【後編】擬似セラミドという答え――「ヒト型じゃなきゃダメ」を、データで問い直す
花王が40年かけて積み上げたセラミド研究の、もう半分…
※ 本記事は後編です。
前編【肌のセラミドは、なぜ減るのか――「横取り酵素」を追う、花王40年の謎解き】で、"なぜセラミドが減るのか"という謎を追っています。
未読でも本記事だけで読めるよう冒頭に要約を置いていますが、前編から読むと「事件」と「解決」が地続きでつながり、何倍も面白く読めます。
▼ 前編はこちら
はじめに(後編から読む方へ)

「セラミドはヒト型じゃないと意味がない…」
スキンケアに詳しい人ほど、どこかで耳にしたことのある言葉だと思います。たしかにヒト型セラミドは優秀な成分です。
けれど「それ以外はニセモノ」「擬似セラミドは効かない」というところまで話が進むと、それは少し言い過ぎかもしれません。
このシリーズの前編では、「そもそも乾燥肌やアトピーの肌で何が起きているのか」という謎を追いました。
手短に振り返ると…
肌のバリアと水分保持を担う主役は、水溶性の保湿成分ではなく脂質、とりわけセラミドであること(1980年代の発見)。
アトピーの肌では、症状のない部分でさえセラミドが減っていること(1991年)。
そしてその真犯人は、セラミドの材料を"間違った場所"で切って不良品に変え、しかも炎症やかゆみまで引き起こす異常酵素だったこと(1990年代後半〜2000年代)。
ここまでが"病気の側"の物語でした。
後編はいよいよ"治す側"の物語――「ならば、どう補えばいいのか」、そして本来の問い「ヒト型じゃなきゃダメ?」への、データによる回答に入っていきます。
第5章 核心①――「自然界にないなら、設計してつくる」擬似セラミドの誕生

なぜ"本物のセラミド"をそのまま使わなかったのか
前編で触れたとおり、花王は「セラミドが水分保持能の回復に最も効く」ことを早い段階で突き止めていました。
ならば、本物のセラミドを化粧品に入れればいい――そう思いますよね。ところが、ここに大きな壁がありました。
天然のセラミドは、自然界にごく微量しか存在せず、抽出も大量生産も難しい。しかも分子の性質上、結晶化(析出)しやすく、肌になじませて浸透させるのが極めて困難でした。
コスト面でも安定性でも、実用には向きませんでした。
これでは、悩んでいる多くの人に届けられません。
そこで花王の鈴木敏幸・芋川玄爾・川俣章のチームが選んだのは、まさに発想の転換でした。
「天然セラミドと同じ立体構造をとれる、まったく新しい分子を、ゼロから分子設計でつくる」
こうして1987年に生まれたのが、スフィンゴ脂質E(Sphingolipid E、SLE)をはじめとする擬似セラミド(pseudo-ceramide/pCer)です。
擬似セラミドの設計思想――"形が同じなら、仕事も同じ"
擬似セラミドの設計は、ただ似せただけのまがい物ではありません。
1993年の総合論文(合成セラミドを主成分とする生体脂質類似皮膚化粧料の開発, 日本化学会誌, 1993)に、その思想が詳しく記されています。

天然セラミドが角層で水を保ち、ラメラ構造(前編を参照)をつくれるのは、分子が「水になじむ部分(アミドや水酸基)」と「油になじむ2本の長い炭素鎖」を併せ持つからです。
花王は、この"機能を担う形"だけを抽出し、合成しやすく安定な骨格で再現しました。
では、具体的に何を手本にしたのでしょうか。
ベンチマークになったのは、角層にもっとも多く存在する代表的なセラミド――セラミドNS(旧称セラミド2)です。
このセラミドが角層で強いラメラ構造を組めるのは、アミド結合と複数の水酸基が規則正しく水素結合を結び、2本の長い炭素鎖をきっちり整列(パッキング)させているからです。花王が再現したかったのは、まさにこの"水素結合で鎖を整列させる仕組み"でした。
ただし、天然セラミドをそっくり真似たわけではありません。
たとえば合成しやすさを優先して分子の一部を作りやすい形に変えるなど、工業的に安定して量産できる骨格へと組み替えています。
そのうえで、アミドや水酸基といった"水になじむ部分"の配置を工夫し、天然のセラミドNSがもつ強固な整列とラメラ構造形成能を、別の分子骨格の上で再現してみせたのです。
つまり擬似セラミドは、特定の天然分子のコピーではなく、「セラミドが角層で果たす仕事=水素結合で鎖を整列させ、ラメラ構造を組む」という機能そのものを設計目標に据えた、独自の分子なのです。

分子式は天然と違っても、肌の上で同じ立体構造・同じラメラ構造を組める――それが擬似セラミドの核心です。
実際、これらの擬似セラミドをアセトン/エーテルやSDSで荒らした乾燥肌に塗ると、低下した水分保持能が回復しました(Water-Retaining Function in the Stratum Corneum and its Recovery Properties by Synthetic Pseudoceramides, IFSCC Archives, 1989)。
構造を真似た分子が、本物の仕事を肩代わりし始めたのです。
決定打――「リノール酸」を組み込んだ擬似アシルセラミド(1994年)
擬似セラミド研究の最高傑作とも言えるのが、1994年に米国の権威ある医学誌に掲載されたこの論文です(Pseudo-acylceramide with linoleic acid produces selective recovery of diminished cutaneous barrier function, Journal of Clinical Investigation, 1994)。
肌のバリアにとって特別に重要なのが、アシルセラミドという特殊なセラミドです。これは長い炭素鎖の先にリノール酸という必須脂肪酸がエステル結合でぶら下がった構造をしていて、ラメラ構造を"リベット(鋲)"のように留め、バリアの要となっています。
必須脂肪酸が欠乏した肌(ラットの実験)では、このアシルセラミドが作れずバリアが壊れます。
花王は、このアシルセラミドを模したリノール酸入りの擬似アシルセラミド(=これまで見てきた擬似セラミドの中でも、特にアシルセラミドを再現した"特別版")を合成し、必須脂肪酸欠乏の皮膚に塗りました。
結果は鮮やかでした。
・リノール酸をエステル結合で持つ擬似アシルセラミドを塗ると、経表皮水分蒸散量(TEWL=肌から逃げる水分量)が用量依存的に大きく減少=バリアが回復した。
・一方、(同じ擬似アシルセラミドの)オレイン酸版や飽和鎖版、さらには"本物の普通のヒト型セラミド"を塗っても、回復効果は乏しかった。
・さらに巧妙なことに、酵素で分解されないエーテル結合のリノール酸版でも同等に効いた。
これは「分解されて何かに変わる」のではなく、リノール酸という構造そのものがバリア修復のスイッチであることを証明しました。
しかも、この擬似アシルセラミドは、必須脂肪酸欠乏で起きる角層の異常な厚み増し(肥厚化)も抑えました。
「正しく設計された擬似セラミドは、本物(のヒト型セラミド)以上に、狙った機能を果たせる」
――この章の主張を、これ以上ないほど力強く裏づけた研究です。
芋川博士は1995年、これら一連の角層脂質・擬似セラミド研究を総説としてまとめ、研究の体系を世に示しました(皮膚角質細胞間脂質の構造と機能, 1995)。
ここで一度、立ち止まって考えてみたいことがあります。
入手困難な天然セラミドに執着しすぎず、より多くの人に届くことを優先し、合成によって現実的なコストに抑え、化粧品への配合によってセラミドを肌へ豊富に届ける環境を整えた――この選択は、称賛に値するのではないでしょうか。
「本物かどうか」だけを競うのではなく、「悩んでいる人の手に、ちゃんと届くかどうか」を見据えた。
花王の擬似セラミドという発想の根っこには、その実用への意志があったのだと思います。
第6章 核心②――「ヒト型じゃなきゃダメ」への、データによる回答

とはいえ、「コストを抑えて届けやすくした」だけなら、それは"安く済ませる工夫"にすぎないという見方もあるでしょう。
本当に大事なのは、そうして届けた擬似セラミドが、肌の上で本物に並ぶ仕事を果たせるのか――そこです。
(なお、ここから先は1994年の特別版に限らず、花王が設計した擬似セラミド全般の話に戻ります。)
では、シリーズ冒頭の問いに正面から戻りましょう。
「擬似セラミドは、しょせん偽物。ヒト型でなければバリアは直らない」
――この主張は、データの前で成り立つでしょうか。
擬似セラミドが、肌"自身"のセラミドを健康な配合に戻した(2020年)
決定的な答えが、2020年の臨床研究にあります(Treatment with Synthetic Pseudoceramide Improves Atopic Skin, Switching the Ceramide Profile to a Healthy Skin Phenotype, Journal of Investigative Dermatology, 2020)。
石田、芋川らは、設計した擬似セラミド(pCer)をアトピー患者の肌に4週間塗布し、肌の変化を精密に追跡しました。
結果は次の通りです。
・アトピーの皮膚症状が有意に改善した。
・TEWL(逃げる水分)が減り、肌の水分量が増えた=バリアと保湿が回復した。
・そして最も驚くべきことに、肌が自分でつくる"内因性セラミド"のプロファイル(種類ごとのバランス)が、健康な肌のパターンへと変化した。
具体的には、健康な肌に多いタイプのセラミド(NH型・NP型)が増え、逆にアトピー肌となり偏っていたタイプが減って、乱れたバランスが整っていったのです。
これは何を意味するか。
外から塗った擬似セラミドは、角層細胞間脂質のすき間を埋めるだけの"詰め物"ではなかったということです。
バリアが整い、肌本来のセラミド代謝が正常化に向かい、肌自身が"本物のセラミド"を健康な配合で作り直す方向へ動き出した。
これは画期的な発見でした。
構造の分子的な同一性ではなく、「ラメラ構造をつくりバリアを立て直す」という機能こそが本質だ――擬似セラミドは、その何よりの証拠を突きつけました。
敏感肌でも、補えば不快感がやわらぐ(2017〜2018年)
同じ流れの研究は、病気ではない"ゆらぎがちな敏感肌"でも確かめられています。
野尻、石田、芋川らは、擬似セラミドを配合したセラミド複合体クリームを敏感肌の女性に4週間使ってもらい、乳酸をつけたときのピリピリ感(刺激への過敏さ)が有意に軽減することを示しました(Amelioration of lactic acid sensations in sensitive skin, Archives of Dermatological Research, 2018)。
このとき、角層のセラミド総量が増え、TEWLが下がり、水分量が上がる――バリアが整うことで、敏感さそのものが和らいだのです。
公平に言えば――「ヒト型か擬似か」より「ちゃんとバリアを直せるか」
誤解のないように補足します。
ヒト型セラミドが優れた成分であることは事実で、否定する必要はまったくありません。
要は二者択一の優劣ではないのです。
ここで花王の研究が示しているのは、「分子が天然と完全に同一でなければバリアは直らない」という前提は、データと合わない、という一点です。
正しく設計された擬似セラミドは、乱れた角層で細胞間脂質のラメラ構造をつくり直し、水分を抱え、バリアを修復し、さらには肌自身のセラミド生成まで正常化に導くのです。
ここで、ひとつのたとえを置かせてください。
「ヒト型じゃなきゃ意味がない」という考え方の裏には、しばしば"鍵と鍵穴"や"パズルのピース"のようなイメージがあります。
肌のセラミドと寸分たがわず同じ分子でなければ、ぴたりとハマらず、役に立たない――という発想です。
けれど、ここまで見てきたデータは、そうではないと告げています。
擬似セラミドは、分子式こそ厳密には天然と違っても、肌の上で同じラメラ構造を組み、水を抱え、バリアを立て直し、そればかりか肌自身のセラミドづくりまで正常化へ向かわせました。
分子が"完全に同じ"でなくても、果たすべき仕事は果たせる。
つまり、バリアという壁は、たった一種類の"純正部品"でしか組めない精密機械ではなく、形と性質さえ条件を満たせば、設計された部品でもしっかり組み上がる構造体なのです。
そう考えると、「ヒト型でなければハマらない、だから効かない」という言い切りが、いかに窮屈で、事実とずれているかが見えてきます。
本当に問うべきは「ヒト型かどうか」ではなく、「その処方が、実際に角層バリアを修復できるという証拠を持っているか」なのです。
第7章 2008年〜――セラミドを"数える"時代へ(セラミドミクス)

「セラミドが大事」「減ると荒れる」とわかってきても、長らく一つの壁がありました。セラミドは一種類ではなく、何十種類もあるのです。
骨格(スフィンゴシン=S、ファイトスフィンゴシン=P、6-ヒドロキシスフィンゴシン=Hなど)と、結合する脂肪酸(非水酸化=N、α水酸化=A、リノール酸を持つアシル型=EOなど)の組み合わせで、セラミドNS、セラミドNP、セラミドNH、セラミドEOS……と分類されます。
(かつてセラミドは「セラミド1、2、3…」と数字の通し番号で呼ばれていました。それが、構造の規則性に着目して命名法が改訂され、いまの「NS」「NP」のようなアルファベット表記へと整理し直されたのです。記号の一文字一文字が骨格と脂肪酸の種類を表すので、名前を見ただけで構造がわかる、合理的な仕組みになっています。)
これを丸ごと測れなければ、本当の意味で肌を理解したことにはなりません。
同じようにバリア機能が低下した角層でも、どのセラミドが足りず、どのセラミドが過剰になっているのかは、一人ひとり違うのです。
全種類のセラミドを一網打尽にする分析法(2008〜2009年)
花王の増川(ますかわ)博士らは、液体クロマトグラフィー質量分析(NPLC-ESI-MS)を駆使し、ヒト角層に含まれるセラミドの全種類を網羅的に同定・定量する画期的な手法を確立しました(Characterization of overall ceramide species, 2008/Comprehensive quantification of ceramide species, 2009, ともにJournal of Lipid Research)。
驚くべきは、その繊細さです。
わずか5mm×10mmの小さなテープ1枚で剥がした角層から、182種ものイオンを一度に測定し、全体像を描き出す。
肌にほとんど負担をかけずに「セラミドの全身像」を撮影できるようになったのです。
これにより研究は「セラミドが多い/少ない」から、「どの種類がどう変化したか」という解像度へと一気に進化しました。
(なお、北海道大学のグループは2020年に、ヒトとマウスの角層セラミドをLC/MS/MSで比較し、ヒトではファイトスフィンゴシン型・6-ヒドロキシ型が豊富である一方、マウスではほとんど存在しないことを報告しています〔Kawana et al., 2020〕。花王以外の研究ですが、セラミドの種類構成が生き物や肌状態でいかに違うか、ひいてはヒトのセラミドがいかに特殊かを示す、背景知識として重要な知見です。)
"種類のバランス"が、肌の状態を映す鏡になる(2010〜2022年)

網羅分析という強力な道具を手にした花王は、セラミドの"プロファイル(種類ごとの配合)"を、肌状態を読み解く指標へと育てていきます。
・2010年:石川らが、アトピー患者では特定のセラミド種が変化し、炭素鎖が短くなる(=バリアに不利な方向へ傾く)ことを報告(Changes in the Ceramide Profile of Atopic Dermatitis Patients, JID, 2010)。
・2014年:杉浦、芋川らが、アトピーの"症状のない乾燥肌"をあえてテープで急性に荒らし、バリアの回復が健常者より遅く、セラミドを生み出す処理過程に不具合があることを示しました(Reevaluation of the non-lesional dry skin in atopic dermatitis, Archives of Dermatological Research, 2014)。
・2020年:横瀬、石川らが、セラミドNPとセラミドNSの比率(NP/NS比)が、病気の肌だけでなく健康な肌の状態や表皮の成熟度まで映す新しい指標になることを発見(The ceramide [NP]/[NS] ratio in the stratum corneum, BMC Dermatology, 2020)。
・2022年:庄、酒井、高木、波多野らが、角層のセラミドプロファイルが、アトピーの"寛解(落ち着いている状態)"と"再燃(ぶり返し)の予兆"を見分ける信頼できる指標になることを示しました(Stratum Corneum Ceramide Profiles Provide Reliable Indicators of Remission and Potential Flares in Atopic Dermatitis, 2022)。
肌を傷つけずに、再発の兆しを先回りして読める可能性です。
さらに花王は、バリア機能が低下傾向の敏感肌が、アトピー肌とよく似たセラミドプロファイルを示すことを発表しています。
「敏感肌」と「アトピー」が、地続きの現象として科学的に結ばれつつあるのです。
第8章 届かなければ意味がない――製剤という"最後の関門"

優れた擬似セラミドを設計できても、それが角層の奥までしっかり届かなければ、効果は発揮されません。
第5章で触れたとおり、セラミド系の分子は結晶化(析出)しやすく、高濃度で肌に浸透させるのは至難の業でした。
セラミドを肌に「届ける」には、大きく2つの道があります。
ひとつは、油になじみやすいセラミドの性質を活かし、クリームや乳液といった油分の多い製剤に溶かし込む道。
セラミドにとっては相性のよい"住みか"ですが、今度は肌の表面に塗った油膜から、角層の内側へどう移し入れるか――そこに工夫が要ります。
もうひとつは、本来セラミドが溶けにくいはずの、水を主体とした化粧水や美容液に配合する道。
一見"無理筋"に見えますが、角層の「細胞間脂質」(前編を参照)は、脂質の層と水の層が交互に重なり合うラメラ構造をつくっています。つまり、脂質の壁でありながら、同時に豊かな水も蓄えている場所なのです。
だからこそ、いったん水とともに角層へ送り届けてしまえば、なじんで浸透しやすいという利点があります。
問題は、水に溶けにくいセラミドを、水系の化粧品の中にどうやって意味のある量だけ安定して抱え込ませるか、という点です。
この難題をクリアするために各社が競って磨いてきたのが、「ナノ化・ナノ分散」技術です(※これについては第9章で後述します)。
では花王はまずどうしたか。
次に紹介するのは、油になじむ性質を活かしつつ、セラミド最大の難点である"結晶化"そのものを抑え込む、もう一段ふみ込んだ製剤の工夫です。
花王の溝口らは、液晶化という製剤技術でこの壁に挑みました(角層高浸透を実現する擬似セラミド液晶化製剤の開発, Journal of the Society of Cosmetic Chemists of Japan, 2019)。
コレステロール由来の特殊な脂質(コレステリルアルケニルサクシネート、CHAS)という素材に着目し、擬似セラミドを液晶状態で安定に抱え込ませることで、結晶化を防ぎながら高濃度で角層深部まで浸透させることに成功したのです。
「良い成分を、ちゃんと届く形にする」――この地道な製剤研究が、研究室の発見を実際に効く製品へと橋渡ししています。
そして2021年、對間(たいま)秀利による教育セミナー総説(セラミドに着目した敏感肌のスキンケア, 日本香粧品学会誌, 2021)が、ここまでの知見を「敏感肌ケア」という実用の視点で美しく束ねています。
敏感肌を「乾燥型」「脂性型」「過敏型」に整理し、バリアが弱く皮脂も少ない乾燥型敏感肌にこそ、セラミドケアが理にかなうことを説いています。
第9章 ただし――「セラミド」という言葉が、市場でひとり歩きしている

ここまで読んで、「では擬似セラミドと書いてあれば安心なのか」と思った方に、公平のために、もう一段だけ踏み込んでおきます。
答えは「いいえ」です。
むしろここからが、毎日SNSで美容情報に触れている人にこそ、知っておいてほしい話です。
花王の擬似セラミドは、なぜ"特別"なのか
この記事で見てきた花王の擬似セラミドが特別なのは、ただ"天然に似せた"からではありません。
同じ立体構造・同じラメラ構造を組めるよう分子を設計し、それを安定に量産できる独自の合成法を編み出し、そのうえで「本当にバリアを直せるのか」を、必須脂肪酸欠乏ラットからアトピー患者の臨床まで、何十本もの論文で検証し続けてきた――この「設計・合成・エビデンス」の三拍子がそろっている点に、他にない凄みがあります。
ところが市場には今、「擬似セラミド」「セラミド類縁体」と名乗る原料が、数多く出回るようになりました。
中には、構造が似ているというだけで、バリアを直せるという検証をほとんど経ていないものも少なくありません。
名前が似ているせいで、それらと花王が半世紀かけて積み上げた擬似セラミドが、消費者からは同じものに見えてしまうのです。
ここから、見極めのヒントをいくつか挙げていきます。
ヒント① "水系×ヒト型セラミド"には、ひと呼吸おく
SNSで人気の、ヒト型セラミドを配合した化粧水や美容液。ここに一つ、立ち止まる視点があります。
セラミドは、油になじむ性質の強い脂質です。水を主体とする化粧水や美容液に、ただ混ぜれば均一に溶ける――という素直な成分ではありません。
水系の製剤にセラミドを意味のある量で、しかも安定に抱えさせ、角層へ届く形にするには、相応の分散技術(ナノ化技術)が要ります。
第8章で触れた「もう一方の道」、水系への配合がこれにあたります。
実際、ポーラ、コーセー、富士フイルムをはじめとする大手は、独自のナノ分散・ナノ化技術を長年かけて開発し、この難題に取り組んできました。
花王自身も、液晶化に加え水系へのナノ分散技術を持っています。
もちろん、ここに挙げた以外にも、高度な技術で水系へのセラミド配合を実現している会社・製品はあります。

裏を返せば、そうした裏付けとなる技術を持たないまま「ヒト型セラミド配合」と掲げる製品も、市場には混在している、ということです。
適した分散剤で安定に分散されていない、あるいは配合量がごく微量で表示のためだけに入っているように見えるもの――そうした製品では、成分表に「セラミド」の名があっても、それが角層で本来の仕事をするとは限りません。
セラミドを水系で扱うための「ナノ分散技術」のいくつかの例について、知人の化粧品開発者であるみついだいすけさんが運営するコラムに寄稿し、詳しく解説しています。
仕組みから知りたい方は、有料記事になりますがこちらもどうぞ。
ヒント② "プチプラなのに高配合"には、ひと呼吸おく
ヒト型セラミドは、本来とても高価な原料です。
だとすれば、ごく安価な価格帯の製品で、それを「ふんだんに配合」できているとしたら――どこかに無理がないか、と一度立ち止まる余地があります。
もちろん価格だけで中身は断じられませんし、企業努力で良質な製品を手頃に届ける例もあります。
ただ、「高価な成分が、なぜこの価格で大量に入れられるのか」という素朴な問いは、惑わされないための健全なものさしになります。
関連して、「○○%配合」という数字の見方についても、知っておくとよいことがあります。
ヒト型セラミドは、扱いやすくするために、実は溶剤や水でかなり薄めた液状の原料として流通していることがあります。
その場合、「セラミド○○%配合」と書かれていても、それは"薄められた原料"を○○%入れたという意味で、セラミド分子そのものの正味量は、数字の印象ほど多くないこともあります。
もちろん製品によって配合の考え方はさまざまですが、数字の大きさがそのまま中身の濃さを意味するとは限らない――その程度に捉えておくと、表示に振り回されにくくなります。
ヒント③ "セラミド"という名前の幅広さに、ひと呼吸おく
いま「セラミド」と名のつくものは、非常に幅広くなっています。ヒト型に近いものから、植物由来、構造が一部似ているだけの「セラミド類似物質」まで、性質も裏付けもまるで違うものが、同じ「セラミド」の看板の下に並んでいます。
たとえば、肌の表面にセラミドの細胞間脂質に似たラメラ構造を"セカンドスキン(第二の肌)"のようにつくる、とうたう成分も登場しています。
発想として面白いものもありますし、それも保湿の一つのかたちではありますが、それが本当に角層のバリア機能自体を修復していると確認できているかは、製品ごと・成分ごとに見ていく必要があります。
「セラミドのようなラメラ構造をつくる」という言葉自体が、いまや検証の有無を問わず使われすぎているのです。
結局、問うべきは「名前」ではなく「根拠」
念のため言えば、これは特定のブランドや成分を悪者にする話ではありません。植物由来セラミドにも、セラミド類似物質にも、それぞれ意味のある使われ方があります。
問題は、本当に角層バリアを支えると確認できていないものまでが、同じ「セラミド」の名で流通し、SNSでは等しく称賛されていることです。
その結果、半世紀かけて設計・合成・臨床エビデンスを積み上げてきた"検証された本物"と、似ていると言い切っているだけのものとの区別が、消費者にはほとんどつかなくなっています。
皮肉なことに、「セラミド」という言葉が広まるほど、本当に検証された一握りの値打ちが、かえって見えにくくなっているのです。
だからこそ、SNSで「セラミド配合」の四文字を見かけたとき、そして自分の肌に何かを選ぶとき、問いはいつも同じです。
「この成分は、肌のバリアを本当に直せるという根拠を、持っているだろうか」。
最終章 あなたの化粧品棚との接点――研究が"製品"に結実するということ

ここまでの40年の研究は、決して論文の中だけの話ではありません。あなたが化粧品売り場で手に取れる製品に、まっすぐつながっています。
その接点は、意外なほど身近なところにあります。たとえば敏感肌向けとして売られている保湿アイテムの成分表に、
医薬部外品
『ヘキサデシロキシPGヒドロキシエチルヘキサデカナミド』
化粧品
『セチルPGヒドロキシエチルパルミタミド』
といった、見慣れない長い名前を見かけることがあります。
実はこれこそ、この記事でたどってきた花王の擬似セラミドの表示名称です。
1987年のスフィンゴ脂質Eに始まり、1994年に必須脂肪酸欠乏ラットでバリア修復を証明し、2020年にアトピー肌のセラミドプロファイルを健康側へ戻すことを示した――その40年の研究の系譜が、いまや市販品の成分表の一行となって、毎日のスキンケアとして手のひらに収まっているのです。
ここで強調したいのは、「だからこの成分が入った製品を選びましょう」ということではありません。
私が見てほしいのは、その一歩手前――研究室の発見が、論文を積み重ね、製剤技術を経て、市販品の成分表の一行にまで届いている、その"つながりの確かさ"のほうです。
「ヒト型セラミドが入っていないから効かないのでは」と不安に思っていた人には、ぜひこの背景を知ってほしいと思います。
花王の擬似セラミドは、"似せただけ"ではなく、半世紀の角層科学に裏打ちされた、機能を果たすために設計された分子です。
そして同じことが言えるかどうかを、ほかのどんな成分・製品に対しても問えるようになること――それが、この記事のいちばんの狙いです。
おわりに――40年の系譜が、私たちに教えてくれること

最後に、この長い旅を振り返りましょう。花王のセラミド研究は、きれいに一本の物語としてつながっています。
1980年代、「肌の水分とバリアを担うのは脂質だ」と発見した。
1991年、アトピー肌でセラミドが――それも症状の出ていない部分でさえ――減っていることを突き止めた。
1990年代後半から2000年代、その犯人が「材料を横取りして不良品に変える異常酵素」であり、その副産物が炎症まで起こすことを解明した。
並行して、「自然界にない分子を設計してつくる」という発想で擬似セラミドを生み出し、1994年にはバリア修復を、2020年には肌自身のセラミド代謝の正常化までを証明した。
2008年以降は、セラミドを丸ごと測る技術で、肌状態を読み解く"鏡"を手に入れた。
そして液晶製剤などで「届ける」を実現し、市販のスキンケアとして人々の手に渡った。
この物語が教えてくれるのは、「ヒト型か、擬似か」という二項対立は、本質を外しているということです。
大切なのは、肌の上でラメラ構造をつくり、水を抱え、バリアを立て直し、肌本来の力を取り戻させられるか。
そのために最も賢い設計を、データで検証しながら積み上げてきたのが、花王のセラミド研究でした。
次にスキンケアを選ぶとき、成分表の言葉に振り回される前に、ほんの少しだけ、その成分が肌のバリアを支える根拠を持っているかに、目を向けてみてください。
――この問いひとつを携えて帰ってもらえたら、それが、40年分の科学があなたに手渡してくれる、いちばん確かな"美容感度"なのだと思います。
※本記事は、公開されている花王関連のセラミド研究論文を発表年順にたどり、筆者が一般読者向けに再構成・解説したものです。一個人が調べた内容のため、重要な研究を網羅できていない、解釈のニュアンスに誤りがある、あるいは今後(他者の研究を含め)本記事の見解を更新しうる新たな知見が現れる可能性があります。あらかじめご了承ください。なお図表は引用元の体裁をそのまま転載せず、内容理解を助ける範囲での記述にとどめています。
前編に続き、後編もできるだけ専門的になりすぎないよう「流れ」と「歴史」で追えるように書きました。難しいところがあれば、お気軽に質問してください。
読み終えたとき、「セラミドって、こういうものなんだよ」と自分の言葉で語れるようになっていたら、それがこの2部作の目的です。
主要参考文献(後編・発表年順)
Water-Retaining Function in the Stratum Corneum and its Recovery Properties by Synthetic Pseudoceramides. IFSCC Archives. 1989.
鈴木敏幸・芋川玄爾・川俣章. 合成セラミドを主成分とする生体脂質類似皮膚化粧料の開発. 日本化学会誌. 1993.
Imokawa G, Yada Y, et al. Pseudo-acylceramide with linoleic acid produces selective recovery of diminished cutaneous barrier function in essential fatty acid–deficient rats. J Clin Invest. 1994.
芋川玄爾. 皮膚角質細胞間脂質の構造と機能. 1995.
Masukawa Y, et al. Characterization of overall ceramide species in human stratum corneum. J Lipid Res. 2008.
Masukawa Y, et al. Comprehensive quantification of ceramide species in human stratum corneum. J Lipid Res. 2009.
Ishikawa J, et al. Changes in the Ceramide Profile of Atopic Dermatitis Patients. J Invest Dermatol. 2010.
Sugiura A, Imokawa G, et al. Reevaluation of the non-lesional dry skin in atopic dermatitis by acute barrier disruption. Arch Dermatol Res. 2014.
Nojiri H, Ishida K, Yao X, Liu W, Imokawa G. Amelioration of lactic acid sensations in sensitive skin by stimulating the barrier function and improving the ceramide profile. Arch Dermatol Res. 2018.
溝口ら. 角層高浸透を実現する擬似セラミド液晶化製剤の開発. 日本香粧品学会誌. 2019.
Ishida K, Imokawa G, et al. Treatment with Synthetic Pseudoceramide Improves Atopic Skin, Switching the Ceramide Profile to a Healthy Skin Phenotype. J Invest Dermatol. 2020.
Yokose U, Ishikawa J, et al. The ceramide [NP]/[NS] ratio in the stratum corneum is a potential marker for skin properties and epidermal differentiation. BMC Dermatology. 2020.
對間秀利. セラミドに着目した敏感肌のスキンケア. 日本香粧品学会誌. 2021.
Sho Y, Sakai T, Takagi Y, et al. Stratum Corneum Ceramide Profiles Provide Reliable Indicators of Remission and Potential Flares in Atopic Dermatitis. 2022.
参考(花王以外):Kawana M, Miyamoto M, Ohno Y, Kihara A. Comparative profiling and comprehensive quantification of stratum corneum ceramides in humans and mice by LC/MS/MS. J Lipid Res. 2020.(北海道大学)
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