【短編小説】糸をたぐる午後
冬らしく空気がキンと張った午後、陽司が驚きを隠さずに尋ねた。
「なにこれ、骨壷?」
テーブルには、色褪せつつある一葉の写真。ピントの合わない仏花を背景にして、中心よりやや右の位置に写っているのは骨壺だ。正確な大きさはわからないが、織りによるものと思われる落ち着いた和柄の布に包まれている。骨壷を入れるこの布袋を「骨覆」と呼ぶのだと教えてくれたのは叔母だった。
「これね、見たらわかると思うんだけど、お骨が入った箱なのよ。あなたのお兄さんのもの。姉さんはね、この写真をずっと持っていたの」
三カ月前に亡くなった母と私は、折り合いがいいとは言えなかった。私を産んだあと、趣味の写真撮影で大きな賞を受けた母はカメラマンとして働くようになり、亡くなる直前までずっと多忙だった。家事や育児そっちのけで仕事にのめりこんだために父とのあいだには溝が生まれ、離婚に至るのに時間はかからなかった。
小学校に上がる頃には、私は孤独の味を噛み締めるようになっていた。いつも、一人。孤独は雑なのに攻撃的な味をしていた。いちばんそばにいてほしい人にほうっておかれているという思いが拭えないまま、大人になった。
母も、私が抱える感情のしこりに気づいていた。学校での出来事や悩み、将来の夢などを話そうとしなくなった娘にこわごわ接していたのを私は知っている。私たちは、軋み音を立てる一歩手前の関係を保ちながら暮らした。
母の葬儀を終え、やっと遺品整理に手をつけ始めた時期に叔母がやってきた。渡したいものがあるのだと言う。
「あなたも聞いてると思うけど、姉さんは第一子を死産してるの。ほら、お墓の隣に小さなお地蔵さまがあるでしょ」
知っている。幼い時分、お地蔵さまがなんなのかと尋ねたとき、母は言葉を選びながら、私には一歳半違いの兄がいたことを教えてくれた。出産時に兄が命を落としてしまったこと、「隆之」という名前を考えてあったことを、舌で単語をゆっくりと押し出して語った。
叔母によると、死産のあと、母はしばらく骨覆に入った骨壷を抱きしめてへたりこんで過ごしていたという。家の中は荒れていき、見かねた叔母が駆けつける日々が続いた。
「そんなとき、姉さんは私たちの父、つまりあなたのおじいちゃんのカメラで骨壷の写真を撮った。思いつきかしらね。そこから、姉さんは写真で表現することに夢中になっていったの」
祖父のカメラは、古いけれど本格的なものだそうだ。今、わたしの手元にある写真は、母がはじめて撮った「作品」ということになる。
叔母は、母がプロになってからも大切にしていたという祖父のカメラと骨壷の写真を置いていった。
「古いカメラだねえ。味があるっていうか。有名なメーカーのやつなのかな。僕が詳しかったらよかったんだけど」
私の肩越しに、陽司がテーブルの上を覗きこむ。祖父のカメラに陽司のかたちをした影がかかる。
「私のお母さんさ、カメラマンだったでしょ。これは大事なものみたい。三カ月経ってやっと冷静に見られるようになってきた」
陽司は幼さを宿す瞳を丸くする。
「骨壷の写真が? なんだか不思議だね」
それ以上は聞いてこない。彼の物事をあまり深く考えないところが私の好感を呼び、付き合いはずいぶん前に始まった。悩みの沼に落ちると抜け出せない性質の私には、陽司の軽薄さと誠実さがなすグラデーションが眩しかった。そして、この色合いをそばに置いておきたいと願っている。
再び視線をカメラと写真に落とす。母は、兄のお産での喪失感をこの写真に閉じこめたのかもしれない。失った我が子への整理のつかない思いも。そうすることで前に進めたのかもしれない。
母が異様な熱量をもって仕事に取り組む様子は、執着という言葉を思い起こさせた。一人娘を孤独にさらしてでもカメラと向き合うさまは、祈りにも、狂気にも似ていた。思春期以降、私は母を疎んじていて、その内側に何が眠っているかも考えたことがなかった。
母の気持ちは母のものだ。私はカメラから出た糸をたぐり寄せるようにして、母の思いに近づいた気になることしかできない。私の子ども時代が孤独だったことにも変わりはない。
それでも、幼少期から私のなかに居座り続けた毒が抜けていくように思えた。かわりに柔らかな納得感が胸に落ち、放射状に体じゅうへと広がっていく。
「陽司くん、結婚しようよ」
私は祖父のカメラにカバーを取りつけながら、陽司に話しかけた。この二つはどこかにしまっておこう。すでにカメラへの興味を失った陽司は、小型のモップを持ち、テレビ周りの埃を払っている。
「いいね。楽しいと思うよ」
無責任そうとも実直そうともとれる声が飛んできた。マンションは西向きだから、これからの時間帯は陽が強く差し込む。あたたかな光のなかに埃が舞い、極小のきらめきを無数につくる。天気予報を見なくても、明日はいい天気だろうとわかる。
(おわり)
いつかエッセイで書こうと思っていたわたしと母とのエピソードを加工して、短編小説に仕立てました。
(現実の母は健在です)
「明日はいい天気だな」と確認する穏やかな午後ほど尊いものはないと思っています。
花澤薫さんの「#第二回すべて失われる者たち文芸賞」に応募させていただきます。
