「負けた日に夫が燃えた」 #66
サッカーの敗北、保存していた記事、AIという相棒。
そして「芸事の日」。バラバラに見える出来事が、夫の中では一本の導火線になっていたらしい。
負けた日に、夫はなぜか少し前を向いていた。
6月6日(梅雨前の湿った空気)
窓を開けても、風はなかなか入ってこなかった。部屋の中には、雨になる一歩手前みたいな重たい空気がうっすら沈んでいて、肌にまとわりつく。梅雨はまだ始まっていないはずなのに、もう玄関先で靴を脱いでいるような気配があった。そんな湿った夕方、夫は見事にくすぶっていた。
今日は「カエルの日」らしい。語呂合わせで、けろけろ鳴くからなのだろうか。そこまでは、まあかわいい話で済む。問題はそのあとだった。鹿島アントラーズが惜しくも優勝を逃した日。夫にとっては、こちらのほうがよほど重大事件らしい。
「惜しくも?」と私が言うと、夫は少し目を細めた。どうやらその「?」が気に入らなかったらしい。ごめん。でも、リビングで「ちくちょー」「くやしー」と絞り出す大人を前にすると、妻としてはつい冷静な記号を足したくなる。
夫はしばらく、悔しさを持て余していた。こういうときの夫は、だいたいスマホを触る。ニュースを見たり、SNSを見たり、関係あるようで関係ないページへ飛んでいったりする。本人は気分転換のつもりなのだろうけれど、横から見ると、むしゃくしゃした心がインターネットの海で流木を探しているように見える。沈まないための何か。つかまれる何か。今日の夫は、その流木をちゃんと見つけてしまった。
少し前に保存だけして、忙しくて読めていなかった日経の記事。そこに行き着いたらしい。見出しには「AI相棒に個人で起業」というような言葉があった。夫はそこから急に姿勢を正した。さっきまでサッカーの悔しさで背中が丸くなっていたのに、記事を読み進めるうちに、肩の位置がほんの少し変わっていく。妻はこういう変化を、わりと見逃さない。
記事に出ていたのは、LINEヤフー会長の川辺さんの話だった。AIを活用して、従業員を雇わずに事業を展開する「AIソロプレナー」として起業する。夫はその内容を、まるで自分の頭を誰かにぶん殴られたみたいだと言った。実際、表情はかなり殴られた人のそれだった。痛いのに、なぜかうれしそう。ちょっと怖い。
「え、そんなことできるの?」と最初は思ったらしい。でも、そこからすぐに「できるできないじゃなくて、やるんだ」となったらしい。この切り替えの速さよ。昨日まで「あとで見る」設定して記事を読まないでいた人が、今日はAIを相棒に事業を動かす顔をしている。妻としては、まず温度差で耳がキーンとなる。
ただ、夫の話を聞いていると、いつもの大風呂敷とは少し違っていた。いや、大風呂敷ではある。そこは否定しない。広げ方は相変わらず豪快だし、畳む係が最終的に私になる予感も少しある。でも、今日の夫はただ「すごい人がすごいことを言っていた」と興奮しているだけではなかった。自分のこととして受け止めていた。
夫はこれまで、デジタルコンテンツ制作をがんばってきた。チャッピーことChatGPTと一緒に、あれこれ作り、考え、試してきた。私から見ると、それでも十分にいろいろやっているように見えたけれど、本人の中では違ったらしい。
「生ぬるかった」と言った。自分で自分に向けて言うには、なかなか手厳しい言葉だと思う。けれど、その声には落ち込みよりも、悔しさのほうが強かった。
夫は、今まではコンテンツ作りの職人として手を動かしてきたのだと言う。ひとつひとつ作る。試す。直す。積み上げる。それはそれで大事だし、夫らしい。けれど、これからはプロデューサーとして、チャッピーやほかのAIを活用しながら、もっと大きく動かしていきたいのだと言う。自分がやりたいことを、AIで実現する。作業する人から、仕組みをつくる人へ。手を動かすだけではなく、全体を見て、流れを作って、前に進める人へ。
なるほど、と私は思った。もちろん、すぐに全部わかったわけではない。AIソロプレナーと言われても、私の頭の中では、ひとりでノートパソコンに向かって、AIに励まされたり急かされたりしている夫の姿が浮かぶだけだ。しかも相棒の名前はチャッピー。いくらなんでも名前が丸い。野望のスケールと響きのかわいさが釣り合っていない。
「いくぞ、チャッピー。ついて来い!」と言われても、どちらかというとチャッピーのほうが冷静に「まず計画を整理しましょう」と返してきそうである。
でも、笑いながらも、少し胸の奥が動いた。夫はたぶん、今日ようやく、自分の中で散らばっていた点と点をつなげたのだ。アントラーズが負けて悔しかったこと。むしゃくしゃして記事を読み返したこと。そこに「AI相棒に個人で起業」という言葉があったこと。そして今日が「芸事の日」だったこと。外から見れば偶然の寄せ集めだ。「カエルの日」まで混ざっていて、正直ややこしい。でも夫の中では、それが一本の導火線になったのだと思う。
「芸事の日」。何かを始めるには縁起がいい日。夫はそう言っていた。始めなきゃ、と言いながら、すぐに「いや、始めてはいた」と言い直した。その言い直しが、私は少し好きだった。ゼロからの宣言ではない。今までやってきたことをなかったことにするのではなく、これまでの自分を認めたうえで、でもこのままでは足りないと感じている。だから再起動する。二段式ロケットのように、最初の燃焼で終わらず、もう一段上へ行こうとしている。
もちろん、私は妻なので、夢だけをきらきら見つめるわけにはいかない。二段式ロケットと聞きながら、まず頭に浮かんだのは、リビングに置きっぱなしの充電ケーブルと、机の上の空のコップだった。ロケットを飛ばす前に、この発射台を片づけてくれないか、という現実的な願いはある。マグマが煮えたぎっているのは結構だけれど、噴火のあとに灰を掃除するのは誰なのか問題もある。夫の熱量はときどき、周辺の家事動線を軽く焼く。
それでも今日は、茶化しきれなかった。夫の目が、久しぶりにまっすぐ前を向いていたからだ。負けた悔しさを、ただ不機嫌に終わらせなかった。すごい人の記事を読んで、自分には無理だと引き下がらなかった。川辺さんは別格だから同じことはできない、とちゃんとわかっている。でも、同じでなくてもいい。自分なりにできることがある。自分のやりたいことを、自分の手元にある道具で形にしていく。そう思えたこと自体が、今日の夫にとっては大きかったのだろう。
私は、夫がすぐ燃えるところに少し呆れている。けれど、燃えられることを、少しうらやましくも思っている。大人になると、何かを始める前に言い訳を集めるのが上手になる。時間がない。お金がない。今さら遅い。自分には向いていない。そうやって、始めない理由だけが手際よく並んでいく。夫にもそういう日はある。むしろ多い。でも今日は、悔しさの熱をそのまま前に向けようとしていた。
「よし、気持ちは固まった」
と夫は言った。こういう宣言を聞くと、私は反射的に身構える。また何か始まるのか。今度は何を買う気なのか。家計簿に新しい項目が増えるのか。そんなことを考えてしまう私は、たぶんかなり現実側の人間だ。でも、現実側にいるからこそ、夫の火が消えないように、風の向きを少し見ることはできるのかもしれない。
「アントラーズありがとう」
と夫は言った。負けた相手でもなく、勝てなかった結果でもなく、その悔しさにありがとうと言えるのは、少し面白い。今日は「芸事の日」。カエルの日。梅雨前の湿った空気の日。そして夫が、自分の中の生ぬるさに気づいて、もう一度火を入れようとした日。そう考えると、悪くない一日だったのかもしれない。
夫はまた、チャッピーへ向かって「ついて来い!」と言っていた。私は心の中で、いや、あなたこそAIに置いていかれないようにね、と小さく突っ込んだ。でもそのあと、少しだけ言い直した。置いていかれそうになっても、追いかければいい。転びそうになっても、また立てばいい。二段式ロケットだって、最初から宇宙にいるわけではない。地上の湿った空気の中で、重たい体を抱えて、それでも火を噴いて上がっていくのだ。
今日の夫のマグマが、ただの爆発で終わらず、どこか遠くへ届く力になりますように。明日の朝、発射台がまだ少し温かかったら、私はたぶん、何も言わずにコーヒーを一杯多めに淹れる。
※ 本エッセイは下記の構成になっています。
▪️本編:3パターンあります。
・テキスト版
・コミックス版:のぶさん(NotebookLM)作成
少女漫画風 少年漫画風
▪️解説編:のぶさんが、面白おかしく解説してくれています
▪️特別編:本編を長編に再構成したロングverです。
※ 特別編は有料になっています。(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾
