専門誌のインタビューで、この曲の歌詞の出どころを語っています。乗馬中に落馬して壁に頭を打ち、頭蓋骨を骨折。1週間意識が戻らず、その後3ヶ月の療養生活を送った。そのあいだ、朦朧とした意識の中で、意識の流れのままに言葉を書き留めていたというのです。「なぜ書いていたのか分からない。自分の正気が戻ってくるのかどうか、確かめたかったのかもしれない」。「Breakout」の歌詞は、その紙切れの言葉たちから生まれました。
制作の経緯も、負けず劣らず崖っぷちです。当時のレコード契約はシングル2枚だけの条件付きで、1枚目の「Blue Mood」は鳴かず飛ばず。レコード会社からの通告は「月曜の朝一番までにデモを出せ。さもなければ契約終了」。ところがアンディはバンドのツアーで欧州へ、マーティンはマンチェスターにいて、携帯電話もインターネットもない1986年、連絡の取りようがない。ロンドンのスクワット(占拠住宅)に住んでいたコリーンは、手元にあったウォークマンとラジカセだけで、ルームメイトが仕事に出るのを待ってから一人でデモを吹き込み、バイク便でレコード会社に送りました。それが会議で気に入られ、この曲は世に出たのです。
発売後も、会社の見立ては「この曲は売れない」。ところが子ども向け番組でのわずか数分の出演をきっかけに、チャートを90位台から40位台へ、そして全英4位まで駆け上がりました。米国でも6位を記録し、グラミー賞にもノミネートされます。売れないはずの曲が、閉ざされたはずの扉を、内側から蹴破っていったわけです。
2. Lyrics:「言いたいことを言え」という処方箋
歌詞は、行き詰まりの描写から始まります。説明がどれも意味をなさないとき。どの答えも間違っているように思えるとき。物事がうまく噛み合わないとき。そこに畳みかけるように、サビが指示を出します。「立ち止まって尋ねるな。ようやく掴んだ突破口だ。方法を見つけろ、言いたいことを言え。Breakout(抜け出せ)」。
ここで平和学の、それも一番根っこの定義を持ち出します。ガルトゥングは暴力を「人間の潜在的実現可能性と、現実とのあいだにギャップを生じさせている原因」と定義しました。戦争や殴打だけが暴力なのではありません。「本当はできたはずのこと」が「できないままにされている」状態、その差を作り出しているものすべてが、広い意味での暴力です。
この定義に照らすと、「Breakout」が歌っているのは、まさに自分自身に対するそのギャップの解消です。コリーンは歌手になりたかった。けれど安定した、実入りのよいデザイナーの仕事があり、周囲もそれを期待していた。誰かが彼女を殴って夢を諦めさせたわけではありません。「安定を捨てるなんて馬鹿げている」という常識、つまり空気のような価値観が、潜在的可能性と現実のギャップを静かに固定していた。彼女自身、事故のあとで気づいたと語っています。臨死の淵に立ってはじめて、「もうデザイナーには戻りたくない。やりたいことをやらなければ」と。バンド仲間の反応が笑わせてくれます。「辞めるなんてやめてくれ、金を持ってるのは君だけなんだから!」
「言いたいことを言え」という一行は、だからただの威勢のよい掛け声ではありません。抑え込まれていた可能性を取り戻せという、暴力の定義の裏返しとしての、解放の処方箋なのです。
3. Music:W杯のテーマ曲への苛立ちから生まれたベースライン
さて、冒頭で予告したワールドカップの話です。アンディ・コンネルによれば、あの跳ねるベースラインは、1986年メキシコ大会のTV中継のテーマ曲が「聞いたこともないほどひどい代物」だったので、テレビの音量を絞り、画面に合わせて「自分が聴きたい音」を勝手に弾いたのが始まり。本人いわく「密かにウェザー・リポートのジョー・ザヴィヌルになろうとしていた」。ジャズ・フュージョンの遺伝子が、ポップスの姿を借りて紛れ込んでいるのです。ベーシストの端くれとして言わせてもらえば、この曲の推進力の少なくとも半分は、あの軽やかに動き回る低音が作っています。
華やかなホーンセクションは、三人の妥協の産物でした。コリーンはモータウン風を、アンディはマーチングバンド風を主張し、マーティンは「ホーンなんて要らない」。結果は誰の思い描いたものとも違う響きになり、アンディは「誰も予想しなかったものになった。そのほうがよかった」と振り返ります。
そして最後のサビで、キーが一段上がります。実はこの転調、デモにはなく、プロデューサーのポール・ステイヴリー・オダフィーが持ち込んだものでした。アンディは「僕らはスティーヴィー・ワンダーばかり聴いていたから、最後のコーラスで1音上がるのはほとんど義務みたいなものだった」と語っています。前回のNo.070「Livin' on a Prayer」に続いて、奇しくも2回連続の「終盤で転調する1986年の曲」です。行き詰まりを歌詞で描き、突破を転調で鳴らす。80年代のポップスが共有していた、上向きのベクトルの作法と言えるかもしれません。
4. Lessons:「抜け出す」は否定か、創造か
この曲を、二つのものさしで測ってみます。
まずガルトゥング定義。ここには直接的暴力も、国家間の紛争もありません。あるのは、才能や願望が「そのまま」にされている状態、つまり潜在的実現可能性と現実のギャップです。それを固定していたのは、安定した職を捨てるべきではないという通念であり、「デザイナーのままでいれば安泰だ」という周囲の期待でした。ガルトゥングの用語で言えば、可能性の抑圧を「当たり前」と思わせる文化的暴力が、ごく小さなスケールで働いていたことになります。
次に足立定義です。「Breakout(抜け出せ)」という言葉は、一見すると何かからの離脱、つまり否定の動き(消極的平和)に見えます。けれど歌詞をよく見ると、この歌が命じているのは「壊せ」でも「戦え」でもありません。「方法を見つけろ」「言いたいことを言え」。つまり、抑え込まれていた自分の声を、この世界に新しく付け加えろという命令です。悪の除去ではなく、善の創造。足立定義では、これは積極的平和の動きです。「抜け出す」という否定形の語が、中身は徹頭徹尾、肯定でできている。この捻れがこの曲の面白さです。
足立理論の「点と線」で見ると、さらにはっきりします。事故前のコリーンの「点」は、傍目には恵まれていました。自分のレーベルを持つデザイナー、安定した収入。けれど「線」、つまりベクトルは、歌手になるという可能性から少しずつ遠ざかる方向を向いていた。頭蓋骨骨折という極限状態は、その線の向きを彼女に見せてしまったのだと思います。そして彼女は、点の豊かさを捨てて、線の向きを変えた。スクワット暮らしでウォークマンにデモを吹き込む「点」は、どん底に見えて、ベクトルは真上を向いていたのです。
もうひとつ、忘れずに書いておきたいことがあります。この曲が「解放」を歌えたのは、彼女が一人で強かったからではありません。月曜朝の締切に間に合ったのは、仲間の音楽があり、ルームメイトの生活があり、バイク便があり、そして「これはいい」と言った誰かがいたからです。抜け出すことは、いつも少しだけ、他人の手を借りて起こる。No.070でトミーとジーナが教えてくれた「二人なら持ちこたえられる」と、この曲の「一人でも踏み出せ」は、実は同じことの両面なのかもしれません。
5. In sum
生死の境で書き留められた言葉が、史上有数の軽やかなポップスになりました。「Breakout」が教えてくれるのは、自分の可能性と現実のあいだのギャップもまた、放置すれば暴力になるということ、そしてそのギャップは「言いたいことを言う」ことから埋まり始めるということです。あの最後の転調は、線の向きを変えた人にだけ鳴る、祝福のファンファーレです。
この連載「足立力也の【洋楽解説×平和学】」は、あの名曲が今でも愛される理由を、平和学者が本気で読み解くシリーズです。記事に出てくる「構造的暴力」「文化的暴力」「積極的平和」といった言葉の意味や、毎回の記事の読み方は、こちらの固定記事にまとめています。初めての方はぜひこちらからどうぞ。
