文筆業者は合法的向精神薬を求めてさまよう
物騒なタイトルだが、要するに、旨いペットボトルコーヒーを探す話である。
筆者は研究者だが、研究者は文筆業を兼ねる。ブッダのように、何かを発見したときに「素晴らしい、このまま入滅しよう」とはならない。仕事なのだから、それを誰かに伝えるために書く仕事がもれなくついてくる。
たばこ中毒
コーヒーに限らず、文筆業者は「執筆の友」を必要とする。昭和の文豪であれば、机の上に吸い殻が山盛りになった灰皿があるイメージだ。たばこの主成分であるニコチンは、今やもはや違法であるかのような扱いをうけている向精神薬である。集中力の増加、気分の改善、不安の軽減。夏目漱石は胃潰瘍という持病がありながら、どうしてもたばこが止められなかった。太宰治も芥川龍之介も愛煙家だ。海の向こうでもヘミングウェイ、サルトル、カミュと、文豪とたばこの縁は深い。
音楽中毒
音楽もまた、ドーパミン、セロトニン、エンドルフィンといった神経伝達物質の分泌を促す、れっきとした合法的向精神薬なのだ。村上春樹の音楽好きはよく知られている。小説家になる前にはジャズ喫茶のマスターだったほどだ。彼の小説には累計3,000曲以上の楽曲が登場し、Spotifyでプレイリストが作られるほどだ。スティーヴン・キングは『小説作法』の中で、AC/DCやメタリカを大音量で流しながら執筆すると明かしている。そういえば、TBS「情熱大陸」で、『キングダム』の作者・原泰久が澤野弘之の楽曲をBGMに仕事をしているのを見た。
チョコレート中毒
さらにチョコレート。カフェインに加えてテオブロミンという刺激物質が含まれており、覚醒作用や軽い興奮作用をもたらす。手塚治虫のチョコレート好きは有名で、手塚の死後、机の中からもチョコレートが見つかったという。
チョコレートと脳の関係でいえば、将棋棋士の話が面白い。対局中のおやつ注文が話題になる将棋界だが、チョコレート系の人気は圧倒的だ。永瀬拓矢は棋聖戦で午前中に和菓子4つとチョコレート5つを平らげ、午後もおかわりしたという記録が残っている。将棋の対局では、一日座っているだけで体重が2〜3kg落ちることがある。脳がそれほどまでにエネルギーを消費しているのだ。
コーヒー中毒
そして定番中の定番がコーヒー。文筆家が喫茶店で仕事をしているというのは昔からよくある話で、いまのスタバでMac、ドヤ顔の走りである。『スローなブギにしてくれ』の片岡義男は神保町の喫茶店を仕事場にし、「喫茶店では書かなければ帰れない」と自らを追い込んだ。松本清張は酒を飲まず、コーヒーに砂糖を3杯入れて飲んでいた。担当編集者は「超人的な思索や着想にコーヒーは大いに寄与した」と回想している。
作曲家も負けてはいない。バッハは1日に数十杯のコーヒーを飲み、遺産リストにはコーヒーポットが5つ。ベートーヴェンに至っては、毎朝コーヒー豆を必ず60粒きっちり数えて自分で挽いた。モーツァルトは妻コンスタンツェの淹れたコーヒーを愛し、臨終の間際にも愛弟子からコーヒーを口にしたという。コーヒーの主成分であるカフェインは、脳内でアデノシン受容体をブロックすることで、体からの「もう休め」という信号を遮断し、ドーパミンやノルアドレナリンの放出を増加させる。覚醒度の向上、集中力の増加、疲労感の軽減。まさに文筆業者のための向精神薬だ。
クリエイティブの脳への負荷
という具合に、脳から何かを紡ぎ出すには「合法的向精神薬」が必須なのだ。皆の名誉のために言うが、これは幻覚から異常な発想を得るためにドラッグに手を出す、というのとは方向性がまったく違う。
いや、オフィスワーカーだって仕事をしているから同じだろう、と言われるかもしれない。そう、ある程度は同じである。だからこそ、かつてはオフィス=缶コーヒーの自販機というイメージがあるほど皆コーヒーを好んだ。今ならスタバのコーヒーをテイクアウトしてデスクに置く感じだ。
しかし、クリエイティブな仕事の場合は脳の疲労度が桁違いに上がる。優秀なオフィスワーカほど、仕事の多くをパターン化し、ルーチン化している。省エネルギーのタスク専用回路を脳内に形成し、自己防衛として疲労度を抑えているのだ。
クリエイティブではそうはいかない。むしろ、このパターン化はクリエイターを殺す。楽をしようとルーチン化すれば、マンネリ、ワンパターンの誹りが待っている。常に自分の脳の回路を破壊しながら新しいものを生み出さなければならないのだ。
研究者の二面性
研究者にはこの2つの側面がある。定番のデータ処理もするし、新しい理論や現象に向き合うときはクリエイターとしての側面が強まる。不思議なことに、筆者はデータをいじるときにはロックやポップスを聴き、集中して執筆したり思考するときにはクラシックやインストゥルメンタルの曲と違うものを聴く。
どうやらこれは理にかなっているようだ。歌詞のある音楽は言語処理機能を呼び起こすために、集中して思考しているときに脳に二重の処理を強いてしまう。クラシックやインストゥルメンタルであれば、脳の報酬系だけを刺激して認知資源は奪わない、という理想的な状態を作れるわけだ。
一方、ルーチン作業時には前頭前皮質の負荷が相対的に低く、言語野にも余裕がある。歌詞が入ってきてもオーバーフローが起きにくい。むしろ問題になるのは単調さによるモチベーションの低下だ。ロックやポップの強いビートと歌詞の刺激が、脳の覚醒度を高く維持してくれる。
言いたかったのは。
全く脱線してしまった。本来の趣旨は、
「最近、ペットボトルコーヒーが水みたいに薄くなって大容量化しているのは何事だ。あれはコーヒーじゃなくてコーヒー水だろ」
と言いたかったのだ。いや、スタバ買えよとか、缶コーヒーはどうなのとか、声が聞こえてきそうだ。そうかもしれないけど、コロナ禍以降、自宅やコワーキングスペースや職場を移動しながら働くので、蓋ができて、鞄にしまえるペットボトルコーヒーが必要なんだよ!
ということで、筆者のお薦めの合法的向精神薬は、コスタコーヒー・ベルベットフラットホワイトです。280mlと適切な容量。通常の1.3倍使われた豆。十分コーヒーの範疇です。
あなたの「合法的向精神薬」は何ですか?(Notebook LM風)
