年賀状だけがつないだ、40年越しの初恋〜第一章(/全三章)
木枯らしがふきはじめた 1986年の年の暮れ。穏やかな小春日和の 日曜の朝。 大学2年生の Tシャツにジーンズの さとるは、 駅の 改札を出た。東京駅で乗り換え 電車に揺られながら、 胸の奥が 高鳴っていた。
秋の学園祭の時に、知り合いの後輩から 「一応、2枚渡しておきますね」 と合唱コンサートの ペアチケットを たまたま譲ってもらった。 その時から、初めて好きになった クラスの理沙を、 勇気を出して 誘えたらいいなと 思った。
彼は 今まで、 誰とも付き合ったことがなく 初めてのことだった。
だから、 彼は大学の宿題に関する「理由」を 無理やりにつけて、
初めて 彼女の家に 電話した。
ダメもとで 話の流れを無理にこじつけ、 チケットのことに話を持って行った。
そして、「どう?行ってみる?」と、
断られるのを承知で 彼女を誘った。
彼は ありふれた外見の持ち主で、特に自信はなかった。
女の子と話をするのも、 得意ではなかった。
真面目な彼は、 出席率の低い大学の講義に 馬鹿正直に 毎日出ていた。
同じように 毎日 馬鹿正直に同じ授業に出て、 いつも彼の少し前の列の席にいたのが、白のシャツとピンクのスカートの 理佐だった。
さとるには、理佐の 後ろ姿が いつも目に入った。
そして、その上品で清楚な雰囲気を、 知らないうちに 好きになっていた。
クラスの同じ委員になるという偶然もあったが、
おとなしい彼女はいつも女の子グループにいた。
また彼も、いつも 平凡な取り柄のない男3人組の一人だった。
そのような中で、彼が彼女に突然電話をすると言うのは、まさに、「強行突破」以外の何物でもなかった。
でも、「どう、行ってみる?」 という突然の誘いに、
理佐は 「うん、行く」 と、 意外なオーケーを してくれた。
白い息を吐きながら 改札を出ると すぐに目に入ったのは、可愛らしいピンクのワンピース。 髪を丁寧にまとめた 理佐の後ろ姿だった。

時間が止まったように感じた。彼は 現実から 夢の中に引き込まれた。
彼女は 来てくれた。うれしかった。
たわいもない話をし、 コンサート会場へと向かった。
彼女は 恥ずかしそうで、 控えめな やや緊張した顔をしていた。
コンサートの内容は 実は ほとんど覚えていない。
覚えているのは、 少し緊張気味に 恥ずかしそうな 理佐の横顔と 透明な声。
彼女は、誰か知っている人がいないか 周りをちょっと気にしていた。
それは、 皆に知られてはいけない 二人だけの秘密 だった。
夕暮れの中、二人で歩く 帰り道、 理佐の冷たい手に 時々微かに触れる さとるの手は暖かかった。
そして 駅の明るい光と少しの喧騒が広がってきた。
別れ際 「じゃあ、また」 と 彼女のほのかな笑顔。
潮風の寒さは 高揚した心によって いつしか打ち消されていた。
幻の国で過ごした1日は終わり、 翌朝 目が覚めた。
そこは自室の布団の上、窓からいつもの朝日がさしていた。
つけたFMラジオから流れてきた 渡辺美里の曲の清楚な透明感に 昨日のわずかな余韻を感じた。
慌ただしく大学に行く支度をし、 いつものように電車に乗り、 いつもの教室のいつもの席に座った。
彼の2列前の いつもの定位置には、白のシャツとピンクのスカートの理佐が、いつものように、黒板の文字をノートに丁寧に写していた。
それは 人生で 最初で最後の 夢の1日 の翌日の、 ありふれた現世界だった。
その日は 教室で、理佐は いつものように 女友達グループと話をしていた。
さとるも いつもの冴えない3人組と、 馬鹿話を 休み時間にしていた。
教室で 二人の視線が 交差することは なかった。
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