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石川県での大学研修医を終え、国立小児病院(東京都世田谷区)で小児神経科専攻医目指し、住まいを石川県から都内の病院まで歩いて15分のところに移した。小児神経科医になることを強く願ってのことだったが、責任の重さへのプレッシャー、人間関係そして金銭的な問題に悩んで辞めた。

ただ、私は独り身ではない。石川県から東京に来た時に、石川県にいた時に付き合っていた彼女と結婚をして、都内で一緒に暮らしているからだ。つまり無収入では厳しいということだ。もともと収入に関しては、研修医時代に溜めた貯金を切り崩していこうと考えていたが、東京での暮らしは思った以上に生活費がかさんだ。それもあり、私は気が付けば、お金のことばかりを考えるようになり、やりたくもないバイトを始めた。でも、結局のところ、そのバイトが楽しかった。3年目から5年目は病院小児科勤務医をしながらバイトをした。人手が足りなくて困っているからバイトを募集しているので、私のような医師でも歓迎してくれているとわかるのが嬉しかった。しかもバイトは、頑張った分だけ給与がもらえるので達成感もある。

そんな中で奥さんが妊娠し、第1子である長女を出産した。長女は人懐っこく、賢い娘で可愛かった。小児神経科医を目指していたままだったら、時間的にも金銭的にも余裕がなく、娘との関わりも今とは変わっていたかもしれない。だから、私はこの道にしてよかったと自分に言い聞かせた。

1歩1歩住んできた私の医師キャリア。しかしキャリアよりも家族やプライベートを優先させてきた人生。振り返れば、きっと、「これがよかった」と言える未来が待っているはずだ。それに今はキャリアを積むよりも、我が子たちとの時間を優先させたい気持ちが強い。だから、この医師人生を選んで正解だったと言える。ただ、我が子は4人になり、一番上の子が22歳、一番下の子は7歳。まだまだ終焉を語るには早すぎるのかもしれない。

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