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【clum! '95 #21】線香花火に願いを

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夕食の片付けを終えたバスケ部員たちは、顧問の引率を得て、合宿所の裏にある砂浜へと繰り出した。

手には、ホームセンターで買い込んだ大量の花火セット。

「わあぁ! 夜の海! 花火! 青春ってかんじ!!」

佐野さの立夏りっか先輩がサンダルを脱ぎ捨て、誰よりも早く砂浜を駆け回る。

その彼方此方で、部員たちがライターを着火し始めた。

シュボッ、という音と共に、赤い火花が闇夜に散る。

「佐野先輩、チャッカマン持ってきました! ロケット花火やりますか!?」

「でかした早坂くん! よーし、あの月まで飛ばすわよ!」

僕、早坂はやさか一頼かずよりと佐野先輩は、波打ち際で騒ぎながら、次々と派手な花火に点火していく。

その時間はまさに「夏」そのものだったが……。

「……ふむ。ストロンチウムの赤、か」

その賑やかさに水を差すような、冷静すぎる声が響いた。

白衣の裾を海風になびかせた岡本おかもとたちき先輩だ。

彼は佐野先輩が振り回している赤い手持ち花火を、保護メガネ越しに凝視している。

「は? 何ブツブツ言ってんのよ」

「知らないのかい、佐野さん。花火の色は全て化学だ。その赤はストロンチウムやリチウム、そっちの早坂くんが持っている緑色は銅、黄色はナトリウムの『炎色反応』によるものだよ」

樹先輩はさらに続ける。

「つまり君たちは、金属イオンが熱エネルギーを受け取り、基底状態から励起状態へ遷移し、再び基底状態に戻る際に放出される光の波長を見て『きれい』と騒いでいるに過ぎないのだよ」

「……うっさいわね! 理屈はどうでもいいのよ!」

「そうですよ! 綺麗ならそれでいいじゃないですか!」

※よい子はまねしないようにしましょう。

佐野先輩と僕からの総攻撃を受ける樹先輩。

「なっ、無知とは罪だぞ! 科学の美しさを……うわっ、火の粉を向けるな!」

理屈っぽい樹が騒がしい二人に追い回されている隙に、少し離れた場所では、静かな時間が流れていた。

「……静かだね」

岡本おかもとれいは、騒がしい場所から少し離れた波打ち際に佇んでいた。

その隣には、俺、折館おりたちじんがいる。

岡本の手には、派手な噴出花火ではなく、細くて儚い線香花火が握られていた。

「……あいつらが騒いでるだけだろ」

「ふふ、そうだね」

岡本がロウソクの火を、そっと線香花火の先へ移す。

ジジジ……という小さな音と共に、オレンジ色の火の玉ができ、パチパチと繊細な火花が散り始めた。

「わぁ……きれい」

岡本はその光をじっと見つめる。

その横顔が、花火のオレンジ色に照らされて、柔らかく浮かび上がっている。

その横顔を見ていた。

……岡本らしい。

派手な噴出花火じゃなくて、線香花火なんだな。

見てないと消えそうで。

でも、ちゃんと最後まで綺麗で。

俺がそんなことを考えていると、岡本がぽつりと言った。

「……ねえ、折館くん。線香花火の玉が落ちるまで願い事すると、叶うんだって」

「……へえ」

「私、今願い事してるの」

「何を」

尋ねると、岡本は少し恥ずかしそうに視線を逸らした。

「……秘密。でも、もし落ちなかったら、教えてあげる」

二人の視線が、揺れる小さな火の玉に集中する。

パチパチ、パチパチ……。

火花は小さくなり、赤く燃える玉だけが、かろうじて紙縒こよりの先にしがみついている。

落ちるな、落ちるな……。

俺は柄にもなく、心の中で応援した。

岡本が何を願っているのかは知らない。でも、この子が悲しむ顔は見たくない。

しかし、無情にも海風が ヒュッ と吹き抜けた。

「あっ……」

ポトリ。

赤い玉は砂の上に落ち、一瞬で黒い塊へと変わった。

「……落ちちゃった」

岡本は残念そうに眉を下げた。

俺は、咄嗟にかける言葉を探した。「ドンマイ」なんて軽すぎるし、「もう一本やるか」も野暮な気がする。

「……岡本」

「ん?」

「願い事、叶わなかったなら……俺が代わりに聞く」

「え?」

俺は自分でも何を言っているのか分からなかった。口が勝手に動いていた。

「神様の代わりにはなれないけど。……俺にできることなら、やる」

岡本は驚いて目を丸くしたが、すぐに今日一番の優しい笑顔を見せた。

そして、俺だけに聞こえる小さな声で囁いた。

「……じゃあね。明日も、折館くんと一緒にご飯食べたいな」

それは、願い事というにはあまりにささやかだった。

「……なんだ、それくらい」

俺が恥ずかしくなってきて、そっぽを向いた瞬間、

「そこーーーっ!! 何イチャついてんのよ!!」

ドーン!! という爆音と共に、立夏がロケット花火を持って走ってきた。

「きゃっ、佐野さん!?」

「暗がりでコソコソと! 青春!? 青春なの!?」

「ち、違うの! 線香花火してただけで……!」

「問答無用! 次はこれ! ネズミ花火20連発!」

立夏の後ろから、早坂も「先輩、待ってください〜!」と追いかけてくる。

そして、さらにその後ろから……

「待て玲! 今、脈拍数が異常に上昇していなかったかい!? 吊り橋効果か!? それとも不整脈か!?」

白衣の樹が、聴診器を振り回しながら突進してきた。

「わ、樹だ」

「逃げるぞ、岡本」

「うん!」

俺は暗闇の中で咄嗟に、岡本の手を引いて立ち上がり、夜の砂浜を走り出した。

背後で炸裂する花火の音と、樹の「待てぇぇぇ!」という叫び声を聞きながら。

岡本の手は思ったより小さくて。

線香花火なんかよりずっと熱かった。

……多分。

願い事が叶ったのは、

岡本だけじゃなかったんだと思う。

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ゆりしま みつき|青春群像の庭師|『clum! 』連載中 よろしければ応援お願いします! いただいたチップは製作費に使わせていただきます。