東京 名画座 全制覇——52歳が通い続けた、消えかけている映画の聖地を記録する
名画座という言葉を知っているか。
シネコンではない。ミニシアターでもない。
封切から時間が経った映画を、2本立てで、1,000円前後で観せる映画館だ。入替制がない。途中で外に出てもいい。外出証をもらって飯を食って戻ってきてもいい。
そういう映画館が、東京からどんどん消えている。
俺はその映画館を、都内で全制覇した。
名画座はシネコンと何が違うか
シネコンは便利だ。席は指定できる。スクリーンは大きい。音響もいい。新作が観られる。
名画座は不便だ。席は自由席のことが多い。スクリーンは小さい。設備は古い。新作はかからない。
その代わり、名画座には「選ぶ人間」がいる。
2本の映画を誰かが選んで組み合わせる。その選び方に、映画館の個性が出る。「ラストエンペラー」と「ラスト サムライ」を2本立てにする力業も、それを笑いながら楽しめる客がいるから成立する。
名画座とは、映画を愛する人間が映画を愛する人間のために選んだ映画を観る場所だ。
都内現存名画座・全リスト
2026年3月時点で現存する都内の名画座だ。
早稲田松竹(高田馬場) 1951年開館。153席。毎日2本立て。35mmフィルム上映も継続。選定基準なし——スタッフが面白いと感じたものを何でも上映する。
新文芸坐(池袋東口) 前身「文芸坐」は1956年開館。2000年に復活。264席・都内名画座最大規模。毎週土曜オールナイト上映——日本でここだけだ。
下高井戸シネマ(下高井戸) 世田谷区の名画座。126席。2本立て。地域に根付いた運営。
目黒シネマ(目黒) 1955年開館。B1・100席。2本立て・入替なし。スタッフ手作りの冊子が名物。爆音上映会を定期開催する。
キネカ大森(大森) 3スクリーンのうち1スクリーンが名画座仕様。2本立て上映。
ラピュタ阿佐ヶ谷(阿佐ヶ谷) 50席の小さな映画館。インディーズ・異色作・ドキュメンタリー特化。地下に小劇場「ザムザ阿佐谷」を内包する。
神保町シアター(神保町) 本の街にしっとりとなじむ文芸映画特化の館。
消えた名画座の記録
俺が制覇した時代に存在した名画座の中に、今はないものがある。
銀座シネパトス——中央区。地下街の中にあった。3館のうち1館が名画座として稼働していた。2013年閉館。
新橋文化劇場——港区。2014年閉館。
飯田橋佳作座——新宿区神楽坂。1988年閉館。
名画座の数は、レンタルビデオ・DVD・VOD・サブスクの普及とともに減り続けてきた。東京中にあった名画座が、今では7館しか残っていない。
早稲田松竹——学生街のおじさん劇場

高田馬場駅から徒歩5分。早稲田通り沿いに、70年以上変わらない外観の建物がある。
早稲田大学が近い。学生街だ。
でも中に入ると、おじさんしかいない。
それが早稲田松竹だ。
153席。1スクリーン。2本の映画を交互に上映する。プログラムは1週間単位で変わる。選定基準はない。スタッフが面白いと感じたものを何でも上映する。新旧・洋邦問わない。
この「基準がない」というのが、実は最も映画ファンに刺さる選び方だ。
「ラストエンペラー」と「ラスト サムライ」を2本立てにしたことがある。「ラスト」だけの共通点だ。それを笑いながら観に行く客がいる。その関係が、早稲田松竹の本質だ。
最多動員を記録したのは今敏監督の追悼上映だった。「パプリカ」「東京ゴッドファーザーズ」「千年女優」「パーフェクトブルー」——全回満席が続いた。映画ファンが、亡くなった監督の作品を劇場で観るために集まった。
ゴッドファーザー3本を一挙上映した日は9時間以上の番組になった。客は朝から食料品を買い込んで入場した。
35mmフィルムで上映できる映画館が、都内でここを含め数館しかない。映写技師が引退したらフィルム上映が終わる。その日が来るまで、早稲田松竹は35mmを回し続けている。
新文芸坐——池袋のオールナイト聖地

池袋東口から徒歩3分。マルハンのビルの3階にある。
パチンコ屋のビルの中に、日本最後のオールナイト名画座がある。
1956年に「文芸坐」として開館。1997年に閉館。2000年に「新文芸坐」として復活した。オープニング作品は『七人の侍』だった。
264席。都内名画座で最大規模だ。
毎週土曜日、オールナイト上映がある。深夜から朝まで映画を観続ける。これを毎週やっている映画館は、日本でここだけだ。
池袋という街の性格が出ている。エンタメ度が高い。新文芸坐の客層は、早稲田松竹のおじさんたちとは少し違う。もう少し若い。もう少し賑やかだ。
2022年にリニューアルした。4Kレーザープロジェクターを名画座で初めて導入した。「BUNGEI-PHONIC SOUND SYSTEM」という独自音響システムを構築した。
名画座が4Kで映画を映す。古い映画が、最新の音と映像で蘇る。
高倉健と菅原文太が同じ時期に亡くなった日、新文芸坐はたまたま「新幹線大爆破」と「太陽を盗んだ男」の2本立てを組んでいた。意図せざる追悼上映になった。客が恐ろしいほど入った。
長く映画館をやっていると、こういう偶然が起きる。
目黒シネマ——爆音と園子温の237分

目黒駅西口から徒歩3分。地下1階に降りる。
100席。入替なし。スタッフが手作りした上映案内の冊子を渡してくれる。
目黒シネマで俺が観たのは『愛のむき出し』だ。
園子温監督。2008年公開。237分。前編と後編に分けて上映された。
爆音上映会で観た。通常の音量ではない。スクリーンから音が飛んでくる。237分、音の暴力の中に浸かり続けた。
名画座で「迷作」に出会うというのは、こういうことだ。公開直後の映画はかからない。封切から時間が経った映画がかかる。知らないまま見始めて、気づいたら引きずり込まれている。
外出証をもらって一度外に出た。目黒の街を少し歩いた。頭の中はまだ映画の中にいた。戻って後編を観た。
終わった時、しばらく立てなかった。
名画座で映画を観るとはどういうことか
シネコンで映画を観ると、観た映画の記憶が残る。
名画座で映画を観ると、観た場所の記憶も残る。
早稲田松竹の古い座席の感触。新文芸坐の重い音響。目黒シネマの地下の空気。
映画の記憶と、映画館の記憶が一体になる。
サブスクで映画を観ることはできる。でも「早稲田松竹で観た記憶」は作れない。「新文芸坐のオールナイトで夜を明かした記憶」は作れない。
名画座は体験だ。映画館という空間ごと、記憶に刻まれる。
この記事を読んでいる映画ファンへ
東京 名画座を探している人間に向けて、最後に言いたいことがある。
名画座はまだある。東京に7館、生き残っている。
行ったことがない人間に言いたい。一度行ってみてくれ。2本立て1,000円前後。4時間弱。途中で外に出ていい。
知らない映画が流れていても、座っていれば引きずり込まれることがある。
その体験は、サブスクでは作れない。
新宿歌舞伎町で映画を観ていた話はここに書いた。
映画をデータで断言するシリーズはここにある。
「シャアの反乱は正しかったのか」——37年間の問いに答えた。
「ほむらは正しかったのか」——13年間の問いに答えた。
「レゼはデンジを愛していたのか」——7年間の問いに答えた。
「FFOという設計判断は正しかったのか」——45年のレガシーをデータで断言した。
縁側マガジンはこちら。映画について語り合える場所を作りたい。
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難解作品の謎をPythonでデータ解析して、誰も答えを出せなかった問いに答え続けています😭 それでも有料記事は売れてない。次の食事の事はわからない。目の前の一食分のもやし(一袋30円)ください🙇