超人トループ/第1部・第1話;運命の指環?
(ウチは死んでしもたんやろか?)
榎門みなみが、そう思ったのも無理は無い。つい数秒前、彼女は地上200mを超えるだろう位置から突き落とされたのだから。
街中の鉄塔から突き落とされたのに、今は森の中にいる。林冠に茂る葉は鬱蒼とは言い難く、枝葉の隙間から空が見える。空は青かった。突き落とされた時は、夜だったのに。
薄いピンクのサマーセーターや紺色のデニムスカートを着ていたハズなのに、今は和服を着ている。日本画の幽霊が着ていそうな、白一色の和服を。
(やっぱ死んだんやな。ここはあの世か)
不気味なくらいすんなりと、みなみは自分が死んだと受け入れられた。しかし、気分がスッキリしている訳ではない。
(優子ちゃんも、アクロバティク・ゴワゴワに殺されたんか? アイツ、ホンマにムカつくわ。早く化けて出て、殴ったらんと気が済まん)
みなみの胸中に、怒りがふつふつと沸いて来た。その感情が生じた直後だった。一帯に低い男声が響き渡ったのは。
「其方は死んでおらん! 其方の友も!」
みなみは驚き、声が聞こえ来た後方を振り返った。声の主と思われる存在をみなみはすぐに見つけたが、その姿にみなみは驚愕した。
「何、あの妖怪!? ここ地獄なん!?」
林冠の枝葉の隙間から覗いたのは異形の姿。赤い鱗に包まれた、人間の顔をした大蛇だった。大蛇は岩山に長い体を巻き付け、山頂に顎を乗せていた。人間の顔は輪郭が四角く鰓が張っていて、逆立った赤い頭髪は太陽の炎を思わせる。そんな巨大な人面蛇の姿は、みなみに『ここは死後の世界』と確信させた。人面蛇はそれを強く否定した。
「其方は死んでおらん! 我は妖怪ではない!」
人面蛇は口を開かないが、低音の男声が一帯に響き渡る。みなみは驚きながらも、人面蛇の言葉をしっかり聞き取り、首を傾げた。
「ウチは死んどらん? なら、ここは何処なん?」
みなみは疑問をそのまま肉声にしたが、人面蛇はその問いには答えなかった。
「細かい説明は後だ。麒麟に与えられた朱雀の指環の力を解放し、等活と戦え! 其方の友の命が危ないぞ!」
口を閉じたまま聞こえる人面蛇の言葉は、みなみを急かすようなものだった。みなみは困惑しながらも状況を理解するべく、人面蛇の言葉を振り返る。
「麒麟に与えられた朱雀の指環? まさか…」
人面蛇の言葉には、もの凄く心当たりがあった。
みなみは自分の右手を見る。その右手の薬指には、銀色の指環が嵌められている。鳳凰や朱雀を思わせる、豪華な翼を持つ鳳を模した装飾が施された指環が。その指環を見ると、みなみは自然と苦笑してしまった。
(変な残念イケメンが嵌めた指環…そんな凄いモンなん? ってか、麒麟とか言うたよね? あの変な残念イケメン、麒麟なん?)
自分の右手の薬指に嵌った指環に、みなみは良い印象が無かった。しかし強烈な印象でもあったので、みなみの脳裏には自ずと指環に関する記憶が甦って来た。
みなみが、麒麟こと変な残念イケメンに出会ったのは、九月四日金曜日の夕方。バイト先のコンビニからの帰路の途中で、みなみは彼に会った。
帰路の途中には大きな公園があり、いつもみなみは公園を迂回せず突っ切っていて、その日も同様に、公園を通過しようとしていた。しかし、噴水を中心とする広場に達した時、みなみは足を止めてしまった。
(あれ? 新しいキッチンカー?)
毎週金曜日、この公園の噴水広場には複数のキッチンカーが来ていた。その中に、見慣れない黄色のキッチンカーがあったのだ。
(慈螺普堂? “ ジラフどう ” でええんかな?)
黄色の車の側面には、緑色で【慈螺普堂】と書かれていた。その文字の上には、車内で調理をする人物が見える。若い男性だ。白い頭巾とマスクで顔の大部分が隠れていて、目許くらいしか見えない。しかし、みなみには判った。
「かなりのイケメンやん」
マスクに覆われている鼻や口は、配置や大きさは適切。唯一見えるキレ長の目は、他のキッチンカーの方を向いている。年齢は二十歳前後で、みなみと同年代。そんな彼にみなみは猛烈な魅力を感じ、ほぼ無意識で彼のキッチンカーに向かって歩いていた。
近づくにつれ、どんどん情報が判った。キッチンカーの横には黒板があり、黄の字で【麒麟焼き 1個150円】と書いてある。車内、彼の前には鉄板がある。鉄板の近くには、ホットケーキミックスのような種や餡子が入った、複数のボウルがある。たい焼きや今川焼のようなお菓子を作っているのだろうと、みなみはキッチンカーに向かう途中で把握した。
キッチンカーの正面に到達するや、みなみはすぐに注文した。
「麒麟焼き、二つください」
それまで他のキッチンカーの方を見ていた彼は、みなみに声を掛けられて初めて視線をみなみに向けた。目つきは先と何も変わらない。そして、単調な声で「承りました。暫しお待ちください」と返した。その声に、みなみの気分は高揚した。
(クール系の菓子職人!? 最高なんやけど!!)
高揚するみなみの傍らで、彼は調理を始めた。種が鉄板に流し込まれ、勢いの良い音と共に蒸気が上がる。彼はキレ長の目で鉄板を凝視する。その様子は、みなみを益々興奮させた。
彼に言われて、みなみはキッチンカーの傍らに置かれた折り畳み式の机と椅子に陣取り、彼から渡されたプラコップに入れた緑茶を飲んで、焼き上がるまでの時間を待った。
注文から約六分後に、彼は紙皿に乗せた【麒麟焼き】たるお菓子を二つ持って来た。焼きたてなので菓子からは白い蒸気が僅かに立っていて、蒸気に乗った香りも漂っている。熱も仄かに感じた。
麒麟焼きの形状は、今川焼や大判焼と同じで円盤型。生地は茶色く焼けていて、鉄板と接していた上下は特に色が濃い。片手で摘まめるサイズで、手が汚れない為か、三角形の紙に入れられていた。
「食べる前から、美味しいとわかるヤツですね」
みなみはニンマリと笑い、彼の顔を見上げた。依然としてマスクをしている彼は、「冷める前にお召し上がりください」と静かに言った。
みなみはいざ、紙皿に乗った麒麟焼きに手を伸ばした。紙越しに粗熱を感じつつ、みなみは麒麟焼きを口に運んだ。見た目通り、生地の中に餡子が入ったお菓子だったが…。
「ホンマ美味しい! 餡子とか、凄く工夫されてません?」
異次元の旨さと言っても過言では無い。それくらいこの麒麟焼きは美味だと、みなみは思った。讃えられた彼はようやくマスクを外し、「身に余る光栄です」と言って、みなみに一礼した。みなみは気分が良くなり、麒麟焼きを食べながら彼と話した。
「いや、一目見た時から、他のキッチンカーとか一味違うと判ったんですよ。あのタコ焼き屋さんとか、雑過ぎません? タコを一つずつ球に入れへんで、鉄板の上に撒くとかないわ。あれで、1パック8個900円。ないわ」
みなみは同じ広場に構えていたキッチンカーを酷評し始めた。そのキッチンカーは、みなみたちのいる場所とは、噴水を挟んで向かい側にあった。キッチンカーの高さが、みなみの人差し指の先から第二関節までくらいに見えるくらい離れた場所に、その車は構えていたのだが、みなみは詳細に語った。調理師の動作や、キッチンカーの窓辺に置かれた小さな板に書かれた値段などを。
「よく見えますね」
麒麟焼きの彼は、目を凝らしてみなみの指す方を見ていた。そんな彼の反応に、みなみはほくそ笑む。
「多分、見えませんよね? ウチ、目だけは凄く良いんですよ。ついたあだ名は、和製マサイ族とか歩く望遠鏡とか」
みなみは人並外れて目が良い。純粋に視力が高いというレべルでは済まない目の良さなのだが、本人にはその自覚が余り無かった。だから、ネタとしてペラペラと喋ってしまう。
「でも、見え過ぎるから困るんですよ。あのタコ焼き屋さんの足元に、めっちゃ蟻がおるのが見えて…。外やから仕方ないけど、もうちょい気にしたら? とか、見え過ぎるから余計なこと思うんですよ。その辺、お兄さんはかなり気ぃ付けてますよね。キッチンカーの中、蚊が一匹いたくらいやった」
キッチンカー内の床に蟻がいるなどと、どんなに目が良くても外側から見えるハズがない。みなみの話を聞いている職人の彼は、顔を強張らせ始めた。みなみは、彼の表情の変化に気付いた。
(あれ? ドン引きしとる?)
話題の選択を誤ったかもしれない。と、みなみは後悔し始めた。しかし数秒後、みなみの後悔は内容が少し変わった。
「これは運命の出会いだ…!」
職人の彼は真顔でそう呟くと、エプロンのポケットに手を伸ばした。何かを掴んでポケットから手を抜くと、そのままみなみの右手を握った。
(え? 何したの、この人?)
手を握られただけでなく、指に何かを嵌められたのを感知し、みなみは半ば動転していた。すぐに彼の手はみなみの手から離れる。その時、はっきりと見えた。右手の薬指に、銀色の指環が嵌められているのを。
(は? 何してんの、この人!?)
イケメンの若い敏腕和菓子職人に、指環を嵌められた。飛んで喜んでも良いのかもしれないが、みなみは状況が理解できずに困惑していた。目が点になったみなみの隣で、職人の彼は言った。
「君のような人を探していた。この出会いはまさに運命だ。俺と共に、戦って欲しい」
彼の言葉を、みなみは確かに聞き取った。数秒間だけ考えて、みなみはこんな結論に至った。
(アカン。この人、おかしい人や…)
丁度、麒麟焼きは二つとも食べ終わっていた。みなみは震えながら立ち上がると、折り畳み机の上に百円玉を三枚置いた。
「ご…ごちそう様でした。凄く、おいしかったです…」
みなみは震えた声で挨拶をすると、一目散にその場から走り去った。職人の彼はその場に取り残され、走り去ったみなみの背を見つめていた。
第2話へ続く!
