私が小学1年生の頃、学校でいじめを目撃したことがあります。
同じ1年生ですが、養護学級の子で、体は私たちよりも一回りも二回りも大きかったのですが、健常者と同じようには会話ができませんでした。その子がトイレで数人に囲まれているのを見ました。私はそのような光景を見たのが初めての経験で、その雰囲気に圧倒され、即座にその場を走って逃げることしかできませんでした。その後、そのトイレには近づかないようにし、見たことを誰にも話すことさえもしませんでした。
数日が過ぎ、私は再びトイレで5人の子どもが、体の大きな1人の子を取り囲んで。酷い言葉をかけ、胸倉をつかんでいるのを横目に見ました。彼らは私を一瞥したものの気にもしていません。「あーあー」と小さな声をあげる養護教室の子。私はまた怖く感じました。私が同じ目に遭ったらどうなるのでしょう?
その時、私とその子の目が合ったのです。助けてほしいと言われている気がしましたが、気づけば私はその場から逃れていました。
後日。学級会の時間に、担任からこの学年でいじめが起きていたことを知らされました。誰かが勇気をもって先生を呼んだのでしょう。それに比べ、私はただ逃げただけの卑怯者です。
人の嫌がることをする。ましてや抵抗できない人を数人で取り囲んで傷つける行為は、まぎれもなく、いじめです。人は誰にも人を傷つける権利などありません。そしてそれを見て見ぬふりをした私も同罪です。
それから私は、いじめをなくそう、いじめに遭っている子がいるなら救おうという気持ちが芽生えました。見て見ぬふりなど、決してはならない。声をあげられる、そんな人になろうと決意しました。
あの時の後悔を常に胸に抱きながら、私はいじめをなくすため、また、子どもの健やかな心身の成長を支えるため、児童精神科医として仕事をするにいたったのでした。
