【短編小説】 君との思い出 (完全版)
幼い頃、
この家で私は不思議な女の子に出会った。
たぶん、その日からだったのだと思う。
ここは、おばあちゃんの家だった。
大好きだった、おばあちゃん。
次に、住む人が決まらず、売りに出されていたと聞いた。
数年の年月が経っても、次の買い手がつかない。
両親が頭を悩ませている姿を見ていて、
ふと、思った。
――私が、住めばいい。
古民家のような、横に長い木造の家。
離れには、小屋もついていた。
緑に囲まれた山の中。
駅や店、病院、公共の施設も含め、
車で二十分はかかるこの場所は、
なかなか買い手がつかないことにも、納得がいった。
それでも、この家が良かったのには、
理由がある。
「あまねくん。」
私が声をかけると、
彼はパソコンを打つ手をとめ、私の顔を見た。
「ん?……どした。」
猫背を伸ばし、立ち上がると、
テーブルでお茶をしていた私の横に腰掛ける。
「あのね、結婚式の後、引っ越ししない?」
あまねくんが目を丸くする。
「引っ越し?住みたい場所でもあんの?」
「……おばあちゃんのお家。」
そっと、彼の反応を見る。
「あぁ……東北だったっけ」
「うん。」
「売りに出してるって言ってたけど、買い手がつかないんだ?」
「うん。……誰かが、住んでくれるなら、それでいいって思ってたんだけど。」
彼の腕が私を引き寄せる。
抱き寄せられると、体が熱くなるのを感じる。
「……いいよ。どうせ、俺ら、どこでもできる仕事だし。
スローライフも楽しいんじゃない?」
「電波、悪いかも。」
「……一度、行くか。」
私たちは顔を見合わせて笑った。
お互い、自宅でできる仕事だったことが幸いだった。
長く務めているし、
月に数回、出張すれば対応できる。
まずは、リフォームをしないといけない部分と、
車の用意や電波状況。
現地を見に行って、
それから、
私の両親のところへ、話に行こうということになった。
あまねくんが、すんなり頷いてくれたのは、
私が、おばあちゃんのお家での出来事を話していたからだった。
あの家に住みたいわけ。
――幼少期。
飛行場から車で40分。
人通りのない田舎道を進み、
山を上り、
トンネルをくぐる。
しばらく行くと、細道の奥に、立ち並ぶ平屋が見えてきた。
あの町におばあちゃんが住んでいる。
そして、
家の前に立っているおばあちゃんが、手を振った。
「おばあちゃん!」
車の窓から顔を出して、叫んだ。
手を振っていると、後ろから母に引っ張られ、車に戻された。
車を止めると、真っ先におばあちゃんの胸に飛び込む。
「いらっしゃい」
にっこり笑う、おばあちゃん。
毎年、変わらない笑顔で迎えてくれる。
居間は伊草の匂いがして、
木造の木の香りに包まれた空間は、
いつも緑に囲まれ、キラキラしているように見えた。
おばあちゃんが、用意してくれたお茶を飲んで、
おやつと旬の果物を満喫する。
食事には、山菜が出る。
この場所で初めて食べた。
普段とは違う献立に、
私は特別に美味しい食卓に思えた。
そして、夜。
満点の星空と月。
空気は冷たくて、肌寒い。でも、
夜の香りに酔いしれるように、
いつまでも外を眺めていたかった。
生まれてから、毎年、通ったある夏。
闇に紛れて、見たこともないお洋服を着た女の子が立っていた。
私がニコッと笑うと、
その子もニコッと笑って、
私の横を通り過ぎて、
縁側からお家に入る。
そのまま、押入れの中に入っていった。
かくれんぼかな?
お家に行くたびに、
女の子は、現れた。
そして、短い間だけ一緒に遊ぶようになった。
「楽しかった」
女の子はそういうと、いつも、押入れに入っていった。
そして、ある日、
私は、お家の裏手を探検していた。
大人のいる居間の窓からは、
よく見える場所だし、
道の整備されたお散歩コースだったから、
みんな止めなかった。
私は、細長い枝や、
変わった形の石を求めて、
歩いていた。
しばらくすると、細い川が見えた。
近づくと、足を滑らせて、
三メートルほどの段差の下に転げ落ちる――。
そう思って、ぎゅっと目をつぶった。
目を開けると、
私は腕を掴まれ、宙に浮いていた。
すごい力で引っ張られ、引き上げられる。
私はへなっと座り込んで、上を見上げた。
あの女の子だった。
息を切らせて、真っ青な顔をしている。
その顔を見たら、ぽろっと涙がこぼれた。
「あり、がとう」
弱々しく言って、泣きじゃくった。
手を引かれて帰ったのに、
家に着いた時、
女の子の姿は、もうなかった。
月日は経ち、
私が六才になった夏の日。
おばあちゃんが私に言った。
「このお家には守りの神様がおるんじゃよ」
「守りの神様?」
「そう、だから、おばあちゃんも、ひなちゃんも、
幸せに暮らしていられるんだよ」
あの女の子が守りの神様なのかな?
そう私が思ったのは、
小学校三年を過ぎた頃くらいからだったかも知れない。
あの子の服が着物だと言うことが分かったのも、
この頃だった気がする。
そして、この年から、あの女の子は姿を現さなくなった。
二十二歳になった。
昔から仲の良かった、あまねくんは、
気付けば、男の子から男の人になっていて、
いつの間にか、身長がすごく高くなって、
私をすっぽりと抱きしめるようになった。
「結婚しよう」
そう言われて、
「はい」
と、答えた。
結婚の準備を進めている時に、
おばあちゃんの不幸を聞いた。
私は、あまねくんの胸でわんわん泣いた。
一年見送った結婚式。
その直前に、
おばあちゃんの家の話を耳にして、
今に至る。
週末に、あまねくんと、おばあちゃんの家にきた。
持ち主を失った家の外観は、
あまり変わらなかった。
不動産会社の人に内見を希望すると、
快諾してくれた。
あまねくんがここに来るのは、二度目だった。
結婚の話があった時、
あまねくんが、よく私が話題にするおばあちゃんに、
挨拶をしたいと言ってくれた。
――嬉しかった。
おばあちゃんは、
「良い人に巡り会えたね。」
と、笑ってくれた。
それから、翌年の夏。
帰らぬ人となってしまったけど——。
久々にお家に上がると、変わらない木の匂い。
でも、温かさは消えて、ひんやりとした空気が漂う。
さびしい。
そう思った。
感傷に浸っていると、
後ろから声が聞こえた。
「部屋によってはダメそうだけど、こっちの部屋は携帯使えるよ。」
振り返ると、あまねくんが周囲を見渡したり、
各部屋で携帯を掲げている。
そして、居間の隣の脱衣所、
横のお風呂を覗く。
「風呂はリフォームした方がいいな。」
横から、顔を出すと、
蛇口部分が破損して、窓の下の壁はヒビが入ったり、
一部、穴の空いている部分もあった。
「他は、問題なさそうだけど。
気になったら、都度直すか、リノベーションするか。」
あまねくんは、私を見る。
私の希望を叶えてくれようとしているんだ。
「一緒に考えてくれる?」
私が聞くと、
「もちろん」
そう言って、私が大好きな笑顔をくれた。
昼はスーパーで買ってきたお弁当を縁側に座って、
二人で食べた。
ぽかぽかの陽気が気持ちいい。
お腹がいっぱいになったら、
あまねくんは欠伸をしながら、
横にゴロンとなった。
私は青空を見上げて、伸びをする。
昔と同じように緑の空気と木々のざわめきに耳を傾ける。
少しすると、あまねくんの寝息が聞こえた。
散歩でもしようかと、立ち上がった時、
目の前に、女の子がいた。
昔と変わらない姿。
「……あ」
声をかけようとすると、
女の子は後ろの草むらに歩いて行ってしまった。
思わず、追いかける。
裏手は、歩きやすく舗装された道になっていた。
女の子は、その道を歩いて、
山の方へ曲がった。
私も同じように、そちらへ歩く。
また、草の茂る道に変わり、女の子がこちらを振り向く。
女の子の口元がにっこりと笑った。
昔、助けてくれたお礼がしたいな。
そう思って、一歩踏み出した。
でも、
――地面はなかった。
浮遊感が私を包み、
体が冷えていくのを感じる。
一瞬だけ、女の子の顔が見えた。
――あの子じゃない。
ゾクっと背筋が凍り、
気が遠くなっていった時だった。
腕を強い力で掴まれ、
引っ張られて、引き上げられる。
そして、後ろから強く抱きしめられた。
頭の中は真っ白になりながら、
目は下を見た。
さっきまであったはずの草の茂る道も、
山もない。
もちろん、三メートル程の段差でもない。
――崖だった。
ゆっくりと振り返ると、
息を切らせて、真っ青な顔をしている。
……あまねくん。
その顔を見たら、涙がぽろっとこぼれる。
そして、気づいてしまった――。
私たちは、お互い言葉が出ずに、見つめあった。
あまねくんは、私を抱き抱えると、
家の方向に歩き出す。
舗装された道を歩き、家が見えてくると、
突然、ピタッと止まる。
上を見上げると、口を塞がれた。
「知らない人について行ってはいけません」
ホテルに着いてからも、
あまねくんのお説教は止まらなかった。
先ほどから、口酸っぱく何度も繰り返されるフレーズ。
あの子を「人」といっていいものか分からないけれど……。
そんなことを考えながらも、
私が不注意だったと思い、
あまねくんが満足するまで、黙って頷いた。
でも、スッキリしないのか、
「どうして、俺を起こさなかったのか」
とか、
「本当に安全だと思ったのか」
とか、小言はどんどんエスカレートしていく。
私はあまねくんの服の裾を引っ張って言った。
「あまねくん、ありがとう」
あまねくんが、黙る。
まだ、何か言いたそうだったけど、
遮るように、
あまねくんに抱きついた。
――また、守ってくれたね。
私の神様はここにいた。
「良い人に巡り会えたね。」
おばあちゃんの言葉が頭に浮かぶ。
あの家は、ずっと私を守ってくれていた。
だから、
私はおばあちゃんの家をリノベーションしようと提案した。
心のどこかで、
神様のためには、できるだけ、
形を残しておいた方がいいと考えていた。
でも、今はあまねくんが横にいてくれる。
だから、私たちが住みやすい形がいいと思った。
正直、あの女の子のことは、
少し怖い。
ただ、あまねくんの教えに従えば、
問題ないと思えた。
「俺以外の人についていかないこと。」
この話を始めると、あまねくんは、
話が長くなる。
だから、その度に、私はあまねくんにキスをした。
私たちは、両親のところを訪れて話をした。
それから、三年後――。
新しく外観の変わったおばあちゃんの家は、
あの頃とは違った温かさに包まれていた。
自然に囲まれ、
朝は早く起き、夜は二人で早く眠った。
そして、今、私のお腹の中に新しい命が宿っていた。
二人で縁側に座って、ゆっくりと過ごす日々。
ある夏、
また、虫の声と一緒に、あの女の子が立っていた。
そっと、あまねくんを見る。
「……この子は大丈夫かしら?」
お腹をさすりながら呟くように声を出した。
あまねくんは、女の子に視線を向けながら笑った。
「俺が守るよ。……それに、あの子は、一緒に遊んで欲しいだけさ。」
ふと、
あまり考えないようにしていた思いが浮かぶ。
でも、口にするのはやめた。
だって、私は、この家も、この場所も、あの子も、おばあちゃんも。
……何より、あまねくんを、
――愛しているから。
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