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『ワン・バトル・アフター・アナザー』考察|ボブはなぜウィラの髪をうまくセットできないのか【先生、あれ何だったんすか?】

映画を観た後、ずっと気になっていた「あの場面」の意味。 全ての映画を観た男「シネマ先生」(55)と、配信世代の大学生「トック」(19)が、たった一つの問いを掘り下げます。

🎤 トック:先生。『ワン・バトル・アフター・アナザー』で、ボブがウィラの髪をまともにセットできないシーン、何回も映るじゃないすか。あれ、ただのダメ親父ギャグっすか?

🎬 シネマ先生:あれはギャグじゃない。アンダーソン氏が自分の人生を映画に刻んだ一行だ。——知ってるか。アンダーソン氏のパートナーはマヤ・ルドルフだ。彼女はバイレイシャル——母親は黒人シンガーのミニー・リパートン、父親は白人のレコードプロデューサーだ。

🎤 トック:はい。

🎬 シネマ先生:ミニー・リパートンはマヤが7歳の誕生日の2週間前に亡くなっている。残された父リチャードは、白人の男一人で、バイレイシャルの娘を育てた。——そしてその父親が最も苦労したのが、娘の髪だった。

🎤 トック:……え。

🎬 シネマ先生:マヤ本人が語っている。「子供時代の大半は髪のことで悩んでいた。混血の子は私だけだった」と。父親のリチャードはどうやっても娘の髪をうまく扱えなかった。そしてアンダーソン氏自身も、白人の父として、マヤとの間に生まれた3人の娘の髪に同じ壁を感じてきた。彼はこう言っている。「混血の娘を持つ白人の父親として、彼女たちの髪を扱うのはほとんど不可能だ。あれは私にとって非常に個人的な台詞だ」と。

🎤 トック:……あ——。あのシーンのボブ、アンダーソン監督自身だったんすか。

🎬 シネマ先生:そうだ。母がいなくなった娘の髪を、父がうまくセットできない。たったそれだけの描写に、マヤの父リチャードの人生、マヤ自身の幼少期、そしてアンダーソン氏の父親としての実感が、三重に重なっている。ボブがセルジオに「俺には彼女の髪ができない」と言う場面は、アクション映画のど真ん中に埋め込まれた、この映画で最も私的な告白なんだよ。

🎤 トック:……先生、だからあんなに丁寧に何回も映してたんすね。あれ、笑わせたいんじゃなくて、見せたかったんだ。

🎬 シネマ先生:そういうことだ。

🎤 トック:でも先生、これって先生の解釈っすよね。他の見方もあるんじゃないすか?

🎬 シネマ先生:いや、これに関してはアンダーソン氏本人がインタビューで明言している。珍しく「解釈」ではなく「事実」に近い話だ。ただし、この映画が語っているのは髪の話だけじゃない。「母がいない家庭で、父は何ができて、何ができないのか」——その問いは、それぞれの家庭の数だけ答えがある。君の中に響いた何かがあるなら、それが君にとってのこの映画だ。

👉 この映画をもっと深く掘り下げた漫談はこちら: シネマ先生とトックの映画漫談『ワン・バトル・アフター・アナザー』

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