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「そんなところに隠れてないで、出ておいで~、ウサギちゃん」
「あはは! キツネってば最高~!」
 トイレの外で、キツネとハイエナの二人が楽しそうに笑っています。そしてトイレの個室には、頭を抱えてうずくまっているウサギがいました。
 ここは森の動物学校。森に住む様々な動物たちが、肉食動物も草食動物も関係なく一緒に通っています。この学校での唯一の校則は、肉食動物は他の動物を食べてはいけない、ということです。学校に通っている間は、みんな森の動物学校に通う仲間。例え卒業した後は敵同士になったとしても、卒業までは仲間ということで学校は成り立っていました。
 キーンコーンカーンコーン
 授業が始まる予鈴が鳴りました。
「キツネ、そろそろ教室に戻らないと」
「ちっ、仕方ないな。おい、ウサギ! 今日も放課後は、私たちの荷物持ちだから、逃げるんじゃないよ」
 キツネとハイエナはそう言うと、トイレから去っていきました。二人の気配がなくなった後も、ウサギはガタガタと体を震わせ、しばらくトイレのドアを開けることができません。
「こんな毎日は嫌だよ……」
 ウサギはビクビクしながらドアを開け、外に誰もいないことを確認します。そして、そのまま学校を早退し、家へと帰ったのでした。
 翌日。朝起きると、驚くほどの腹痛でした。今までこんな激痛に襲われたことは、一度もありません。
「痛い……痛いよぉ」
 すると、お母さんウサギがウサギの部屋に入ってきました。
「あら、どうしたの?」
「お腹が痛いの……」
「食あたりかしら? そんなに痛いなら、今日は学校休む?」
「うん……」
 こうして今日は、学校を休むことになりました。ですが、学校に行かないということがわかると、あんなに痛かったお腹が嘘のように痛くなくなり、お昼ご飯前には、すっかり元気になっていました。
「もうすっかり元気ね。これで明日は、学校に行けるわね」
「……う、うん」
 学校に行けるという言葉を聞くと、回復したと思っていたお腹が、チクッと針を刺すように痛みます。ウサギにはどうしてそうなるのかがわかりません。ですが翌日になって、この痛みは自分の身体が、拒否反応を起こしているからだということに気づきました。というのも、翌日の朝、ウサギは再び腹痛になったからです。
「痛いよぉ」
「朝になると痛みだすなんて……。何かあったの? ちゃんとお母さんに話してみて」
 さすがお母さんウサギです。ウサギの様子がおかしいことに、すぐに気づきました。ウサギはお母さんウサギならわかってくれると思い、すぐに学校でキツネとハイエナにイジメられていることを伝えました。
「まぁ! 私の可愛いウサギちゃんに、そんなことをしているの!? 許せないわ!」
 お母さんウサギは、草食動物とは思え入ほど、強いウサギです。怒りのままに、一人で学校へ乗り込みました。そして、校長、教頭、担任にイジメのことを話し、即刻注意を促し、問題児たちを監視しろと言ったのです。すべてを終えて家に帰ってきた、お母さんウサギは、ウサギに話しかけました。
「これでもう大丈夫よ。イジメはなくなったから、明日からはもう学校に行けるわね?」
「……うん」
 ウサギは本当にイジメがなくなったのかわかりませんでしたが、お母さんウサギが学校に働きかけたことは本当だと思ったので、学校に行くことにしました。
 翌日学校へ行くと、確かにキツネとハイエナは絡んできません。いつもは、登校してすぐの時間と、お昼休みの時間、放課後の三回絡まれていましたが、今はもうお昼休みも終わりかけています。
「本当に、イジメが終わったんだ……」
 ウサギの気持ちは一気に明るくなりました。午後は勉強にも集中でき、苦手だった授業も楽しく感じました。でも……。
 その日の放課後。すべての授業が終わり、一人で廊下を歩いていると、目の前にキツネたちが現れたのです。
「よぉ、ウサギちゃん」
「よくも、親に私たちのことチクってくれたね? おかげでどんな目に遭ったと思ってるの?
「まさか、こんな風に、ウサギちゃんに裏切られる日が来るなんてね」
 いつもよりも低い声で話すキツネとハイエナに、ウサギは恐怖を覚えます。
「わ、私は別に……」
 ウサギはすぐに逃げ出そうとしましたが、ハイエナにスピードで勝てるわけがありません。ハイエナはウサギを捕まえました。
「あんたのせいで、ひどい目に遭ったんだ。二度とこんなことをしないように、今日はとことん教育してやるよ」
 キツネはそう言うと、ニヤリと微笑みました。そうして、ウサギは学校裏に連れて行かれ、さんざん酷いことをされたのでした。
 夕方になり、精神的にボロボロになったウサギは、泣きながら家に帰ります。ですが、見えるところに傷は一つもできていませんし、お母さんにバレるわけにもいきません。
「次にお母さんにバレたら、どうなるかわからない……」
 さっきのことを思い出し、ウサギは一人で震えあがりました。そして家に帰ったウサギは、お母さんウサギに帰りが遅かったことについて聞かれましたが、友だちと遊んで遅くなったと嘘をつきます。お母さんウサギは、「それなら仕方ないわねぇ」と嬉しそうに言いました。お母さんウサギは、ウサギが嘘を言っていることに、気づかなかったようです。
 その日の夜。ウサギは、また明日も学校があると思うと、なかなか眠ることができませんでした。今日の放課後にあった、恐ろしいことを何度も何度も思い出してしまうからです。キツネとハイエナは、見えるところに傷をつけるような、傷つけ方はしませんでした。でも、恐怖経験で言えば、今日の放課後にされたことの方が、これまでの何倍も恐ろしかったのは間違いありません。
「お母さんにも言えない。先生も聞いてくれない。他の子たちは見てみぬふり……」
 まだ朝になっていないのに、すでに腹痛が始まります。そしてそのまま、夜が明けてしまいました。
「ウサギちゃん。朝よ~起きなさい」
 お母さんウサギが、ウサギの部屋に入ってきます。もう朝になったのかと思い、ウサギが布団から顔を出しました。
「まぁ、何て顔しているの」
「……お腹が痛い」
「またそれ? もうイジメは解決したでしょ。どうしてお腹なんて……」
「……」
 ウサギは何と答えていいのかがわからず、うつむきます。お母さんウサギが、あきれたような顔をしているのにも、少しだけ傷つきました。
「早く用意しなさい。遅刻するわよ」
「……行きたくない」
「え?」
「行きたくない!」
 ウサギはそう言うと、布団の中に隠れてしまいます。ウサギは登校拒否をしたのです。そんな日が数日続き、担任の先生も家にやってきました。
「ウサギさん。もう学校にイジメはなくなったでしょ。だから出てきてちょうだい」
 そう言って声をかけますが、実際にはイジメはなくなっていませんし、以前より陰湿になっています。そのことを知らない、担任とお母さんウサギは、ウサギのわがままだと勝手に決めつけていました。
「困りましたね」
「本当に、わがままなウサギで申し訳ございません。私が一度でもわがままを許してしまったのが、いけなかったんだわ」
「いえいえ、また来ますので」
「はい、ありがとうございます」
 お母さんウサギは、担任を見送ってから、またウサギの部屋に入ってきました。
「どうしても学校に行くのは嫌なの?」
「……」
「はぁ……。お母さん、学校に行かないウサギは嫌いだわ」
「!」
 お母さんウサギの言葉が、ウサギの心に刺さります。ウサギは、お母さんウサギがいなくなってから、一人部屋で泣いたのでした。

 それから一週間が過ぎました。ウサギは未だに学校に行きません。もう担任の先生も来なくなってしまいました。そんな中、お母さんウサギは、一週間もウサギの声を聞いていないことに気づきました。部屋にこもるようになり、中に入れてくれないからです。食事を部屋の前に置いていても、ほとんど食べていません。
 お母さんウサギは、どうしようかとウサギの部屋の前で、こっそり様子を覗いていました。すると、ウサギが部屋から出て、トイレに入りました。お母さんウサギは、今だと思いウサギの部屋に入ります。ウサギがあんな状態になったのは、絶対に何かあると思っていたからです。
「あら、これは……」
 ウサギの枕元には、日記がありました。お母さんウサギが日記を開いてみると、そこには「もう死にたい」という言葉が、何度も何度も書かれています。
「!!」
 お母さんウサギは、このままではいけないと思い、部屋から出ずにウサギが戻ってくるのを待ちました。そして、
「お母さん……」
「ウサギちゃん。病院に行くわよ」
「病……院?」
 ウサギは、目をパチパチさせます。確かに腹痛を訴えたり、気分が悪いと訴えたりしていたので、病院をすすめられるのもわかります。わかりますが、ウサギはその原因が何なのかを知っているので、行っても無駄だと思いました。
「病院に行っても意味ないよ。私は健康だから……」
「あなたが行くのは、身体のお医者さんじゃなくて、心のお医者さんがいるところよ」
「心のお医者さん?」
 お母さんウサギが言っているのが、内科ではなく精神科だということがわかり、ウサギは首を横に振りました。
「いや……行きたくない……」
「いいえ、行くのよ。お母さん、この日記を読んで決めたから」
 ウサギは、自分の日記をお母さんウサギが持っていることに気づきました。お母さんウサギは、日記に書いていることを読んでしまったのだと悟り、諦めて頷いたのでした。
 心のお医者さんは、森の最も奥にあります。そしてここに通うのは、みな心に何かしらを抱えている動物ばかり。心のお医者さんはゴリラの先生で、看護士はキリンです。
「ようこそいらっしゃった。精神科医のゴリラです」
「先生、今日はよろしくお願いします」
 お母さんウサギは、深々と頭を下げました。
「まぁまぁ、お母さん。頭をあげて下さい。それで、悩みを抱えているのは、ウサギちゃんかな?」
「……」
 ウサギは、体の大きなゴリラ先生を直視することができません。学校でも、こんなに大きな動物を見たことがなかったからです。
「あらあら、先生。怖がられてますわよ」
 首の長いキリンの看護士が、クスクスと笑っています。
「いやぁ、困ったな。ウサギちゃんからしたら、確かに先生は大きいからね」
 ゴリラ先生は、椅子に座るのをやめて、ウサギの前にしゃがみこみ、視線の高さを合わせました。
「これならちょっとは、怖くないかな?」
 ウサギは、自分のために合わせてくれるゴリラ先生を見て、この人は優しい人かもと思いました。
「……怖がったりして、ごめんなさい」
「いやいや、良いんだよ。小さい動物は、大きな動物を見て怖がるのが当たり前だからね。でも、ここは森の心の動物病院だ。先生は敵じゃない、ウサギちゃんの味方だよ」
「……うん」
 ウサギは、こくりと頷きました。そして、学校であったことを、一つずつ説明していきました。イジメに遭ったこと。お母さんが学校に、イジメの告発をしに行ったこと。その仕返しに、陰湿なイジメが始まったこと。そして、そのイジメが本当になくなったとしても、毎晩イジメのことを思い出して、苦しくて仕方ないことを。
「そうか……ウサギちゃんは大変だったね」
「そんなことがあったなんて……何で言ってくれなかったの?」
 お母さんウサギも初めて聞く話だったので、目からは涙が溢れています。
「だって……お母さんに言ったら、もっとひどいことをするって言われてたから……」
「ウサギちゃん」
 お母さんウサギは、小さな体で戦っていたことを知り、ウサギを力強く抱きしめました。
「イジメ問題は、まずはイジメをなくすことが大事だけど、なくなったからといって、イジメられていた子が、すぐに安心して学校に行けるかというと、子どもによって違うものです。お母さんウサギさんは、まずそのことを理解してください」
 ゴリラ先生が、優しい声でそう言います。
「……はい」
 お母さんウサギは、ゆっくりと頷きました。
「ウサギちゃん、学校にはウサギちゃん自身が行きたくなるまでは、行かなくていいからね。その代わり、これからはゴリラ先生のところに、楽しいお話をしに来てくれないかな?」
「ゴリラ先生のところに?」
「うふふ、女同士の話がしたい時は、キリンとしましょうね」
 看護士のキリンも、優しく微笑んでいます。ウサギは、ゴリラ先生とキリンを交互に見てから、ゆっくりと頷きました。そして、お母さんウサギを見ます。
「お母さん。私、ここでゴリラ先生たちと話をしてみたい」
「ウサギちゃん……もちろんいいわよ」
「ありがとう。お母さん」
 その後、ウサギは森の心の動物病院で、ゴリラ先生と看護士のキリンと話をするために、通うようになりました。ウサギは、ここに通うようになってから、やっぱり学校行かなくてはいけないという不安は最初ありましたが、安心感に満たされた日々を過ごすうちに体の調子もよくなり、だんだんと元気を取り戻し、最近ではお母さんウサギに対して笑いかけてくれるようにもなりました。
 お母さんウサギは、ウサギに対して学校に行く事ばかりをすすめていましたが、ウサギの笑顔を見て考え直しました。親として、一番大事なのは、ウサギが学校へ行く事ではなく、笑顔を見せてくれることなんだ、ということです。
 そうして、1年が過ぎた頃……
「お母さん、明日から学校に行きたいんだけど……」
 ウサギは失った自信を取り戻し、学校に行きたいと、自分から言い出したのでした。

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