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『夢のはなし① 松本清張の弟』《掌編小説》

 noteを通じて私は、酒井信先生の『松本清張の昭和』(講談社現代新書、2025年12月)を拝読、それまで推理作家としての側面しか認識していなかった松本清張の純文学作品に興味を持ち、2026年になってから、清張の初期代表作『西郷札さいごうさつ』と芥川賞受賞作品『或る「小倉日記」伝』を読んだ。清張の誕生日が私と同じ2月12日ということも知った。
 清張に弟はいなかった。これは私の夢の中での体験談だ。

 その世界で私たちは会話を交わすことなく、テレパシーで瞬時に意思の疎通を図っていた。そして類まれなる文学的才能を持ち、珠玉のようなコトバを紡いでくれる人と出会った私は、たちまちその人の虜《トリコ》になった。

 その人の姿は、現実世界でのようにハッキリとは見えなかった。ただ20代後半から30代前半の中肉中背の男性で、長くも短くもない黒く豊かな髪で、はっきりとした眼(まなこ)が印象的で、俳優の北村一輝に似ていた。
 彼は松本清張の弟、という情報が私の意識にインプットされた。
 その清張の弟から発せられた、先鋭な文学的メッセージに酔いしれながら、私は彼自身であり、彼もまた私自身であると感じた。これがあの〝ワンネス体験〟なんだろうか?

 清張の弟とのワンネス体験に満足した私だったが、いつの間にか場面は変わり、現存していない母方の祖父母の家に私はいた。
 その家は埼玉県の農村にあって、南側は田圃だった。その世界に家はあったものの、祖父母、そして同居していた叔母夫婦もその世界にはおらず、家は廃屋となっていた。それでも、親族の誰か(?)の葬儀があるようで、私は一人、廃屋となっていた祖父母の家の西洋風の応接間にいた。
 現実世界の私は4年前に煙草をやめていたが、応接間には昔まだ150円か180円だった「セブンスター」の箱があり、中に数本残っていて、私はそのうちの1本に火をつけて吸い始めた。ふと気づいたら、年長のいとこたちが3人、姿を現した。うち人は煙草を吸っていた。

 すると1匹のスズメバチが飛んできた。空中でホバリングしているスズメバチに近づいて、その姿を凝視した私は驚いた。
 私のたなごころの直径、つまり約20㎝ぐらいの大きなスズメバチは、米軍のB52戦略爆撃機の精巧なミニチュアでもあったのだ。
 爆撃機のくせにエンジン音ではなく、蜂の羽音をブンブンと響かせながら、B52姿のスズメバチは、私をめがけ飛んでいた。私はただ怖くて逃げるしかなかった。
                  了

B52戦略爆撃機。私が10歳のときの夏休み(1971年8月8日)の夜、母方の祖父母の家に泊っていて観た、スタンリー・キューブリック監督『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』(1964年公開)より。
スタンリー・キューブリック監督『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』で、世界が核爆発で破滅する直前のシーン。筆者は、コング少佐が水爆にまたがって落ちていくこのシーンだけ憶えています
10歳の夏休み、祖父母の家で観た映画のタイトルと、その映画の監督がキューブリックだったことを知ったのは、つい2,3年前のことでした。

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