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 僕は頑張れば1日で一周できるような島に生まれた。といっても、7歳の僕だと1日では一周はできないけど。大人の人だと自転車を使えば一周できるって言っていた。でも、島のどこに誰が住んでいて、どんなことをしているのかは知っている。島の人たちは、全部で200人ちょっと。だから、島に住んでいる人はみんな家族みたいなもの。僕はそんな、この島が大好きだ。いつまでも、この島にいたいって思う。

 僕にはお父さんとお母さんがいて、お母さんがこの島出身だと教えてくれたことがある。だから、僕の家の近くには、お母さんのお父さんとお母さんが住んでいて、僕にとっては、とても優しいおじいちゃんとおばあちゃんだ。学校から帰ってくると、家じゃなくておじいちゃんとおばあちゃんの家に行く。だって、お父さんとお母さんは仕事をしていて、家には夕食の時間ぐらいにならないと帰って来ないから。お母さんは、それでも夕食を作るために先に帰ってくるから、夕方にはもう家に入るんだけど、僕はまだ小学2年生だから、授業はほとんどが2時で終わってしまう。週に一回だけ3時までの日もあるけど。でも、お母さんが帰ってくるのは4時過ぎだから、やっぱり僕の方が帰ってくるのは早い。

 え? 家に帰っても、お父さんとお母さんがいないのは寂しくないかって? それは全然平気だよ。だって、会いたいと思ったら、お父さんとお母さんが働いているところに行けばいいだけだから。

 僕のお父さんは、この島で唯一のお医者さんをしている。血液内科医というらしいけど、この島には医者がお父さんしかいないから、お父さんは内科だけではなく、島の人の全ての相談事を聞いたり、ケガをした人の手当てをしたりもする。お医者さんの何でも屋みたいなものだ。そんなお父さんは、僕の憧れの人でもある。
「永井~! 待ってよ~!」
 小学校の方から、同級生の松本が手を振りながら走ってくる。松本の家は漁師をしていて、よく僕の家にも大きな魚を届けてくれる。
「松本。どうしたの?」
 僕は松本が、僕の前まで来るまで待ってあげる。
「今日、学校の奴らと海辺の方でキャッチボールをしようって話があってさ。永井もどう?」
「キャッチボールか。いいね、僕も行くよ!」
「よしっ! じゃあ一緒に行こうぜ」
「うん!」
 僕は松本と一緒に海辺へと走った。
 僕が通う小学校は、1年生から6年生まで各1クラスしかない。僕がいる2年生は全員でも5人だ。これでも多い方で、今の6年生は3人しかいないし、1年生は2人しかいない。島から出ていく若者が多く、子どもが少ないという問題も、この島は抱えているという。僕にはまだちょっと難しい話だけど、都会にいけば1学年に2クラスや3クラスある学校もあるし、1クラスに40人もいるというのだから、全く未知の世界だ。この島の人口は、最初にも言ったけど200人ちょっと。40人が3クラスある小学校だと、それだけで、この島の人口を越えてしまうということになる。都会にはいったい、どれだけの人が住んでいるんだろう。でも、関わることのできる人が増えるのは、いい事だと思っている。僕の家には昔からいろんな人が来ていたからというのもあるけど、僕は人といるのが好きだから。
「おーい! 永井を連れてきた」
「おー!」
 海辺に着くと、同級生のやつら3人が先にキャッチボールを始めていた。3人はキャッチボールをするのをやめて、僕たちを迎え入れてくれる。海辺のこの場所は、秋のこの時期、気候もちょうどよく、僕たちはよくこの場所でキャッチボールやかくれんぼなどをして遊んでいた。学校にいる時も、学校にいない時も一緒にいるので、ほとんどの時間を友だちと一緒に過ごしているかもしれない。そして夕方になると、海で仕事をしているおじさんが声をかけてくれる。
「おい、坊主たち。そろそろ家に帰んな。今は日も落ちるのが早いからな」
 海辺には時計はないが、おじさんが声をかけてくれるので、帰る時間がわかるという感じだ。僕たちはまだ遊び足りなかったけど、おじさんの言う通りに家に帰ることにした。
 家に着くと、もうお母さんが帰ってきていて、夕飯の準備を始めていた。
「ただいまー」
「あら、おかえり。今日はおじいちゃんたちの家には行かなかったのね」
「うん。学校からそのまま、松本たちと遊びに行ったから」
「そう。じゃあ、宿題もまだやっていないってことね」
「うっ……」
 お母さんは、こういうひっかけをよくやってくる。だから何気ない言葉でも、気をつけなくちゃいけないと思っているのに、僕はよく墓穴を掘ってしまう。
「夕飯までの時間に宿題をやってしまいなさい」
「……はーい」
 小学2年生になると、小学1年生の時よりも、宿題の量が増えた。ただ僕はそれほど勉強が嫌いじゃないので、集中してやれば30分もかからずに終わってしまう。ただ、やろうとするまでに誘惑が多くて、つい後回しになってしまうだけだ。そのことを、お母さんは知っているから、期限を決めて宿題をするように言ってくる。
「お母さんだけは、まだまだ何を言っても勝てないんだよなぁ」
 僕はそう呟いた。でも、お母さんに勝てる家はどこにもないということは、友だちと話していて知っているので、特別僕のお母さんが最強というわけではないんだと思うけど。
「ただいま~」
 玄関からお父さんの声が聞こえてくる。僕は漢字ドリルの最後の文字を素早く書き上げると、すぐに玄関へと走って行った。
「おかえり~!」
「おー、マサ。ただいま」
 お父さんは優しく微笑むと、僕を抱っこしてくれた。お父さんは医者だけど、力持ちで、僕ぐらいの体重なら軽々と持ち上げることができる。
「お父さん。あのね、今日ねーー」
 僕は今日あったことを、お父さんに話始める。お父さんはニコニコしながら、僕の話を聞いてくれた。いまでこそ、こんなお父さんだけど、僕が生まれてくるまでは、寡黙な人だったと、お母さんから聞いたことがある。僕は『寡黙』というのが、どういう意味なのかが分からなかったので、わざわざ辞書で調べたほどだ。だけど、お父さんは寡黙とは全く違うように見えるから、本当にそんな頃があったのかなと思ってる。
「ねぇ、お父さん。明日は土曜日だよ」
「ん? そうだな。病院に遊びにくるか?」
「うん! 行く!」
 そう土曜日は小学校はお休みだけど、病院は午前中まで開けている。だから僕は、土曜日は大抵、病院に遊びに行っていた。お父さんが働いているところを見ることができるし、僕にもお手伝いできることがあるかもしれないからだ。といっても、僕がお手伝いをお願いされたことは一度もないけど。それでも、島のみんなから頼られている、お父さんの姿を見るのは、とても誇らしかった。
 翌日。土曜日の朝、僕たちは一緒に朝食を食べて、病院に行く準備を始める。こうしていると、僕も一緒に働いているような気分を味わえる。お父さんが働いている診療所は、家から徒歩で15分ぐらいのところにある。待合室と、診察室が1つずつしかない。お父さんが島に来るまでは、病院が一つもなかったから、病気になったりケガをしたりしたら、島から出ている連絡船に乗って本島の病院に通っていたというから、それはさすがに驚いた。だから、今では島の人も、お父さんの診療所がなくなってしまうことは、考えられないと思う。
 そんなお父さんの一人息子が僕なわけだけど、誰も僕にお父さんの診療所を継いでほしいとは言わない。僕がバカだからというわけじゃなくて、僕には僕の人生があるから自分で決めたらいいというのが、お父さんたちの望みだったからだ。お父さんもお母さんも何も言わないし、島の人も誰も何も言わなかった。実は僕は、それが少し寂しかった。だって、友だちの松本は、幼い頃から親に漁師を継げと言われているらしく、幼稚園の頃には完璧に泳げるようになっていたし、今も漁へ一緒に行ったり、魚の話をよく聞かされたりすると言っていた。本人は「俺の人生を勝手に決めるなよな」なんて言っていたけど、僕にはただ悪態をついているだけで、本当は嬉しいんじゃないかなって思ってる。だからいつか、お父さんとお母さんに、僕にこの診療所を継いでほしいと言わせたい。それは僕のひそかな願いだ。
 診療所に着くと、お父さんは白衣を着て診察室の整理整頓。お母さんはエプロンを付けて受付周りと待合室の掃除を始める。僕はと言うと、待合室と診療室の窓を開けて空気の入れ替えをしてから、診療所の前の掃除をする。ここでは、僕にも役割があるので嬉しい。僕が診療所の前で掃き掃除をしていると、診療時間前だけど島で飲食店をしている柳夫婦がやって来た。
「マサちゃん、おはよう。もうお父さんは来てる?」
「おはようございます! 柳さん。来てるよ。ちょっと待ってね」
 僕は勢いよく中に入り、お父さんとお母さんに柳さんのことを伝える。すると、お父さんは診察室の扉を閉め、お母さんは僕と一緒に診療所の外に出た。
「あらあら、柳さん、おはようございます。どうぞ中へ」
「診療時間前なのに、ごめんなさいね」
「いえいえ、飲食店だと仕込みの時間もあるし、早い時間しか病院に来れないですから」
 そう言って、お母さんは柳夫婦を診療所の中へと案内した。僕は、まだ掃き掃除が終わっていないので、掃除を続ける。こういったやり取りを見ていると、お互いがお互いのことを思いあっていて、いいなぁと思う。僕はまだ、どの職業を仕事としていると、どの時間が空いていて、どの時間が忙しいのかを知らない。でも、お父さんとお母さんは、その全てを把握しているようだった。医者というのは、そういうものなんだと思う。ただ僕は、お父さんとお母さん以外の医者を見たことがないから、他の医者もそうなのかはわからないけど。
 でも、僕が生まれたのは本島だ。この島には助産師がいないから、帝王切開が必要な場合は、この島で産むことができないと聞いた。僕は難産で生まれた子どもだったと、おじいちゃんとおばあちゃんから聞いたことがある。それに、お父さんもこの島に来た時は、何か大きな病気を抱えていて、この島で暮らしながら本島の大学病院に通っていたそうだ。僕も、その大学病院で生まれたわけだけど、僕の記憶の中にはない。あの連絡船の向こうにある本島が、どんな場所なのか知らないのだ。物心ついた時から、お父さんもお母さんも忙しかったし、おじいちゃんとおばあちゃんも民芸品を作っているので忙しい。だから僕は、この島のことしか知らない。でも、中学校がこの島にはないから、連絡船に乗って、本島の中学に通うことになっている。本島のことを知るのが、なんとなく怖い気がしているのは、本島に行った人たちが、この島に帰ってくることがほとんどないからかもしれない。
 それから月日は流れ、僕は中学生になった。僕は相変わらず仲のいい松本たちと一緒に、今日から本島にある中学校へ通う。入学をする前に、何度か両親と本島に行ったが、島とは全く違っていた。たくさんの人が行きかい、たくさんのお店があった。電車やバスもあり、これが都会かと思って感動した。でも、お母さんがこっそり教えてくれたのだが、これでもまだ田舎と言うらしい。お父さんの実家がある、神奈川県の横浜はもっと都会だし、神奈川県の隣にある東京は、もっと人が多いと言っていた。これ以上人が多かったら、どうやって名前を覚えるのだろうと僕は思った。人の顔と名前を覚えるのが得意だけど、行きかう人々の顔をすべて覚えられるかと言えば、正直自信がない。
「永井~! 中学校って、あっちだったよな。早くいくぞー!」
「あっ、うん!」
 連絡船を降りて本島に着いた僕たちは、ちょっと不安げな気持ちを押し込めつつ、中学校へと向かった。これから新しいところで勉強をするんだから、不安な気持ちもあるし、新しい世界に飛び込むという好奇心もある。この感情は、一言では言い現わせなかった。
 町の広さに戸惑いながら、僕たちは中学校に着く。2度ほど、この中学校に両親と来たものの、まだこの大きさには慣れなかった。そして、同級生に会うのは今日が初めてだ。この中学校では、1学年に3クラスあり、1クラス30人だと聞いている。どのクラスも男子15人、女子15人で、僕は松本と一緒のクラスになれたが、他のやつらとはクラスが別れてしまった。でも、と言うことは、30人クラスの中で知り合いは松本しかいないということでもある。28人も一気に知らない人が同級生になるのだ。
「永井……覚悟はできてるか?」
「もちろん……。なんだよ、松本は怖気づいているのか?」
「んなわけないだろ。行くぞ!」
「うん!」
 僕たちは下駄箱で靴を脱いで、たくさんの同じ年代、同じ制服を着た生徒たちの横を歩いて、自分たちのクラスへと向かう。教室に入ると、すでに多くの人が教室の中にいた。そこにいる人たちは、僕たちが通っていた小学校全体の人数よりも多い。それに、なんだか少し大人びた雰囲気のするクラスだった。
「ここが俺たちのクラス」
「そうみたい……」
 僕たちは黒板に書かれている席に座る。出席番号順に並んでいるので、永井と松本だと関は少し離れてしまった。おかげで僕の周りは、知らない人しかいない。ドキドキしながら席に座ると、前の席に座っていた男子が声をかけてきた。
「俺、戸田っていうんだ。よろしくな!」
 屈託のない笑顔であいさつをされ、僕は少しほっとした。
「僕は永井。よろしくね」
 僕も笑顔で挨拶を返す。戸田と僕が仲良くなるまで、そんなに時間はかからなかった。戸田は本島出身で、中学校から徒歩10分圏内だと言う。僕と松本は戸田と一緒にいることが増え、僕は本島の中学校に馴染むことができた。
 そんなある日の昼休み。僕たちは教室でお弁当を食べていた。
「へー松本の家は漁師なんだ。かっこいい! 松本も手伝ったりしてるなんて、大人だな」
「ふふん、まぁね。これぐらい当然だよ」
 あんなに漁師の手伝いをするのは嫌だと言っていた松本だが、戸田に褒められると途端に自慢モードに入った。戸田の親はサラリーマンと言うやつで、企業勤めをしていると言う。ただ企業で何をしているのかは知らないらしい。それに比べて、松本の親はわかりやすい職業だから、すぐに想像ができて、羨ましいという発想になったのだろう。
「今度、釣りを教えてくれよ。うちの父ちゃん、釣りが苦手で連れていってくれなくてさぁ」
「いいよ。じゃあ、次の休みに島に来いよ。三人で釣りをしようぜ」
「いいね!」
 僕も松本と一緒に釣りをしたことがある。その日に自分で釣った魚を食べるというのは、楽しいし、誇らしく感じていた。それに、戸田が僕たちの島に来てくれるというのも嬉しかった。島の人間以外が島に来ることはめったになかったからだ。
「そういえば、永井のところは診療所なんだろ?」
「あれ? 僕、話したことがあったっけ?」
「ううん、こっちでも永井の家は有名だから」
「え?」
 僕は戸田の言葉に驚いた。
「有名?」
「あれ? 知らないのか? 都会から島に移住して診療所を作った名医って言われてるんだ。俺の母ちゃんは、何回か永井の診療所に行ったみたいだぜ?」
「えぇっ!?」
 確かに診療所には知らない顔の人も時々来ていた。だけど、それが島の外から来ている人だという発想はない。島の人の顔を全部知っていて、知らない人がいるということは、そういうことなのに、僕はちゃんと理解していなかった。
「この中学に来ている奴の中にも、何人かは行ってるんじゃないかな。連絡船から近いところに住んでると、以外と島って近いし」
 僕が住んでいる島は確かに小さな島だが、本島との距離は連絡船に乗っても30分もかからない。だから僕たち島の子どもたちも、本島の中学校に通っているわけだけど。
 僕は色々なことに驚いて、頭がついていかなかった。ただ、僕がすごいと尊敬しているお父さんが、本島でも認知されていて、頼られているということは嬉しい。
「なぁ、永井も将来は医者になるのか?」
「えっ?」
 僕はそんな言葉を投げかけられたのが、実は初めてでとても新鮮だった。お父さんもお母さんも島の人たちは、僕に医者になるのかとは聞いてくれなかったから。ただ、幼稚園の時に、将来なりたいものは何かと聞かれて『医者』と答えたことはある。けど、小学生になると、周りから聞かれないこともあって、『医者』と答えるのはタブーなのかもしれないと思い口にするのをやめた。けどそれでも、周りの人は何も言わなかった。
「そんなに驚くこと?」
「僕の周りの人は、僕に医者になれとは言わないし、医者になるのかとも聞かないから」
「そうなんだ」
 戸田はそれ以上、僕に医者になるのかどうかを聞いてこなかったが、僕は聞かれてとても嬉しかった。ということはつまり、やっぱり僕の夢は……。
 その日の夜。僕は夕食を食べ終えると、お父さんとお母さんの前で、伝えたいことがあると言った。
「どうしたんだ、あらたまって」
「もしかして中学校で何かあったの?」
 お父さんとお母さんが、心配そうな顔で僕を見てくる。
「違うよ。僕……ずっと考えていたんだけど、やっぱりお父さんの跡を継いで医者になりたいんだ。だから僕、もっとちゃんと勉強をしたい……!」
 僕がそう言うと、お父さんもお母さんも驚いた顔をする。
「マサ。医者というのは、そう簡単になれるものじゃない。しかも、島出身のお前では、すでに同学年の子たちと勉強量での差がついている。とても辛くて険しい道だぞ?」
 お父さんは脅すように言ってくる。けど、それは脅しではなく、本当のことを言っていると僕はわかった。血液内科医のお父さんが、島の人たちのあらゆることを観るために、夜中にこっそりと勉強をしているところを見たことがあるからだ。周りに「あの人はすごい」と言われていても、お父さんは常に勉強を続けていた。だからたぶん、医者になることを決めたら、今まで見たいに遊んでばかりの毎日は過ごせなくなることも、わかっている。それもあって、きっとお父さんとお母さんは、僕に「医者になれ」「跡を継いでほしい」とは言わなかったんだろうと言うことも、中学生になれば理解できた。
 それでも僕は、戸田に「医者になるのか?」と聞かれたことが嬉しかったんだ……!
「わかってるよ。でも、僕はお父さんみたいになりたいんだ!」
 僕は真っすぐにお父さんの目を見つめた。
「……本気なんだな」
「うん!」
「……あなた」
「わかってる。マサが本気なら俺は止めない。だがもう一度だけ言っておく。医者への道は、とても厳しいぞ。今この瞬間から、勉強がメインの人生になるんだからな。ただ、本当になりたいんだったら……俺たちはお前を応援するよ」
「お父さん!」
 僕はお父さんに飛びついた。こうして僕は、中学生から医者になるために勉強をし始めた。あとから知った話だけど、お父さんのお父さんとお母さんも医者をやっていて、小さい頃から医者になるように育てられており、それがとても窮屈で辛かったから、自分の子どもにはそんな負担をかけたくなかったと、僕が大人になってから聞かされた。確かに、幼稚園の頃からずっと医者になるためだけに毎日を過ごしていたら、僕はこの島で伸び伸びと過ごせなかっただろうし、キャッチボールも、かくれんぼも、釣りも知らない人生だったのかもしれない。僕は、元々勉強が好きで、できる方だったけど、それは遊びに比重を置いて勉強をしていたから、勉強に対するプレッシャーが全くなかった。「こうしなければいけない」「あぁしなければいけない」という固定概念も、僕にはない。何でも自由にさせてくれる両親と島が、僕の心を開放的にしてくれたんだと思う。
 僕は中学1年の秋から勉強を始めて、2年からは本格的に受験に向けて勉強をし始めた。そして全寮制の私立の名門高校に入り、島を出た。そこからはとても時間も早くて、僕は大きな挫折をすることもなく医大に入った。医大は東京にあったので、さらに島が遠くなったけど、家族も島の人たちも、みんなが応援してくれていた。毎日が忙しくて、お正月にしか帰らなくなっていったけど、僕は島の暖かさを忘れることはなかった。東京にいても、どこにいても、僕の居場所は島にあると思っていたし、こうやって東京で最先端の医療を勉強することは、絶対に将来役立つと思っているからだ。
 大学を卒業したら、すぐにでも島に戻ろうと思っていたけれど、大学の教授に気に入られて、都内の病院でしばらく働くことになった。研修をしながら、医師免許を取り、周りに支えられながら僕はたくさんのことを吸収した。島を出てから、本当にたくさんの人たちと出会ったけれど、僕はどんな人とでも仲良くなれるスキルを持っていることが、何よりの武器だ。きっとそれは、あの島でみんなが僕のことを愛してくれていたから。だから、どんな仕打ちにあったとしても、やり返すことなく、共同するためにはどうしたらいいのかを考えて、仲間を増やしていった。
 そして、大学を卒業してから5年。僕はついに、生まれ育ったあの島に帰ることにした。今日帰ることは、お父さんとお母さんにはもう伝えてある。本島から島に向かう懐かしい連絡船に揺られながら、僕はこれからの人生を考えた。お父さんのような医者になりたいというのが始まりだったけど、今の僕は、僕だからこそできることをしたいと思っている。島の人たち、そして診療所に来てくれる人たちが笑顔で暮らしていけるように頑張るつもりだ。僕の医者としての本当の人生は、ここから始まるんだからーー。

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