短編【下町の歌姫-マルゴ・フェイユ】 -運命の星に導かれー第一章
ヘッダー画像は、Kei様の作品を使わせて頂いております。
第一章 【マロニエの樹の記憶】
1923年 マルゴ28歳
私はマロニエの樹。
何時頃からかパリの街角に根を張り数十年、いや百年前からかも知れないが人々の営みを見下ろしてきた。
人々の暮らしが交差する路地裏で、喧噪と愛欲、嫉妬による罵りや諍い、笑い声、苦しみや啜り泣きが混ざり合い酔いどれが管を巻きながら地べたに座り込み娼婦に金をせぴったりする様子などを見下ろしていた。
風に揺れる枝葉の隙間から恋も裏切りも、夢も絶望も、去来するすべてを見てきた。
そして、あの居酒屋の少女──マルゴ・フェイユの物語。
20数年前の記憶を呼び起こしながらマルゴを見ていた。
現在、彼女が纏う光と影のすべては、私の記憶の中で小さく星の欠片の如く輝き吹く風は葉を揺るがす。
1923年、パリの下町、朝焼けの路地裏。軒下か酒瓶の木箱の上で一夜を明かした白黒の斑猫が目を覚まし餌を漁りに悠然と歩いて行く。
19世紀後半から20世紀の第一次世界大戦をも生き延びた年代を感じさせるカフェから鼻歌が聞こえて来た。
店の片隅の長椅子で一夜を明かした一人の女性がゆっくりと立ち上がると肩掛けを羽織りカフェの扉を開くと低く柔らかだが張のある声で唄い出した。
「私は、ひとり
自由に生きる一人の女
一夜限りの恋人よ
寂しさに堪えられない夜
あんたの様な好い男の胸に抱かれて腕の中
仔猫のように眠るのさ
朝を迎えりゃ投げキスで
手を振り別れて
今日を生きるのさ」
Je suis seule.
Une femme vivant librement.
Mon amant d'un soir.
Les nuits où je ne supporte pas la solitude.
Je dormirai dans les bras d'un homme bien comme toi,
Comme un chaton,
Le matin venu, je t'enverrai un baiser,
je te dirai au revoir,
et je vivrai au jour le jour.
(G翻訳によるフランス語)
その時々に浮かぶ歌詞、メロディーも即興の彼女独特の節回しが明るく哀愁も帯びて、聴いて居るのは目覚めたばかりの野良猫達と私、マロニエの樹。
彼女は馴染みの猫達に、昨日の残り物とミルクを皿に入れて置いてやる。
カフェの場所から一区画離れたアパルトマンの一室で男は微睡みの中、脳裏によみがえる女の歌声に耳を傾けていた。
彼女に対する父エンリケの思い入れと、優しい母マリーの手の温もり。
その狭間で、彼は記憶の中で女の声歌を聴いていた。
そして、物語は始まる── 一人の歌姫が、パリの下街に響かせた「風の記憶」から。
彼女の名は──マルゴ・フェイユ。
男の名は―――ルカ・サントス。

第二章【居酒屋[黒猫]と下町の少女】に続きます。
有り難う御座いました。
