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薄いコーヒー。薄い。コーヒー。

このタイトルに頷いてくれる人はどれくらいいるだろう。

コンビニやスーパーの飲料棚を眺めるたび、小さな絶望がこみ上げてくる。かつて缶コーヒーの聖域だったその一角を侵食するように、500ml、600mlの大容量ペットボトル「コーヒー」がずらりと並んでいる。

「ごくごく飲める」
「スッキリとした後味」

踊るキャッチコピー。確かに、デスクの脇に置いて数時間かけてちびちびやるには都合がいいのだろう。

でも、あれはコーヒーではない。別の飲み物だ。


「コーヒー水」全盛の時代


はっきり言おう。あれはコーヒー水だ。

果汁100%の濃密なジュースに対する、ほんのり香りのついたフレーバーウォーター。水代わりに流し込むにはちょうどいいが、執筆用の合法向精神薬にはならない。

かつて、缶コーヒーを巡る論争があった。「缶コーヒーは果たしてコーヒーと呼べるのか」と。「豆の香りが死んでいる」「酸化した味がする」「あんなものは別物だ」と。

しかし今となっては、その議論すら贅沢に思える。少なくともかつての缶コーヒーには、小さな金属の器に「コーヒー」を閉じ込めようとする意思があった。

翻って、昨今の大容量コーヒー飲料はどうだ。ひたすらに薄く、ただ量だけが多い。ショート缶は棚の隅に追いやられ、風前の灯火となっている。利便性とコスパの名のもとに、コーヒーの魂ともいえる「コク」も「苦味」も、水でじゃぶじゃぶに薄められてしまったのだ。


たどり着いた砦


筆者は移動が多い。そしてコーヒーを欠かすことができない。

昔ながらの缶コーヒーは、蓋ができないから持ち歩けない。かといって、大容量のコーヒー水を飲み続ける苦行には耐えられない。

そんな筆者がたどり着いた最後の砦が、コスタコーヒーのペットボトルだった。


コーヒーには「階級」がある

私たちが何気なく手に取るコーヒーには、食品表示法に基づいた明確な「階級」が存在することをご存知だろうか。

パッケージの裏面、「種類別名称」という欄を見てほしい。そこには必ず、以下のいずれかが記されている。

  • コーヒー:製品100gにつき、生豆を5g以上使用

  • コーヒー飲料:100gにつき、生豆を2.5g以上5g未満使用

  • コーヒー入り清涼飲料:100gにつき、生豆を1g以上2.5g未満使用

つまり「コーヒー」と表示された製品は、国が認めた「豆の濃さ」の最低ラインをクリアしていることが保証されている。逆に言えば「コーヒー飲料」と書かれたものは、その時点で「豆の量が半分近く、あるいはそれ以下」という事実を突きつけてきているのだ。

しかし、この「コーヒー」の称号を守り続けるのは、実は相当に難しい。

ラテ系になればミルクの割合が増え、豆の量を相応に増やさない限り表示は「乳飲料」や「コーヒー飲料」へ格下げされる。そこに追い打ちをかけるのが、昨今のコーヒー豆の価格高騰——いわゆる「コーヒー2025年問題」と物流コストの増大である。


BOSSの「格下げ」が意味するもの


そんな中、象徴的なニュースが届いた。

あのサントリー「BOSS」が、主力の「ボス ブラック」「クラフトボス ブラック」において、「コーヒー」から「コーヒー飲料」へと、事実上の転落を遂げたのだ。

メーカー側の説明はこうだ。

新技術(アロマ・ブースト・ブレイク)により、少ない豆の量でも、従来以上の香りやコクを引き出せるようになった。

素直に「すごい技術だ」と喜べる消費者が、どれほどいるだろう。

どんなに立派な御託を並べようと、要するに、コストカットである。高騰する豆を減らした分を、「技術という名の理屈」で埋め合わせたと言っているに過ぎない。豆と水だけで勝負するブラックコーヒーにおいて、豆を減らし、「コーヒー」の看板を自ら下ろす。これはメーカーのプライドよりも利益効率を選んだ、明確な白旗だ。


孤高の戦いを続ける一本


そんな絶望的な状況のなか、ひとり孤高の戦いを続けているのがコスタコーヒーだ。

裏面を見てほしい。そこには誇り高く、「コーヒー」の文字が刻まれている。ブラックはもちろん、ミルクたっぷりの「カフェラテ」や「フラットホワイト」でさえ、彼らは「コーヒー」区分を譲らない。

それもそのはず。コスタは通常のペットボトルコーヒーに比べ、1.3倍の豆を使っている。

彼らはわかっているのだ。コーヒーを求める人間が、本当は何を欲しているのかを。私たちは水分補給をしたいのではない。重厚な苦味と、芳醇な香りを「体験」したいのだ。


薄いコーヒーは、もうやめてくれ


大容量のボトルをデスクに置き、漫然と液体を流し込む。そんなスタイルを否定するつもりはない。しかし、それがコーヒーの未来だとしたら、あまりに寂しい。

筆者にはどうしても、コーヒー水を愛することができない。水に色を付けた程度の代物をコーヒーと呼んで、自分を騙すことはできない。

だからこそ叫びたい。

薄いコーヒーは、もうやめてくれ、と。

コストの問題ならば、180mlのコーヒー缶に蓋を付けてくれるだけでいい。

次にコンビニの棚の前に立ったとき、あなたも裏面を確認してみてほしい。そこに書かれている数字は、メーカーの「誠実さ」そのものなのだ。


私は今日も、コスタコーヒーを連れ歩く。

280mlという、決して多くはないその一本には、600mlのコーヒー水が逆立ちしても勝てない、本物のコーヒーの魂が宿っているからだ。

…て、ここでコスタコーヒーにリンク張ろうとしたら、売ってないじゃないかよ!

Amazonにも、ヨドバシにも!!!

終売かよ!!!

もう備蓄が1箱しかないんだよ…

嘘だと言ってくれ….

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