私が催眠スクリプトを書く理由~見たことがない世界へとつながる”光の架け橋”~
【催眠スクリプト解説シリーズ】
前回は「催眠スクリプトってなんだろう?~あなたの人生が物語によって照らされるとき」を書きました。
今回は「私が催眠スクリプトを書く理由」について書いてみたいと思います。
心の傷の癒しの道のり
私たちの人生には、心の奥底に流れている「テーマ」があります。
共通するものもあれば、それぞれに与えられた固有のテーマも存在しています。
私たちは、人生という舞台の中でそのテーマを演じながら、自分という役を生きているのかもしれません。
あなたの心の奥には、どんな人生のテーマが流れていますか?
・・・・・
私の人生のテーマ、それは「心の傷の癒し」です。
人は生きているかぎり、傷つくもの。でも、傷つきやすい人ほど「大丈夫」と言うことで、自分を守ってしまいます。
このような状態が長引くと、次第に自分らしさを失っていくのです。
私の心の傷の根底には「孤独」がいつもありました。
それは「誰も助けてくれない」という不安と緊張から生まれ、気づかぬうちに、私の生きる力をじわじわと奪っていったのです。
人は、共感されなければ、生きることさえ苦しくなってしまいます。
特に幼い頃、大人の理解がなければ、子どもは生きることそのものに恐怖を抱えてしまいます。
私の傷は「不満」という形で何度も顔を出しました。
世の中に認められたい。何者かにならなければ。
そんな想いに突き動かされる一方で、心のどこかでずっと息苦しかった
のです。
その「息苦しさ」が本当の感情を押し込め、抑圧された感情は、やがて心や体にまで影響を及ぼすようになります。
怒りや不安で眠れない夜を迎え、「なんとかしなきゃ」ともがきながらも、気づけばまた同じ朝がやってくる。
「やめたくてもやめられない」そう自分を責めながら、同じ場所をぐるぐると回ってしまう。
やがて、まるで時間が止まったかのように、心も体も動かなくなってしまったのです。
”癒しは自分の内側にある”ーこの気づきが私にもたらしたもの
この苦しさから抜け出したくて、私は数えきれないほどのセラピーを受けました。
傷の癒しとはマイナスの状態からゼロへと立ち戻ること。
そして、ゼロからさらにプラスへと羽ばたくために、世の中には様々な
セラピーが用意されています。
セッションの後には一時的に軽さを感じることもありました。
でも、しばらく経つとまた同じ場所に戻ってしまう。
「やっぱり、何かが違う」そう心の奥で、ずっと叫んでいました。
そんな日々のなかで、あるときふと気づいたんです。
「もしかすると、本当の癒しは“外側”ではなく、“自分の内側”にあるのかも
しれない」と。
どんなセラピーも、自分の内側が変わろうとしなければ、本物の癒しにはならない。
そう思い始めた頃、私は「催眠スクリプト」に出会いました。
それは、苦しみをなんとかしようと必死だった私にとって、無理なく、そして自然に変わっていける方法だったんです。

催眠スクリプトとの出会い
私が出会った「催眠スクリプト」とは、催眠療法家・ミルトン・エリクソンが使っていた「物語を聞くだけで無意識が働き治療ができる催眠」とされています。
(大嶋信頼著『催眠ガール2』より)
*ミルトン・エリクソン:催眠療法家として知られる精神科医、心理学者。
“スクリプト”とは「物語」。つまり、催眠スクリプトとは「物語の力で、無意識に癒しをもたらす方法」なのです。
この癒しの仕組みは、「物語を読んだり、書いたりすることで、その言葉が心の奥に届き、その人の内側に、静かな変化が起こる」というもの。
この物語は、私たちの“無意識”から生まれてくるものです。
無意識とは、私たちを生かしてくれる、目には見えないけれど頼もしい存在。
何も考えなくても、呼吸ができること。目を瞬かせたり、心臓が動いたり、血がめぐること・・・そのすべてが、無意識の働きです。
普段は意識することのないその働きこそが、私たちの最も深い“本質”でもあるのです。
催眠スクリプトを通して語られる物語は、受け取った人の無意識に働きかけ、眠っていた記憶や資源(リソース)を少しずつ呼び覚ましてくれます。
すると、ふとした瞬間に、長年の思い込みが外れたりします。
たとえば・・・「このままでいいんだ」と、自分をまるごと受け入れられるようになったり。自由な本来の自分を思い出せたり。
苦しみが、ほんの少しだけ“楽しさ”に変わって感じられたり──そんな癒しが、待ち受けているかもしれません。
無意識にある「許し」とつながって紡がれる物語は、心の奥深くにやさしい光を差し込み、「あの傷こそが、私のリソース”宝物”だった」と思い出させてくれるのです。
私が催眠スクリプトを書く理由
かつての私は、心の傷に罪悪感を抱え、「自分さえ我慢すればいい」と、どこかで自己犠牲の人生を生きていました。
でも、その物語はもう終わり。
今では「これまでのどんな経験も、ひとつとして無駄ではなかった」と心から言えるようになりました。
そして私は今、生きづらさを抱えている人に、魂の家族のように「おかえりなさい」とあたたかく迎え入れる場を、物語を通してつくりたいと思っています。
私にとっての「魂の家族」は、日本に生きる人々。
日本人は共通の祖先の記憶を持ち、無意識の深いところでつながっている存在だと感じています。
これからも続く激動の時代のなかで、穏やかに生き抜いてほしい。
そして、日本の子どもたちが明るい未来を迎えられるように。
そんな祈りを込めながら、私は今日も催眠スクリプトを書いています。

この“祈りの物語”は、読む人の無意識に、ひと粒の種をまきます。
その種は、ベストなタイミングで芽を出し、花を咲かせ、やがて実を結ぶでしょう。
そして、無意識という“見えない自分”への信頼が、そっと育まれていくのです。
そのプロセスを静かにたどる中で「ずっと頑張ってくれていた自分」に光が当たり、こんな気づきが訪れます。
「私の人生は、すでにやさしく照らされていた」と。
私にとって催眠スクリプトは、見たことがない世界へ行く架け橋となるもの。
その橋を、あなたと一緒に渡ることが出来たら──私は、とても嬉しいです✨
一輪の薔薇をあなたに🌹
kiyomi
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