社員戦隊ホウセキ V 大将外伝/後編;少しでも力になれるなら
前編
去年の八月から、不思議な兄ちゃんが俺の店の常連客になった。
伊勢和都という、二十四歳のジュエリーデザイナーだ。背は高いが、体の線が細くて眼鏡を掛けていて、逞しいとか強そうとはお世辞にも言えないような見た目をしていた。だけど、仕事の関係で急に体力を付ける必要に迫られたらしく、それで俺の店にも通うようになったらしい。
和都が店の常連になってから約一か月後から、変な怪物が街中に現れて、人々を襲うというニュースを度々耳にするようになった。怪物が現れた場所には、色違いの全身スーツを着た四人組が必ず駆け付けるという話も聞いていた。全身スーツの四人組は、怪物を倒して去って行くので正体は不明だが、纏っている全身スーツが宝石のようにド派手なので、【ピカピカ軍団】と呼ばれていた。
変なニュースが世間を賑わせる中、和都は夕飯時に必ず俺の店に来て、【蛋白質の塊】を食べる。頼りなさげだった和都の体にも筋肉が付き始めて、少しずつ印象を変えていた。
十二月。クリスマスが近づいて来たある日のことだった。甥のクリスマスプレゼントを買う為に、俺はちょっと遠出をした。インターネットで物を買うのは性に合わなくて、買い物は必ず店で本物を見て選ぶようにしていた。今じゃ少なくなった玩具屋に行く為、俺は商業施設に行く予定していた。
商業施設に向かう途中の道だった。
叫び声が聞こえた。騒がしいと思って声の方を振り向いたら、血相を変えて沢山の人が走っているのが見えた。その数秒後、俺は気付いた。
走っている人たちが「怪物だ!」と叫んでいることに、それから、逃げる人たちの後ろから、ヤバそうな奴らが猛烈な勢いで迫っていることにも。
(ドロドロ怪物だ!)
ついに本物を見た。遠目だったから細かくは判らなかったが、そうとしか思えなかった。おおまかな形は人間と同じだが、茶色の体に白い模様が気持ち悪く描かれている。何より、鉈みたいな武器を持っていて、追い付いた人をそれで斬っていた。
(ヤベぇ…。殺される!)
俺は直感的に思って、逃げて来た人たちと同じ方向に走りだしていた。本当は、怪我をした人を助けに行くべきだったんだろう。だけど、怪物たちの方に向かって行く度胸は無かった。向かって行ったら殺されるとしか思えなかった。だから余計な犠牲者を減らす為に、自分が犠牲者にならないようにしたんだろう。
頭が混乱してたからか、詳しくは憶えてない。いつの間にか、俺は逃げ回る人波の中で揉まれていた。怪物たちは人間よりずっと足が速いのか、俺のすぐ近くで誰かを襲っているようだ。悲鳴が凄く近く聞こえる。寒くて鼻が利きにくくなっていたハズなのに、生臭い鉄っぽい匂いも感じた。俺のすぐ近くで、大量の血が流れていたんだろう。
いつしか俺は、もの凄い力で背中を押されて、人だかりから放り出された。冷え切った道路の上に、俺は腹這いで倒された。立ち上がろうとして顔を上げた瞬間、俺は息を呑んだ。怪物が俺の目の前に立っていたからだ。
「シーアー…」
白い部分の無い真っ黒な目が俺を見下ろす。口は形が複雑で、横に開閉する。茶色の体は石みたいに硬そうで、白い模様が嫌な感じに気持ち悪い。それ以上に、凄く臭かった。怪物の体臭なんだろう。汚泥みたいな臭いで、俺の知ってる生き物の匂いには程遠かった。そんな気味の悪い怪物が、静かに手を上げた。鉈みたいな武器を握った手を。
(俺はこいつに殺されるんだ…)
俺は自分の運命を諦めた。
だが、次の瞬間だった。俺の運命は劇的に変わった。
「うおらぁぁぁっ!」
威勢の良い声が聞こえたと思ったら、黒い人影が横から飛び出して来て、怪物を蹴り倒した。俺は救われた。
俺は自分を救った人影を見上げた。その人影は、特殊なスーツで全身を包んでいた。全体的に黒いが、所々に銅みたいな光沢が見える。右手首と目許には、黄色の宝石みたいなパーツが煌びやかに光っていた。そして、俺から見て向こう側の左手には、馬鹿でかい剣を握っていた。
(ピカピカ軍団の黄色…)
自分を救ったのはピカピカ軍団の一人だった。そのことに俺が気付いた時、ピカピカ軍団の黄色は左手に持った馬鹿でかい剣を、蹴り倒した怪物に振り下ろしていた。怪物は起き上がろうとしたところを、剣で頭をかち割られた。怪物の血が飛び散って、ピカピカ軍団のスーツが汚れた。俺の所にも飛沫が来た。どす黒くて粘り気が強いが、それ以上に臭い。
頭をかち割られた怪物の体は、溶け始めて黒い泥みたいになった。その辺の空気に臭い匂いをバラ撒きながら。腐った肉みたいな匂いが、重く俺の鼻にも圧し掛かってきた。だが、匂いに苦しんでいる暇は無かった。
「立てますか? 立てるなら、速く逃げてください!」
ピカピカ軍団の黄色は、俺を見てそう言った。一瞬だけ手を差し出そうとしたが、すぐに振り返って走りだした。走って行った先では、怪物が鉈で人を斬ろうとしていたが、黄色が駆けつけたお蔭でその人は斬られなかった。
視野を広げたら、他の色のピカピカ軍団が来ていることも判った。彼らは全員、人を殺そうとする怪物に飛び掛かって、必死に戦っていた。
ピカピカ軍団に救われた俺は、立ち上がって走った。この場から少しでも遠ざかる為に。
戦いの光景は見えなくなったが、ピカピカ軍団の声や人々の悲鳴、そして怪物の叫び声が休む間も無く俺の鼓膜を揺らし続けていた。
そのうち、生々しい声が聞こえなくなっていた。怪物が出た場所から、かなり遠ざかったみたいだ。
甥へのクリスマスプレゼントは買えなかった。それだけじゃない。助けてくれたピカピカ軍団にも礼を言えなかった。
怪物に出くわした日、夕飯時の営業はやめた。もの凄く臭い怪物の匂いが体に残っている気がして、飯にもその匂いが移ったら嫌だったからだ。客に変な飯を食わせる訳にはいかねえ。
次の日の朝、俺は自分の腕を鼻に当てて、匂いを確認した。怪物の匂いはしなかった。だから、店を開くことにした。
夕飯時になると、和都がやって来た。
「おう! いらっしゃい!」
いつものように俺が出迎えると、和都も歯を見せて答えた。
「昨日、店が閉まってましたけど、大丈夫そうっすね。俺、大将が病気にでもなったんじゃないかって、心配してたんですよ」
和都は店の体重計に乗る時、そう言った。出掛けたらドロドロ怪物に襲われたとは、言う気になれなかった。
「俺が病気になんかなるかよ。お前以上に、蛋白質摂ってんだから」
俺は強がってみせた。
和都が体重を申告して、俺は料理を用意する。体重は80 kgだった。数か月で、和都は15 kg近くも増量していた。服で見えづらいが、和都の肩や二の腕はガッチリした感じになっていて、出会ったばかりの頃とは違っていた。和都の体を見ていた俺は、ふと思った。
(ピカピカ軍団の黄色も、こんな感じだったか?)
和都の姿が、俺を助けたピカピカ軍団と重なった。気のせいなんだろうけど。
それより今は調理中だ。余計なことを考えていたら、飯の質が落ちる。俺は意識して雑念を振り払い、調理に集中した。
【蛋白質の塊】を和都に差し出した。合掌してから食べ始めた和都は、大袈裟に幸せそうな表情を作った。
「やっぱ大将の飯は格別ですね! 疲れが一気に吹っ飛びますよ!」
そう言われると、俺も思わず嬉しくなる。自然と「ありがとうよ!」と口から声が出た。その次に、和都は言った。
「本当は昨日も食いたかったんだよね。大将の飯。凄く疲れることがあったんで」
和都がそう言った時、俺は初めて気付いた。和都が箸を左手に持っていることに。安っぽいゴム製ベルトの腕時計も、右手首に付けていた。
(和都って左利きだったのか!?)
今更そのことに気付いた俺の脳裏に、昨日の光景が甦った。俺の目の前で、怪物に剣を振り下ろすピカピカ軍団の黄色の姿が。ピカピカ軍団の黄色は、大きな宝石を備えたブレスレットを右手首に付けていて、馬鹿でかい剣は左手に持っていた。
(ピカピカ軍団の黄色も左利き!?)
そんなことを思っていると、先に和都が言ったことも引っ掛かり始める。
(昨日、凄く疲れることがあった? 怪物と戦ったからか?)
ただの憶測だ。左利きだって、偶然の一致の可能性の方が高い。
だけど、そうとは思えなかった。
目の前にいる、急に体を鍛え始めた若いジュエリーデザイナーは、もの凄く重い物を背負っている。そんな気がしてならなかった。
あの後も、怪物は度々現れては暴れている。怪物が出ると必ずピカピカ軍団が駆けつけて、怪物と戦っている。人々を守る為に。
和都も、ずっと俺の店に通い続けている。
俺の知らない場所で何が起きているのか、俺には知る由も無い。
だけど、俺は自分のできることをやる。
それで、彼が背負っている物を少しでも軽くできるかは解らない。
それでも、俺は飯を創り続ける。彼が俺の店に来る限りは。
大将外伝・終
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