第2章 静かに崩れていった日常〜中学3年生の冬〜
「もう学校に行けないのかもしれない」――
そう思ったのは、中学3年の冬休みが明けたころだった。
受験目前の緊張感が高まる時期。
朝になっても、さくらは自室から出てこなかった。
心配になって様子を見に行くと、ベッドに横たわったまま、声を押し殺して泣いていた。
「どうしたの?体調悪い?」と声をかけても、返事はない。
うるんだ瞳でこちらを見つめるだけで、さくらは何も言わなかった。
その日は無理をさせず、学校を休ませることにした。
当時はまだコロナの影響が色濃く残っていた時期だったこともあり、
担任の先生も「受験が近いので無理をさせずにゆっくり休ませてください」と配慮の言葉をかけてくれた。
ただ、その時すでに私は、胸の奥で**「これはただの体調不良ではない」**と感じていた。
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不安の正体が言葉になった日
夜、少し落ち着いたさくらが、ぽつりぽつりと話してくれた。
「学校に行くとね、教室のザワザワした声とか音が、自分のことを責めてるみたいに聞こえるの。みんなが私のことを悪く言ってるように思えて、胸が苦しくなって…息がうまくできなくなるの」
そして、こうも言った。
「朝、起きようとしても、身体が重くてベッドに沈んでいくみたいなの。目が回ってふわふわして、地に足がついていない感覚。力が入らないの」
泣きながら、手足を震わせながら、なんとか伝えようとする娘の姿に、私はただそばにいることしかできなかった。
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予約が取れない心療内科、近所の神経内科へ
これは思っていた以上に深刻だ。
そう確信した私は、翌日から学校を休ませ心療内科の予約を取ろうと複数の病院に電話をかけた。
だが、どこも予約が取れるのは1ヶ月以上先。
そんなに待っていられない。
まずは症状に合わせて、近所の神経内科を受診した。
頭痛やめまいの症状があった為、血液検査・レントゲン・ストレスチェックなどの検査をを行った。
検査の結果、ストレス指数が高めとのことで、不安時に飲む安定剤が処方された。
内科の医師は娘の様子を見て
「受験もあり少し不安になっているのかな?でもねみんな同じだからね。
気持ちを強く持って頑張らないと。」と言った。
さくらは「はい・・・」と力無く答えた。
みんな同じなんだから・・・
頑張らないと・・・
今のさくらに一番言わないでほしい事を言われた。
学校に連絡を入れたところ、
「来週は私立高校の入試が控えています。無理をさせず、自宅で体調を見ながら過ごしてください」
と、ありがたい配慮の言葉をもらった。
私立入試まで一週間を切っていた。
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母としての焦りと、小さな日常の工夫
さくらは日中、何度も不安に襲われ、そのたびに頭痛やめまいが起こった。
感情の浮き沈みも激しく、夕方から夜にかけて特に不安定になっていた。
ぼーっとしていたかと思えば、突然泣き出す。
何がきっかけなのか分からないまま、胸の内の何かがこぼれ落ちているようだった。
私は、できる限りのことをした。
昼間はランチに連れ出したり、短い散歩を一緒にしたり。
気持ちが落ち着いているときは安心した表情を見せ、笑顔も戻る。
でも夜になるとまた不安が襲ってきて、何度も目を覚ましていた。
とにかく、さくらから目を離さない様にしていた。
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「こんな自分が大嫌い」
ある晩、さくらがぽつりと漏らした。
「毎日、当たり前に学校に行くこともできない。
普通の生活が送れなくなった。
こんな自分が、本当に嫌だ。
みんなに心配や迷惑ばかりかけて、私は本当にダメな人間だと思う。
…こんなやつ、いなくなればいいって、毎日何度も思ってる」
その言葉に、私は胸が締めつけられた。
「そんなことないよ。ママはさくらが一番大切だよ。そんなふうに思わなくていい。今はゆっくり休もう。」
そう伝えながら、私は心の中で叫んでいた。
お願いだから、さくらの命が、この重さに負けませんように――。
私はその日、勤務先に「しばらく休ませてください」と連絡を入れた。
退職になるかもしれない。それでもいい。
今、何よりも大切なのは、さくらのそばにいること。それしかなかった。
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私立入試と、家族で支えた2日間
私立高校の入試を2日後に控え、担任や夫とも何度も相談を重ねていた。
当日のことを思うと不安は大きかったが、本人の意思を尊重しよう。
前日、さくらが静かにこう言った。
「私立受験、頑張ってみるよ」
その一言に、私たちは救われた気がした。
試験は2日間、どちらも午前中で終了する形式だった。
当日は6歳上の長女も心配して仕事を休み、会場まで付き添ってくれた。
私は車で送り、長女がさくらを連れて会場前まで付き添った。
その間、私は駐車場でずっと待機していた。
何かあればすぐに迎えに行けるように。
私も長女も、祈るような気持ちでその時間を見守った。
結果、さくらは無事に私立高校に合格した。
あのときの安堵に満ちた笑顔は、今でも忘れられない。
「面接の時、めまいがひどくて倒れるかと思った。でも頑張った。
なんとか乗り切れた」
そう話したさくらを、私は何度も何度も褒めた。
長女にも感謝の気持ちでいっぱいだった。
本当にありがとう!
さくらもお姉ちゃんが校門まで手をつないで行ってくれた事、
優しく送り出してくれた事が、心強かったに違いない。
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芸術学科への夢と、公立受験の決断
だが、受験は終わりではなかった。
さくらには、ずっと憧れていた公立高校――芸術学科のある高校の受験が控えていた。
幼い頃から絵を描くことが大好きだったさくらは、その高校の美術専攻を目指していた。
受験前も、デッサンの評価をもらいに何度か足を運び、高校側もさくらの
受験を承知していた。
ただ、体調の不安定さを見ていた私としては、私立への進学でもいいのでは…と悩んでいた。
担任の先生も言っていた。
「無理はできないけど、さくらさんが行きたい高校なら本人の意思を大事にしてあげてください」
最終的に、さくらは自分で決めた。
同じ高校を目指していた友達の後押しもあり、再び覚悟を決めたのだった。
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自分で決めて、乗り越えたもうひとつの受験
私も、もう心配ばかりしてはいられない。
「やりきった」と思えるように、さくらが納得できる選択をしてほしい。
心療内科の初診予約日はまだ先だったが、それまでの間、私はできるすべてのサポートを続けた。
公立高校の受験当日も、2日間とも送り迎えをし、無事にすべてを終えることができた。
そして――結果、公立高校にも合格。
さくらは、この状態でも自分がやりきれたという達成感を確かに感じていた。
しかし、合格後も心の不安定さは消えなかった。
「学校に行くと、視線が怖い」「息苦しい」「体がついていかない」
そんな声が、日に日に増えていった。
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卒業式、けじめの一歩
結果として、さくらは中学の卒業まで、ほとんど登校することができなかった。
行きたい気持ちと行けない現実。その狭間でさくらはずっと葛藤していた。
それでも――
「卒業式だけは、ちゃんと行きたい」
そう言ったときのさくらの表情は、決意に満ちていた。
通えなかった日々を、責めるのではなく受け入れて、
未来へ進むために、一歩を踏み出したいという彼女なりの“けじめ”だった。
式当日、緊張で震える手を、私はそっと握った。
体育館に入る瞬間、何度も深呼吸をするさくらの背中は、少しだけ大人びて見えた。
その姿は、確かに前を向いていた。
式が終わってから「行けてよかった」と涙ぐんださくらの顔は、
ここまでの日々を乗り越えてきた証そのものだった。
“あの日常”はまだ戻っていない。
どうか高校生活の中で、少しでも希望を感じてくれますように。
そして、いつかまたあの笑顔を取り戻せますように。
そんな祈りが、私の胸の奥に静かに灯っていました。
物語は次の章へ――
高校生活の始まりとともに、さくらの日常に新たな変化が訪れました。
笑顔の裏で揺れ続ける心、そして再び訪れる不安。
その時、母として私が向き合った現実とは――。
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