不登校の親|『続・あきらめる勇気』 ― 親として、先生との関係で気づいたこと
前回、「あきらめる勇気」について綴りました。
親としての葛藤
正直に言えば、今まで私は何度も先生に怒りを感じてきました。
我が子が選択登校するようになってからも、先生からのフォローが十分に感じられなかったり、お願いした最低限のことが届かなかったりすると、胸の奥からどうしようもない気持ちがあふれてくるんです。
「もっと見てほしい」
「なぜ理解してくれないの」
頭の中で何度も繰り返しては、先生に期待して、そして叶わなくて、裏切られたような気持ちになって…。
そんな日々に、私はだんだんと疲れていきました。
親もまた、仕事や家事、きょうだいのこと、地域との関わりなど、いろんな役割を抱えています。
「子どものために」と思いながらも、余裕をなくして葛藤に飲み込まれてしまうことも少なくありません。
あきらめた先に見えたもの
でもある日、ふと思ったんです。
先生だって、我が子だけを見ているわけじゃない。
何十人という子どもたちを抱え、それぞれ違う課題やニーズに応えながら日々を過ごしている。
先生だって、得意なこともあれば、不得意なこともある。
私たち親と同じように、いろんな役割を抱えて、できる限り頑張っているんですよね。
だから私は、「あきらめる」ことにしました。
でもそれは、見放す意味でのあきらめではありません。
「こうであってほしい」という執着を手放す
たとえば…
「もっとこまめに連絡を取り合いたい」
「学校に行けるように、特別な対応をしてほしい」
「配布物をきちんと届けてほしい」
そうした強い気持ちを一度手放すこと。
そのうえで、「じゃあ一緒に何ができるだろう」と考えるためのあきらめです。
親と先生ができる具体的な協力
そこから少しずつ、協力の形を探すようになりました。
家庭での様子を先生に伝える
学校では見えない姿を共有するだけで、先生の理解が深まります。
先生の負担を減らす工夫をする
できる範囲で情報を整理して伝えるだけでも助けになります。
定期的に情報交換の場を持つ
短いやりとりでも積み重ねることで、信頼が生まれていきます。
協力から生まれた変化
あるとき、家庭での朝の様子を先生に伝えました。
「午前中は動けないけど、午後からは少し元気が出る」
先生はその情報をもとに、午後からの短時間登校を受け入れてくれました。
その結果、子どもは自分のペースで学校につながれるようになったんです。
あのとき私は、協力が子どもの笑顔につながることを心から実感しました。
協力の難しさもある
もちろん、現実にはうまくいかないこともあります。
先生と考え方が違ったり、時間が取れなかったり、話し合ってもうまく伝わらないことだってあります。
そんなときは、スクールカウンセラーなど第三者の介入を頼る、共通の目標を小さく設定する、何度も根気強く話し合う。
そうした工夫が必要になるのだと思います。
親としての今の思い
葛藤は今でもゼロにはなりません。
「先生、もっとこうしてくれたら…」と心がざわつく瞬間はあります。
それでも、その気持ちに振り回されすぎず、「できることに目を向けよう」と切り替えるようになりました。
あきらめることは、放り出すことじゃない。
執着を手放すことで、協力できる余白が生まれる。
そしてその余白こそが、子どもの未来をひらく力になるのだと思います。
あなたにとって、先生や周囲に対して「手放したい執着」はありますか?
