【医師エッセイ】ヤングケアラーと
現在の日本では、ヤングケアラーについての法令上の規定や位置付けはない。
ヤングケアラーについての取り組みが進んだイギリスでは1990年ごろから、ヤングケアラーへの取り組みがなされ、2014年「子どもと家族に関する法律」において、ヤングケアラーに「支援を受ける権利」が認められた。
障がい児および障がい者診療をする児童精神科医である私は、「きょうだい児支援」が専門領域だ。日本のヤングケアラーのケア対象は全国調査で、兄弟となっている。これも最近になってようやくわかってきたことだ。
実際にヤングケアラーを、「本来大人が担うと想定されている、家事や家族の世話などを日常的に行うことにより、子ども自身がやりたいことができないなど、子ども自身の権利が守れていないと思われる子ども」と定義し、2020年度に行われた研究報告では、家族の世話をしている中学2年生、全日制高校2年生で、「家族の世話をしている」と回答した人のうち、約15~16%が「自分はヤングケアラーにあてはまる」と回答している。その一方で、「あてはまらない」と回答しているのが約42~47%となっている。
しかし、この内容を詳しくみれば、「あてはまらない」と回答している者の中にも、負担が強いられている子どもが多くいることがわかる。家族の世話をしている子どもには、遅刻欠席が多いこと、現在の悩みや困りごとにおいて「進路のこと」「家庭の経済的状況のこと」などの割合が多いことから推察できる。
それなのに「あてはまらない」と回答するということは、自分がヤングケアラーに該当しているのかどうかすら、分かっていないということである。またそして、ヤングケアラーであることを、周りの大人にも認識されていない。周りの大人に認識されていれば、子どもも気づくはずだからだ。それなのに気付けないのは、家族を世話するのは当然のことだと、大人に言われているからではないだろうか。また、
「家族に障がい者がいることは周りに話すな」
「子どもが自ら進んで家族の世話をしたいと言っている。私は強要しているわけではない」
などといった言葉はよく聞く。確かに家族の世話をすることに異論は唱えない。しかし、「子どもらしく生きる権利の侵害」といった視点に立った場合はどうだろうか。
これまでの調査では、家族のケアをしている子どもの割合は4~7%と言われているが、こういった子どもたちは昔からいた。私がまだ子どもだった頃、友達の中にヤングケアラーとして、兄弟のケアをする中で、高校進学や大学進学をあきらめた子、みんなと一緒に遊ぶことができなかった子がいた。
友人の家に遊びに行くと、私とも遊ぶが、家族の介護がメインで、遊びはその合間という子もいた。児童精神科医になってからは、家族の受診のために、通訳として同行する子どももいることを知った。
彼らのことを知ったとき、私たちはどう反応すべきだろうか? 「すごいね」「えらいね」「家族だから仕方がないね」などといった一言で片づけてはいないだろうか?
ヤングケアラーの子どもたちと向き合い、「子どもらしく生きる権利」ため、彼らが孤立しないよう真剣に考え、周りの人や社会が支援をすべきだと、私は考える。
実際、私の友人に「家族のことは家族でなんとかしなければ」という思いで頑張るあまり、一人で悩みを抱え、自ら命を絶ってしまった人がいる。命を絶たなければならないほどつらかったのか、だったらその前に相談してくれれば、もしくは私自身が声をかけていればと後悔している。
ヤングケアラーになる人は、自分の意志でそうなっているわけではない。環境がその人の人生の幅を狭め、夢を持っても叶えるための行動すらできないこともある可能性もある。
ケアをされる側だけでなく、ケアをする側にも十分な配慮をすること。これは大前提にしなければならないことだ。そのためには、子どもや若者が自分のことを犠牲にし過ぎずに、家族のケアに関われるシステムの構築をするということになる。ヤングケアラーに「支援を受ける権利」を認める日本の社会にしていくことが、何よりも大事だと私は考えている。

