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ドラえもんと心理学1 はじめに
はじめに
このエッセイは分析心理学的視点によってはいるものの、まったく学問的な試みではありません。ある作家によって生みだされた作品、このばあいは『ドラえもん』という未完の大作ですが、それと相対したときの人間の心理ないしは心的変化を慎重に考察するということが、本稿におけるわたしの関心事です。
けれどもそれらは、いうまでもなく千千の語につきる現実であり現象です。
『ドラえもん』はすごくおもしろい、神がかった、名作である。
しかし、そんな一個の典型的作品に対してさえ、読者全体に演繹できるなんらかの理論を作出することなど不可能ですし、かりにそれができて多く支持されることがあっても、そんな発想は個々の人間の心を軽視したものにほかなりません。
そういう意味では、あまたに創作された精神病名に到達するためだけの――たとえば内分泌系統の障害を重視し、個々人の人生をまったく無視するような――精神療法が、ときとしていかにナンセンスなのか、という問題にもよく似ています。
名作に対する精緻な分析は、ともすると傲慢なドグマに陥ります。
ですから、わたしの本稿での姿勢は、あくまで「……のように思われる」であると考えてほしいのです。
わたしは断定しません。
これはわたし自身の経験と、現に見てきたこと、いまも見ていることから得られた、いくつかの個人的見解を表明したものにすぎないのです。
(『考察のむずかしさ』につづく)
