ニーチェより、若き人々への「言葉」たち。(#023)
ニーチェを読んでいる。
混沌とした断章が続く。
断片的に開示された彼の脳内が次から次へと大挙する。知の巨人、怪獣、怪物と呼ばれるだけあって、圧倒的な「分からない」が押し寄せる。
その中でたまに、キラッと光る一文が目に飛び込んでくる。私のことを分かってくれと言わんばかりに、そして、君のことを分かってやりたいと言わんばかりに。
そんな一文を抜粋して並べた。これはニーチェの著作から、惹かれた言葉を抜き出して連ねただけのnoteである。
私が読んでいる本のタイトルは『若き人々への言葉』。いとうせいこう氏の解説文によれば、すなわち「大きな問いを前にしたまま、いまだ、絶望しない者への言葉」である。
なお、ニーチェについてはこちらの記事でも一部記載している。ニーチェを読むか迷った方はご一読いただきたい。
ニーチェ・パンチライン(抜粋)
『悲劇の誕生』『反時代的考察』の思想圏
この世にはお前以外の誰も歩んでゆくことのできない、ただひとつの道がある。その道はどこに通じているのであろうか。そんなことは問うな、その道を行け!(p25)
教養とは解放すること(p27)
われわれの生は、目覚めることを怖れているように見える。そして、この目覚めが近づけば近づくほど、その生はいよいよ躍起となり、いよいよ不安を覚えながら、夢見ようとする。しかし、われわれは同時に、あの最も深い悟りの瞬間に長く耐えるには、自分たちが余りにも弱いものであることを感じる。(p51)
ただ未来を築くもののみが、過去を裁く権利を持っている。(p58)
決して怖れるな、今やただ、悲劇的人間であれ。なぜならば、君らは救済されるべきだからである。(p69)
『人間的、余りに人間的』の思想圏
最も理性的な人にとってもまた、時には、自然が、すなわちすべてのものに対する非論理的な根本態度が、必要である。(p76)
太陽はすでに没した。しかし、われわれの生の天空は燃え上って、まだ太陽の輝きに映えているのだ、われわれは太陽の姿をもはや見ないけれども。(p81)
人間は、自然のただなかにあって、常に子供そのままである。(p82)
或る程度でも理性の自由というものに到達した人は、地上にいては自己をただ漂泊者として感じる。(中略)悪き夜々が訪れることであろう。(中略)彼の心は漂泊に倦み疲れる。(中略)しかしやがて、その代償として、ほかの場所や、ほかの日々の、歓喜に溢れる朝が訪れる。(p88)
夜には、眠れる者の呼吸があり、その呼吸の怖ろしい拍子があり、その拍子に合わせて絶えず戻って来る憂いが、メロディを奏でているかのようである。(p90)
叡智の道を前進せよ。しっかりとした足取りをもって、しっかりとした信頼をもって!君はどんな人間であろうと、経験の泉としての君みずからに仕えよ!(p90)
もし君の眼光が十分に強く君の本質と君の認識の暗い源泉とを見ぬくことができるならば、君にはおそらくまた、その泉の水鏡のなかに、未来の文化の遥かな星空が見えて来るであろう。(p91)
『曙光』『悦ばしき知識』の思想圏
認識する人々の幸福は、世界の美しさを増し、存在しているすべてのものを、いよいよ光輝あるものにする。(p98)
われわれはみな、比較的に、あまりに大きな安泰さのうちに生きているために、秀れた人間鑑識者とはなりえない。(p100)
人は自己の衝動を、庭師のように、自由に処理できる。そして、このことを知る人はほとんどいないのだが、怒りや、共感や、熟慮や、虚栄の芽を、生牆のうえに匍う美しい果実のように、実り豊かに、また有用に、育てることができる。(中略)しかし一体、どれだけの人々が、これが自分の思うままになるということを知っているだろうか。たいていの人々が、自分を出来上ってしまい、成長してしまった果実のように思い込んでいるのではなかろうか。(p101)
賢者は、その法則を自己から掬んでいる倫理以外のどんな倫理をも知らない。(p102)
弱いたちの人を破滅させる毒物は、強者に対しては強壮剤である。ーーそして強者もまたそれを毒物とは呼ばない。(p106)
「苦しみ」に対する処方はまた苦しみである。(p109)
裏町のようなさまざまな欲求と物声との入り乱れている、この雑沓のなかに生きることは、私にとっては、ひとつの憂鬱な幸福である。(p111)
生ーーそれは、死のうとする何ものかを絶えず突き離すことである。(p118)
否、生は私を幻滅させなかった!(p118)
まだ私は生き、まだ私は考える。(p118)
私はいつかはかならずや一個の肯定者でありたい!(p119)
『ツァラトゥストラ』の思想圏
君は生を容易にしたいか。それならば常に群集のあいだにとどまれ。そして群集といっしょになっていて、我れを忘れるがよい。(p125)
君たちはまだ、全く生への決意をしていないで、子供たちが潜らねばならない水を前にしてするように、怖れ、慄いている。(p126)
君たちの魂を、新鮮に、冷静に、そしてきびしく保て!多感な人々の生温るい空気、感傷的な人々の弱々しい、沈鬱な空気は、君たちから遠くあらねばならぬ!(p126)
人間は、獣物と超人とのあいだに結ばれた一本の綱である。(p128)
まだ君は自由ではないのだ。君はまだ自由を求めている。(p131)
未熟なままに青年は愛し、未熟なままに青年は人間とこの世とを嫌う。(p138)
君たちは、降服するよりも、むしろ絶望せよ!(p139)
君たちが高く抜き出ようと欲するならば、自分の脚を使え!人に持ち上げられるな、他人の背や頭のうえに乗るな!(p141)
与える者の眼差は、金にも似て、耀く。(p144)
善良な人間は決して真実を語らない。(p149)
生があるところにのみ、また意志がある。(p151)
『力への意志』の思想圏
人は明日のために生きる。なぜならば、明後日のことは疑わしいからである。(p172)
私はいまだ失望すべきいかなる理由をも発見しなかった。強い意志を保持し、それがすっかり身についていて、そして同時に広い精神を所有している者は、これまでに見られなかったほどに、恵まれたチャンスを持つのである。(p175)
われわれの美徳は、われわれの弱さによって規定され、挑発されている。(p187)
書誌情報
『若き人々への言葉』
著 フリードリヒ・ニーチェ
訳 原田義人
解説 いとうせいこう
角川文庫
