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「幸福論」になるまで — ⑤

 「車輪の下」で知られるヘルマン・ヘッセの晩年に「幸福論」という文章がある。ヘッセは、幸福という言葉に黄金を見ていた。

幸福のもとに、私は今日、何かまったく客観的なものを理解する。つまり、全体そのもの、没時間的な存在、世界の永遠の音楽、他の人々が天球の調和あるいは神の微笑と呼んだところのものを理解する。この精髄、この無限な音楽、この満ち満ちてひびき、黄金いろに輝く永遠は、純粋な完全な現在であって、時間をも、歴史をも、以前をも、以降をも知らない。人間や世代や民族や国は起こり、栄え、また影と無の中に沈みさって行くけれど、世界の顔は永遠に輝き笑う。人生は永遠に音楽をかなで、永遠に輪舞を踊る。私たち無常なもの、危険にさらされたもの、もろいものにも、なお与えられるかもしれない喜びや慰めや笑いは、そこからの輝きであり、光に満ちた目であり、音楽に満ちた耳である。

「幸福論」(高橋健二 訳・新潮社)

 こうして見ると、洋の東西を問わず、こうした思想があるのだなと思う。幸福というものが、ある種、人間には認識できない類のものであり、その理由は、無常の一瞬であるからこそ永遠と言えるのが命のありさまで、その輝きは推し量ることのできない連なり(仏教でいうところの「縁」と言えるだろう)の結実だということだろう。そういう意味では、「幸福」はよく獲得するものでなく気づくもの、「なる」ものではなく「ある」ものという言われ方をしたりするが、気づかなくても既に、常に、獲得されているものということになる。明石家さんまさんの「生きてるだけで丸儲け」とは、よく言ったものだ。

 年をとった人々が、いつ、どんなに強く幸福を感じたかを思い出そうとすると、何よりも幼年時代にそれを求める。もっともなことだ。なぜなら、幸福を体験するためには、何よりも、時間に支配されないこと、同時に恐怖や希望に支配されないことが必要だからである。

「幸福論」(高橋健二 訳・新潮社)

 その後、ヘッセが少年時代に体験したある朝の情景が綴られていく。ちなみに、青年時代に体験した「喜び」、幼年期の経験よりはるかに「まぶしく多彩で、はなやかによそおわれ、色うつくしく照らされていた」数々の瞬間については、後日吟味した結果「つまらなかった」と書いている。「そういうのはすべてきれいで、おもしろく、おいしい味がしたが、幸福ではなかった」そうだ。おおよそ「これが幸福なのではないか」と考えうるものは、時間や恐怖や希望から解放されて自由になる、というのとは別種のものだというところか。

 この「時間や恐怖や希望から解放されて自由になる」と聞くと、ポジティブ心理学で有名なミハイ・チクセントミハイ博士の「フロー状態」が思い起こされる。感覚と思考が現在という極において一体化し、それらが何も無いような状態とでも言おうか。確かに、チクセントミハイにおいて「フロー状態」は幸福の姿であると示されている。これは、ヘッセの言う「何かまったく客観的なもの」を経験する際の、私たちの側のフォーマットの一つと言えるのかもしれない。それと認識できない、ということと、それを経験するということは同時に成立する。まさに、乳幼児が経験するあらゆる出来事がそうだろう。

 そうすると、ありのままの幸福を享受するということに、頭はとても邪魔になることになる(今こうして書いている自分の行動なんかに、大いなる矛盾を感じずにはいられない)。私が、『犀の角・第四夜「幸福論」』の副題を「ことばにすれば遠くなる。吸って吐いたらそこにある。」にした理由、幸福のありさまと音楽は似ていると考える理由を一生懸命言葉にすると、つまり、こういうことだったりする。

 


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