第3章 高校生活の始まりと揺れ始めた心
高校に入学してからの1ヶ月ほど、さくらは毎日登校していた。
新しい友達もでき、帰宅後には「今日はこんなことがあってね」と楽しそうに話してくれた。
美術が学べる環境は、彼女にとって長く望んできた舞台。私も、このまま何事もなく進めますようにと願わずにはいられなかった。
さくらが進んだのは芸術学科・美術専攻。1年生の最初から大学受験を見据えた日々が始まった。作品をまとめるポートフォリオ作成、土日は外部講師の講座、部活は実質的に美術部一択。まさに「美術漬け」の毎日だった。
はじめは、好きなことに向き合える喜びが勝っていた。けれど、だんだん疲れが顔に出るようになっていく。そんな中、さくらは美術専攻のリーダーに立候補した。
「休めない立場」をあえて選ぶことで、居場所を確保し、自分を奮い立たせるためだったのかもしれない。親の私から見ると、その頑張り方は少し危うかった。
やがて、リーダーという立場から指示を聞いてくれないクラスメイトへの不満が増え、自分の作品に対する先生の評価への疑問も口にするようになった。
真面目な性格が加速して、完璧でなければ気が済まない、遊びの余白を許せない。その厳しさを自分にも他人にも向けてしまい、友人関係が少しずつ
軋み(きしみ)始めた。
そして、作品の質にも揺らぎが出る。気持ちの乾きは、絵にも線にも表れてしまうのだと、私はこの頃のさくらを見て知った。
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はじめての心療内科
入学から約一ヶ月。さくらの希望もあり受診を先延ばしにしていたが、朝起きられない日が増え、5月にはじめて心療内科へ。
私もさくらも、不安を抱えて病院に向かった。起立性の問題なのか、別の心の病なのか、まだ見当がつかない。
診察では検査はなく問診のみ。医師は「いまは不安が強いのかもしれません。しばらく薬で様子を」と説明した。
まだ15歳。精神の薬を毎日という言葉に迷いがよぎる。けれど「心のざわめきを落ち着かせる」低用量からとのことで、通学時は周囲に気づかれないよう服用を続けた。
ところが、症状の改善は乏しく、むしろ気分不良が出る日があった。さくらは自分で薬の情報を調べ、代謝低下や体重増加といった副作用を知ると、服用をやめた。年頃の娘にとって、体の変化は切実だ。
次の受診で医師は厳しい口調で言った。
「なんで全部飲まないの? それでは受診の意味がない」
弱っている子に向けられたその言葉に、私は信頼を失った。安全に向き合うための不安や葛藤までも「指示不履行」として切り捨てられた気がした。
そして、この病院にはもう通わないと決めた。
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思春期外来のある精神科へ――そして、新たな不安
薬の副作用や気分の波に悩まされる中、さくらに新たな症状が現れた。
「なんか最近、変なものが見えたり、声が聞こえてくる……」
「怖い女の人とか、帽子をかぶった小さなオバケみたいなのとか」
「お前は使えないって誰かが私に耳元で囁く感じがする」
食事の最中、さくらは突然、箸を持つ手を止めた。何かを探すように視線を天井の方へと上げ、しばらくじっと一点を見つめている。私が「どうしたの?」と声をかけても、すぐには返事をしない。その瞳は、そこに何かが確かに存在しているかのように動かず、食卓の空気だけが静かに張り詰めていった。
この子はどうなってしまうんだろう。
次に予約が取れたのは、思春期の子どもを診てくれる専門医がいる精神科。
期待と、前回のやり取りが残した不安を抱えながら受診した。
診察でそのことを伝えると、医師は短い問診の後に言った。
「統合失調症だと思います」
検査はなく、診察室の空気が一瞬で固まった。
その病院では、前と違う種類の薬が処方された。説明は「幻覚や妄想を抑える目的の薬」。一方で強い眠気、体の重さ、代謝への影響などの副作用があると知り、私たちは本や信頼できる情報源を探し、何度も話し合いながら服用を続けた。
さくらは言った。
「統合失調症って怖い病気だよね。私は本当にその病気なのかな……」
その病院は開院前から長い行列を作り順番待ちをする。炎天下でも真冬でも列は続いた。
日陰のない場所で、精神的に消耗し切っている娘を1時間以上並ばせる。
「私たちが本当に安心して頼れる場所は、どこなんだろう」――そんな問いが、通院のたびに胸に浮かんだ。
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学校と家庭、揺れる出席日数
夫は穏やかに言った。
「もっとさくらに合う病院があるかもしれない。少し落ち着いて探そう」
私たちはいったん病院探しを止め、学校の様子を見ながら過ごすことにした。
さくらの登校は、2日行って1日休む、そんな波のある日々に変わっていく。処方された薬の副作用のせいか、無気力になり何に対してもやる気が起こらないという状態になる事が増えていった。2学期の終わりには出席日数がぎりぎりになり、足りない教科は補習と追試でなんとかカバー。
三学期も同じような綱渡りが続いた。ある日、教務主任からこう告げられる。
「このままだと進級が難しくなるかもしれません」
夫と相談し、県立の精神病院を予約した。大きな病院――それだけで、私たちは少し緊張したが、とにかく一からちゃんと診察してもらおう。
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県立精神病院の初診、そして入院の提案
診察当日。最初にさくら1人でゆっくり問診を受け、その後に私も呼ばれた。
さくらの様子、これまでの経緯、抱えている不安。医師は黙って聞き、そして落ち着いた声で言った。
「検査も兼ねて、2週間ほど入院しましょう」
「え……入院、ですか? 検査だけでも、2週間も?」
「はい。今の状況は入院が妥当だと判断しました。幻覚・幻聴があるからといって、すぐに統合失調症と決めるのは早計です。内科的な検査から発達特性の評価まで、総合的に見ていきましょう」
その瞬間、「発達障害」という言葉が耳に残った。
聞いたことはあったが、まさか自分の娘にその疑いが向けられるとは考えもしなかった。頭が真っ白になり、心の奥で何かがざわつく。けれど、今は動揺を悟られまいと、必死に表情を保った。
私は息をのみ、さくらの表情を見た。
「入院して何かはっきりするなら、検査を受ける」
その一言には、恐れと同時に、前に進みたい意思があった。
私は迷っていた。精神病院への入院生活が、娘にどんな負担を与えるのか。けれど、さくらの前向きな決意を尊重したい。入院を受け入れると、私は静かに頷いた。
高校に入院のことを報告すると、担任は目に涙を浮かべた。
「そこまで大変だとは思っていませんでした。学校では明るく振る舞っていたので……。怠けていると感じた教科担当もいたかもしれません。こちらで共有し、今後の対応を考えます」
やっと、見えていなかった現実が学校にも届いた瞬間だった。
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春休み、入院の準備と、遡って見えた心の傷
春休みに入ってすぐ、入院が決まった。私とさくらは、必要なものを一つずつカバンに詰めながら、これまでのことを話した。
そのとき、さくらが静かに切りだした。
「調子が悪くなってから、ずっと過去を振り返ってた。
小学校の高学年、女の子の友達とのトラブルが増えて、男の子に見た目をからかわれた。言い返したときもあったけど、どうして私にばかりって思った。
それを見てみんなが笑って、誰も助けてくれなかった。
中学に入ってからも尾を引いて、何を言ってもいい存在みたいに扱われた。『死ね』と言われたことだってある。
女子のグループに馴染めず、中2のときはずっと仲間外れ。
仲良くしてくれた子もいたけど、本当はもっと前から学校に行きたくないって思ってた。
私の悪いところはどこ? 直すべきところは? って、いつも考えてきた。
1番辛かったのが幼稚園からの友達が見て見ぬふりされた事、声もかけてくれなかった。私が逆の立場だったら心配して連絡するよ?なぜ?って。
孤独で、しんどかった。
高校で一からやり直せると思っていたけど、頑張ろうと思えば思うほど疲れちゃって上手く出来ない。心が追いつかない。
思い出しちゃう。言われたこと、されたこと。
たぶん、まだ立ち直れてない。
そして、何を頑張っても、誰も私の事を認めてくれないって思ってしまう。
だから、入院してちゃんと向き合わないとダメだと思ったの」
私は彼女の言葉を、ただ受け止めることしかできなかった。
小中学校での出来事は、私も知っていたつもりだった。
担任とも話し、対応を求めてきた。
それでも、さくらが**「行かなきゃ」と心をすり減らし続けていた現実**に、私はもっと寄り添うべきだった。
胸の奥で、自分を責める声が鳴り続けた。
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次回予告(第4章・有料)
次回は、精神病院での入院生活、総合的な検査と診断、そして**「死」に向き合った時間**について綴ります。
ここからは、さくらのプライバシーと心の安全を守るため、有料記事として慎重に書き進めます。
どうか、読んで下さる方の心のペースも大切にしてください。
物語は次の章へ――
入院した先で、さくらが見た現実。
幻覚に苦しむ患者たちとの出会い、ショッキングな出来事、そして心理検査で明らかになった特性。
さらに担当医から告げられた衝撃の言葉。
第4章「急性期病棟で見た現実と診断結果」
母として、娘の命と真正面から向き合った日々を綴ります。
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