260808【感想】ノートルダムの鐘
ディズニー版じゃなくてユゴー版なんだ!?となっているレベルの初見です。
(ディズニー版は視聴済み)
公式サイトのイントロダクションに「ディズニー・シアトリカル・グループが製作」とあったので油断していました。
海宝さんのカジモドを聞いたことはあるのにストーリーの記憶が一切ないので初見気分で楽しみます。
今日のキャスト
電子キャスボになってから初めて足を踏み入れます。
前に並ばれてた方の番で画面が消えてしまい一時真っ黒でしたが、スタッフさんが飛んできてすぐ付け直してくれました。

カジモド
事前情報一切無しで行ったところ、カジモド役の佐瀨さんがデビュー日とのこと。
う、うま!うまい!!海宝さんの記憶があるのでなかなかこのハードルは越えられませんぞと思っていたら、ひたむきで純粋な良いカジモドです。
ただ序盤からもう文字通りの滝汗。比喩ではなく滝汗。ライト暑いですよね…。
客席も暑いし温度設定が高めなのかもしれません。
エスメラルダ
宮田さん。私がカルメンを演出することになったらキャスティングしたいランキングトップスリーに入っている宮田さん。
前回『ゴーストアンドレディ』でデオンを演じられていた時から情熱的なスペインチックなイメージがあったのでとても嬉しかったです。
二部で生まれ落ちた民族、女として生まれたことで翻弄されてきた人生を歌い上げるシーンがあり胸を締め付けられました。なんというか……もっと幸せな役はありませんか!?
境遇に折れることなく生きる強さを見せる人ですね。
フロロー
ディズニー版よりかなり掘り下げられ、狂っていく過程が分かるので気持ち悪いけど納得できるというか…!
愛した弟が過ちを犯したのはすべてジプシーの女のせいだ!惑わせたものが罪を負うべきだ!と思い込んでみたり、自由への憧れをごまかし続けた結果エスメラルダの登場で爆発したり……
エスメラルダを自分の手元に置いておけない=異端者として刑に処す!までを語る「地獄の炎」では照明がステンドグラスだけでなく聖堂すべてを焼き尽くすようで迫力満点でした。芝さん、すごい。
他の方も書きたいけれど書ききれない!
座席の環境
センターブロック前方です。
音響
生音とスピーカーが混ざっていて迫力があります。
個人的には通路後ろのブロックが聞こえやすいかな…?と思います。オフマイク聞こえるのは前列ですが!
今回はエスメラルダからカジモドに「ごめんね」と謝ってるところがはっきりと聞こえたので、あそこはマイク切れてなかったのでは?と思っています。
クワイヤが歌うシーンではもっとエコーを効かせるのかと勝手に予想してましたがそんなことはなく、牢シーンは響かせてるなあと感じました。
舞台の見え方
一桁台からの見え方は、0番より前に出てくると「ええっこんなに近くまで…!?」という感覚です。
若干見上げる感覚もあります。
上下に高く組まれたセットですが、二階席から見ても上段で話すキャストが見切れるということはなさそう。クワイヤは奥にいるのでみえないかもしれません。ガーゴイルたちも見切れるかな…?
なんといっても大聖堂のステンドグラスの照明がよく変わるので、それは一階席からの方がよく感じられるかと思います。
が、床の白黒模様をより感じられるのは二階席だと思います。どちらも座りたい。
終盤の疑問点
フィ フィーバスはどこへ!!?
すべてを失ったと明言していることからカジモドがいなくなった後鐘つき男になった?エスメラルダがいなくともジプシーになった?
最後はエスメラルダを失った悲しみを分かち合うのかと思いきや退場していき、亡骸はカジモドの手に。 ここも衝撃です。
ディズニー版よろしく三人友達とはならないんですね。ますますどこへ……?
そして、エスメラルダから良き友達であるとはっきり告げられ、自身も「友達だ」と応えたカジモド。
数年後、女の骨と異形の骨が抱き合う形で発見される。
いやいやいや それ友達ちゃうねん!!!
思わず関西弁で突っ込んでしまう。初めて抱いた異性への愛であり、まだ潰えてはいなかったのなら友達だと告げたのはカジモドが二度目についた嘘ということになりませんか?
最後の方はカジモドの罪について考え始めてしまいエスメラルダの死に向かい合えませんでした。
フロローの死に方にも驚いていたので。
そして二年で白骨化とは…!?
掘り起こした=地中なら空気中に触れていないので劣化が遅れ白骨には至っていないはず。
ノートルダム大聖堂の地下ということで霊廟のようなものかとも思いましたが、それでも二年……?
やはり地下は環境が劣悪とか?などと思っていましたが普通に部分白骨した死体かもしれない。
というかそこはあまり重要じゃないですね。大事なのは出てきた骨が抱き合う形で、触れたら崩れたということなので……
触れたら崩れる!!?
フロローが用意する食事では栄養環境が悪かったのか…
いや 崩れるということが大事なのですね。いちい ち無粋なことを考えてしまう。
カジモドの罪
「化け物」として扱われていた時は純粋無垢な存在。ガーゴイル(内なる自分の声)に導かれ、自らの願望を叶えるために言いつけを破る。
エスメラルダと出会い「人間」として芽生え始めるとガーゴイルの声を捨て、愛する人のため外的要因由来の罪を犯していく。
その途端に罪の加算の加速度が激しく、十戒をバリバリと破っていく。
・嘘をつく
・父(フロロー)に逆らう
・フロローを投げ飛ばして死に追いやる
フィーバスの恋人となったエスメラルダを欲したことはどうなんだろう。正式な婚姻関係はないからノーカウントなのでしょうか。
フロローもカジモドに対して愛がなかったわけではなく……。
十戒は関係なくとも、サンクチュアリである大聖堂を大火事にし、人を殺めたらそれはもう地獄決定かもと思いますが。
男衆が勝手に狂っていったのが悪いと思う一方、聖母マリア像を託されているエスメラルダも自ら姦淫にふけっていた節もあり、この話はキリスト教的に地獄行きの人物しかいないのでは?
群衆像もあまりに露悪すぎて、やはりフランスは権力に対する負のパワーが並外れているなと思います。
フロローや教会に対して従順に見えた市民たちが突然反旗を翻したのは、大聖堂が壊されたからであって、大暴れしたかったわけではないですよね?
さっきまで「火炙りだ!イベントだ!(悪)」となっていて行き場をなくした盛り上がりがそちらに向いたわけでは……ないですよね?
ミュージカル作品のフランス、血気盛ん。
(フィーバスの部下はいい人なので天国行きです。)
それぞれの教えや決まりを破った結果迎えた破滅ですが、怪物も人間も心はあるのだから、行動で善悪は量れませんね。
皆それぞれの善き方へ動こうとしてそういう結果が残っただけで、他人が推し量るのはそれこそ無粋な行いなのかも。
「怪物か人間か、私たちは何者?」というメッセージを改めて浮かべながらのフィナーレでした。
カーテンコール
スタオベ中、皆が手を繋ぐ時に宮田さんが一番端まで手を繋いだか確認してるのがいいなーと思いました。
緊張気味の佐瀨さんを宮田さんと芝さんのベテラン組ががっちり両サイド固める形。
芝さんが佐瀨さんの片手を掴んで掲げたり、わっしりと頭を撫でていたのが印象的でした。ハグもしていた。
暗く重たいイメージがあった作品ですが、荘厳という言葉がぴったりなミュージカルです。
見る前にはパンフレットで歌詞を確認していたほうがより楽しめるかと思います。
終演後に届く四季からのメールにて、公演に関する四択問題で「劇中繰り返されるキリエ・エレイソンの意味は?」と問われ、「ああ〜はいはい…歌ってましたね…恐らくこれでしょうね…」とやんわりした推測をすることになります。フランス語(ラテン語)はわからない!
