年賀状だけがつないだ、40年越しの初恋〜最終章
〜 葡萄の記憶 〜 理佐の視点

1986年、私が好きだった渡辺美里のMy Revolutionが出た年。
師走のよく晴れた、日曜日の朝のことは 今でもよく覚えている。
恥ずかしかったけど、ピンクのワンピースは、少しだけがんばって選んだ。
さとるくんが 私を誘ってくれたのは、ほんとうに突然だった。
お母さんから、「さとるくんから電話よ」と聞いて、「え?」って、びっくりしたことを覚えている。
彼は、明るくて、ちょっと可愛い感じの人だった。
典型的なスポーツマンでないけど、いろんなスポーツを上手にこなす人。
私は、スポーツはあまり得意でないから、すごいな と思ってた。
昼休みには 教室になぜか転がっていた ギターで悲しい歌を弾いたり、ちょっと情緒的なところ 神秘的な感じが好きだった。
そんな彼が、電話をくれた。
驚いたけど、勇気を出してくれたんだと思うと 嬉しかった。
さとるくんが 私のこと好きだということ 実は クラスの女の子からちょっと聞いて知っていた。
恥ずかしかったけど、嬉しくもあった。 ちゃんと向き合いたいと思った。
それに、合唱コンサートって、さとるくんは音楽関係のサークルやってたよね。
それに興味があったから、「行ってみたいな」って、自然に思えた。
私は、デートそれまであまりしたことがなくて、嬉しかった。
覚えているのは、さとるくんのちょっとぎこちない横顔と、頑張って話しかけてたこと。初めての恋をする中学生みたいだった。
でも、デートの後も、教室では何もなかったかのようにしていた。あれも、二人だけの秘密みたいで、ちょっと楽しかった。
でも、だんだんと、私たちは忙しくなった。
進路のことも2人でいろいろ話したね。
私は、さとるくんが先に内定をとっていた会社を勧められて、受けて受かったんだよね。結局、私はそこにそのまま就職した。
さとるくんは、学業を続けたいと、結局、大学院への進学した。
あの時、さとるくんと私が同じ会社に行ってたら、未来は変わってたかもしれない。
本当は、一緒に就職してほしいって 少し思っていたんだ。言わなかったけど。
そして――あの夏の終わり、あなたからの手紙が届いた。もう連絡も途切れがちで、わかってはいた。
葡萄のイラストにこめた私の気持ち、伝わったのかな。
あの葉書を選んだのは、秋の終わりだったからというだけじゃないよ。
葡萄って、ひと房にたくさんの実がついてるでしょう?
あの粒一つ一つが、さとるくんと過ごした時間、初めてのデート、電話で笑ったこと、公園で話した未来の夢。全部が小さな実みたいに大切なこと。
でも、私たちはまだ「実る」には若すぎたんだと思う。
収穫の時期を待てなかった、っていうか。
あの時、気持ちをストレートに伝えるのは恥ずかしかった。
でも、諦めなきゃいけない現実もあったから、「今までありがとう」という短い言葉に、その思いを込めた。いつか、この小さな実を、遠くからでも見守っていきたいって思ってたんだ。
さとるくんが電話してきた時 実は お母さんに、さとるくんはどうなの?って、言われてたんだよ。あの頃はさ、男子はいいけど、女の子は「クリスマスケーキ」に例えられて、24までに売れないと、25じゃ、価値ないって、正直言って、少し焦っていた。
卒業して、結婚を考えたら、現実は目の前だった。でも、私たちのお付き合いは、停滞してて、正直、難しいかなと思ってた。さとるくんが、勉学で悩んでて、頭がいっぱいなのは知っていたから。
あなたが、私を好きになって、誘ってくれたのはうれしかったんだ。
だって私の周りには、結構カッコいいけど私を友達としか見ない男子とか、
気があるのはわかったけどなんか頼りない人しかいなかったから。
それから、私は結婚して、子どもが生まれて、仕事を持った。
さとるくんも、その後に、結婚して、家庭を持った。
お互い、それは知っていた。だって、別れても、ずっと年賀状を続けてたから…。
さとるくんが結婚を知らせる年賀状をくれた時も、おめでとうって送ったよね。私は、それも嬉しかったんだ。
今だって、さとるくんのお子さんたちがどうなったのか、年賀状で読むのが楽しい。だから、私も自分の子供のこと、いっぱい書くの。
あの時、別れたというより、恋人未満だったと思う。そもそも明確に別れたという感じじゃない。喧嘩もしなかったよね。それだから、年賀状という形で、続けられたのかもしれない。
〜 街角で 過日に 〜
15年前のある日、 彼が街のキッズイベントに子供を連れて行ったとき、 偶然 2人は「再会」した。でも、あれが、最初で 最後になるとはその時は 思わなかったけど。
理佐は、子供を連れて、そのイベントに来ていた。
最初に気づいたのは、理佐の方だった。
どうしてもこの機会を逃したくなかった。だから、すぐに理佐から声をかけた。

理佐:「……さとるくん?」
その声に振り向いたさとるは、一瞬、息を呑んだ。
目の前の女性は、記憶よりほんの少し、目尻にわずかなシワが刻まれていたが、あの頃とほとんど変わらない、上品で清楚な、優しい笑顔をたたえていた。
さとる:「あ、理佐・・・ あれ、どうして、そこにいるの・・・」
理佐は、彼の変わらない優しい顔と、少し増えた白髪を見て、年賀状で知っていたはずの「さとるくん」が目の前にいる現実に、懐かしさと、少しだけ、胸がしめつけられるのを感じた。
小学生のさとるの子どもは兄弟で、人目を気にせずはしゃいで走り回っていた。 「パパ!何してるの!早く行こうよ!」、さとるの面影のある顔で、さとるのTシャツの裾を引っ張っていた。
一方、理佐の男の子は、母親の手をしっかりと握り、好奇心と警戒が混じった目で二人の大人を見ていた。その立ち姿は、理佐の清楚で控えめな性格をそのまま受け継いだように見えた。
理佐:「私も…ちょっとイベントに来てるんだ。もう、こんなに大きくなったのね、お子さんたち。」 さとる:「理佐こそ。大人しい、しっかりした子だね。」
それだけの会話だったが、お互いの人生の歩みを確かめた気がした。
実は、そのイベントは、理佐が予備校で習った恩師が開いた、子供向けイベントだった。
さとるも、かつてのデートの時に聞いたそのことを覚えていた。だから、少し懐かしくなり、参加を申し込んだのだ。
それは偶然でなく、あの頃の記憶が 二人を引き寄せた必然だったかもしれない。
ちょっとした 映画のワンシーンに 入り込んだようだった。
昔の記憶が一瞬だけ 現実に繋がる瞬間。
それは 一瞬の タイムマシンに乗ったようだった。
また あれから 15年が経ち、2026年を迎えた。
小学生だった二人の子供たちは、もう成人になり、さとると理佐が出会った歳、すなわち大学生となった。あの「再会」以来、 また その前も もちろん ふたりは会うことはない。
40年の時間の中で 二人の人生が再び交差したのは あの瞬間だけ。
それは、 家族にも友人にも話すことのない、 もう一つの二人の小さな秘密だった。
〜 エピローグ 〜
ラジオが 2044年の幕開けを、伝えていた。
新春特集で1980年代のヒット曲が流れていた。
私にとっては、ついこの前に流行っていた曲。でも若い人達には、昔の曲に聞こえるのだろうな と思った。
あれから もう そんなに経ったんだ、 と理佐は思った。
もう、70歳を超え、さすがに この時代でも、歳と衰えは隠せない。
すでに仕事も引退し、子供たちは独立して孫も生まれ、一昨年には夫も他界した。彼女は 住み慣れた家で、 毎日 静かに読書をして過ごしていた。
けれど、今年の元旦は いつもと一つだけ、違っていた。
それは、ポストの中に 彼から届くべき年賀状が なかった。
何十年も続いていた、あの変わらない文字の葉書。
そこにだけ宿っていた 小さな記憶。
ポストを 何度見ても、 彼の名前は なかった。
数日後、大学の旧友から、
さとるが 去年の暮れに亡くなったらしいことを 聞いた。
涙は出なかった。
けれど 心の中で 彼にだけは言いたかったことがあった。
それは
あなたと出会えて よかったこと。
あの時 私もちゃんと好きだったこと。
自宅の引き出しの中、 彼からの年賀状の束をそっと撫でた。
目を閉じると、あの初めてデートした日が、ふと蘇る。
白い息、ピンクのワンピース、そして、
夢のように過ぎた、あの日の一日。
今はもう、確かめる相手はいない。
けれど、心の中で、ちゃんと伝えた気がした。
そして彼女は 静かに 来年の年賀状のリストから、
葡萄色で描かれた 彼の宛名を、そっと外した。

(最後までお読みくださり、ありがとうございました。 もしあなたの心の大切な記憶と、ほんの少しでも共鳴する部分があったなら、左下のハートをそっと押していただけると幸いです。)
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