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児童精神科医と多文化共生社会の実現

 私は児童精神科医です。私の診察室には、実に様々なお子様がいらっしゃいます。日本人のお子様もいますが、韓国や中国などのアジア圏出身のお子様も来ますし、その他の国のお子様も来ます。日本で児童精神科医をしていると、日本人の子どもとしか接していないのではないかと思われがちなのですが、現場は全く違うのです。

 そんな中で何十年も子どもたちと触れ合っていると、気になることが出てきます。それは親の出張や仕事、家庭の事情によって自分の意志とは別に海外から日本にやってくる子どもたちが、いじめられ、精神的な問題を抱えて診察にくるということです。実際にどんなことが起こっているかというと、学校で日本人の子どもにイジメられて不登校になったり、直接はイジメられなくても文化の違いによって話が合わず孤立したりしているのです。また子どもが幼稚園や小学校に通っていると、親の影響を受けていることが多く、母親から「あの子とは仲良くしちゃダメよ」と言われて、他国の子どもをイジメている日本人もいます。転校してきた子どもには何の落ち度もないのにです。

 どうしてこんなことが起こっているのかと言うと、お国柄日本人にとってあまりいいイメージのない国というものが、大人の世界にはあります。個人ではなく、あの国の人間だからというのが問題で、無意識のうちに偏見の目で大人が見てしまい、そんな親の背中を見て育つ子どもたちも、同じように偏見の目で相手を見て、イジメていることに対して罪悪感すら持たずに成長してしまうところがあります。

 こういった現象は、日本でのみ起こっているわけではありません。日本人も海外に行くと、他国から「サル」と揶揄されたり、黄色人種と揶揄されたりすることがあります。国によってはジャパニーズだとわかると、無条件で差別の対象になることもあります。それらは全て、自分たちと違うものは異端だという考えやお国柄で判断する大人の偏った考え方によるものに、子どもが影響を受け、学校でイジメという形になっているだけです。大人の偏見が子どもの純粋な気持ちを捻じ曲げ、その子どもが成長して大人になった時、やはり偏見を持った大人になり、自分の子どもに偏見のある考えを伝える……。永遠に続く、この負の連鎖を私は止めたいと思っています。

 またイジメに繋がる行動には、「偏見」だけでは片づけられない問題も存在しています。それは国民性です。日本人にとって常識だと思っていることも、他国にいけば、全く常識とは思われていないことだったりします。これは国単位だけではなく、県単位でもあると言われていますよね。ですが、県ではなく国になると、なおさら理解するのに時間がかかるものです。

 例えば私はこんな経験をしたことがあります。児童精神科医を学びに来た韓国の医師がいました。とても真面目で努力家な彼だったので、どうしてそこまで頑張れるのかを聞くと、日本に来たのは国がお金を出したからだと言っていました。つまり彼は国のために努力をしているということです。他にも小児神経を学びに来た中国の医師がいました。彼は私たちが途中までしか進められなかった研究を見て、「これなら完成させられる」と言い、研究を早々に仕上げて自分の研究として世に発表したこともあります。またインドから来た医師は、教授に対してはおべっかを使うものの、実際には何もせずにインドに帰った人もいました。これらの話を聞いて、あなたはどう感じましたか? 日本の常識に当てはめて考えると、「問題」と思うかもしれませんが、これは国民性によるもので、国によって常識が違うために起こっていることです。他国から来た医師たちには悪気はありませんし、そういう行動が当たり前なのです。それらに対して「問題」だと思うことこそが偏見だったり、偏った考え方をしているということになります。

 ですが、相手の行動を受け入れるだけでは、ただのお人よしになり、搾取されるだけの人になってしまいます。私が言いたいのは、拒絶するのでもなく、無条件で受け入れるわけでもなく、なぜそういう行動を取っているのかを国と照らし合わせて考える必要があるということです。

 一度植えついた偏見のフィルターを外すのはとても難しいことですが、できる限り公平な視点に立って、相手の国のことを調べ、どうしてこういった行動を取っているのかを考えてみてもいいのではないかと思うのです。それに何より重要なことは、子どもに自分の考えを伝えないことです。

 大人と子どもでは知っている事柄が少ないため、子どもには偏見の目というものはほとんどありません。偏見が強い性格になっているのだとしたら、それは親の影響でしょう。もしくは、学校の先生の問題ということもあるかもしれません。とにかく、子どもは大人の行動や言葉によって偏見を植え付けられるということを覚えていてください。

 もし子どもたちに、大人の偏った考えを伝えずに、他国の子どもと遊ばせてみたら、どんなことが起こるでしょうか。私はきっとイジメなど起きずに仲良くできると信じております。例え文化の違いがあって、常識にずれがあったとしてもです。子どもは大人よりも柔軟性があります。相手の考え方を受け入れる度量があるため、見たままを受け入れることができるのです。
 多文化共生という考え方が素晴らしいと思っても、すぐにできるとは思ってはいません。現在の世相を見ていれば、それが難しいことを理解しているからです。ですが色んな人がいて、お互いに認め合ったり、尊重し合ったりすることは大事だと思っています。

 そこでまずは偏見の目をなくすこと、そしてお互いを理解しようとすることの2点を、多くの人に取り入れて欲しいと考えています。こうした考え方を持つ人が増えていけば、すぐにはできなかったとしても、次世代、もしくは次々世代ぐらいには多文化共生が当たり前の時代がやってくるのではないかと思っています。

 多文化共生ができている世界では、おそらくイジメは減っていますし、親の問題で他国に行かなくてはいけなくなった子どもたちも安心して学校生活ができるようになっているのではないでしょうか。私は児童精神科医として、そういった未来を思い描きながら毎日を過ごしています。

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