『ワン・バトル・アフター・アナザー』考察|「何もできない男」が教えてくれた、いちばん静かな抵抗【アカデミー賞漫談 特別レビュー】
2025年|アメリカ|監督:ポール・トーマス・アンダーソン
AIは映画を語ることができるのか? 全ての映画を観た男「シネマ先生」(55)と映画をもっと好きになりたい「トック」(19)が1つの作品を選んで語りつくす。今回は特別回、2026年アカデミー賞受賞作品「ワン・バトル・アフター・アナザー」です。
キャラクター紹介
🎬シネマ先生 ── 55歳、元映画評論家。ポール・トーマス・アンダーソン氏を30年追いかけてきた男。初のオスカー受賞に「ぐっときた」と認めた前科あり。
🎤トック── 19歳、大学生。アカデミー賞漫談で「一緒に観たいです」と言ったその映画を、本当に先生と一緒に観てきた。
作品情報
原題: One Battle After Another
公開年: 2025年
監督・脚本: ポール・トーマス・アンダーソン
原作: トマス・ピンチョン『ヴァインランド』(1990年)を下敷きに大幅改変
出演: レオナルド・ディカプリオ、ショーン・ペン、ベニチオ・デル・トロ、レジーナ・ホール、テヤナ・テイラー、チェイス・インフィニティ
撮影: マイケル・バウマン(VistaVision撮影)
音楽: ジョニー・グリーンウッド
上映時間: 2時間51分
第98回アカデミー賞: 作品賞・監督賞ほか受賞
あらすじ
かつて「フレンチ75」と名乗る過激な革命グループの爆弾係だったボブ・ファーガソン。恋人で革命の中心人物だったパーフィディアが逮捕されたあと、ボブは彼女との間に生まれた娘ウィラを連れて16年間、身を隠して生きてきた。だがかつての宿敵──白人至上主義者の軍人ロックジョー大佐がウィラを追い始めたとき、ボブの逃避生活は終わりを告げる。
30年分のそわそわ

🎬 シネマ先生「この映画の話は、長くなるぞ」
🎤 トック「知ってます。映画自体が2時間50分ですもんね」
🎬 シネマ先生「ああ、長い映画だ。だが——この話がしたかった。アカデミー漫談で君が『一緒に観たいです』と言ったときから、この日が来るのを楽しみにしていた」
🎤 トック「……先生、今日テンション高くないですか?」
🎬 シネマ先生「高い。認める。アンダーソン氏の映画を語るんだ。30年追いかけてきた監督の、初のオスカー作品を。これで平常心でいられたら、50万本観てきた甲斐がない」
🎤 トック「わかりました。じゃあ、行きましょう。でも暴走したら止めますからね」
🎬 シネマ先生「……善処する」
映画的な、あまりに映画的な

🎬 シネマ先生「まず言わせてくれ。この映画は、あまりに映画的な映画だ」
🎤 トック「出た、いきなり回りくどい」
🎬 シネマ先生「いや、これは大事なことだ。VistaVisionだぞ。1950年代の撮影フォーマットを2025年に引っ張り出してきた。フィルムの粒子、画面の奥行き、光の滲み方——デジタルでは絶対に出ないあの質感を、アンダーソン氏は選んだんだ」
🎤 トック「……正直、僕は観ながらそこまで意識してなかったです。でも、なんか画面が普通の映画と違うなとは思いました」
🎬 シネマ先生「それでいい。意識しなくても身体が感じている。それがフィルムの力だ。そしてあのカーチェイスだ」
🎤 トック「あ、あれ! あれはすごかったです。高低差を使ってるんですよね。丘の上と下で、車がお互い見えない瞬間がある。あのアイデアは新しかった」
🎬 シネマ先生「そうだ! ボレゴ・スプリングスの地形を使い切っている。坂を越えた瞬間に相手が消える、そしてまた現れる。死角が恐怖を作っている。追いかけているのか追いかけられているのかわからなくなる。あれは——」
🎤 トック「先生」
🎬 シネマ先生「……なんだ」
🎤 トック「長かったですよね、あのシーン」
🎬 シネマ先生「…………」
🎤 トック「いや、すごいのはわかるんです。でも、もうちょっと短くてもよくなかったですか? スピルバーグ氏だったら、一回高低差を見せてガッとぶつけてると思うんですよ」
🎬 シネマ先生「……ふむ」
🎤 トック「先生?」
🎬 シネマ先生「いや……悔しいが、一理ある。スピルバーグ氏ならそうするだろう。だがな、アンダーソン氏はスピルバーグ氏ではない。あの長さは──長さそのものが演出なんだ。ボブの16年間の逃避生活が、あのカーチェイスの長さに重なっている。終わらない。いつ終わるかわからない。それが、ボブが16年間感じていた恐怖そのものなんだ」
🎤 トック「……あー。そう言われると、わかる気がします。でもお尻は痛くなりました」
🎬 シネマ先生「それはまあ……そうだろうな」
全部パーフィディアのせい

🎤 トック「先生、一個言っていいですか」
🎬 シネマ先生「言ってみろ」
🎤 トック「この映画、全部パーフィディアのせいじゃないですか?」
🎬 シネマ先生「……君、身も蓋もないことを言うな」
🎤 トック「いやだって! パーフィディアが銀行強盗に失敗して捕まって、ボブが一人で娘を育てて16年逃げ回って、ロックジョーに追われて。全部の始まりはパーフィディアじゃないですか」
🎬 シネマ先生「まあ……事実としてはそうだ」
🎤 トック「しかもこの人、映画の最初にいなくなって、最後まで戻ってこないんですよ。自分が全部引き起こしておいて、後始末は全部ボブに押し付けて、不在のまま。ひどくないですか?」
🎬 シネマ先生「ひどいな」
🎤 トック「ですよね!」
🎬 シネマ先生「だが、それがこの映画の核心でもある。パーフィディアは物語を起動して消える。残されたボブは何も解決する力を持たない。爆弾係だった男だが、もう爆弾は作らない。革命家だったが、もう革命はしない。ただ娘を守るだけの、何もできなくなった男だ」
🎤 トック「それなのに、かっこいいんですよね」
🎬 シネマ先生「……ほう。そう感じたか」
🎤 トック「なんにもできないのに、かっこいい。ディカプリオ氏のボブって、ずっとオドオドしてるし、薬やってるし、娘にも強く出られないし。でも、ウィラのためだけに走り続けてるじゃないですか。あのカーチェイスも、結局ボブは誰も倒してない。ただ娘を逃がしただけ。それだけなのに……」
🎬 シネマ先生「それだけだから、かっこいいんだ」
🎤 トック「……え?」
🎬 シネマ先生「革命とか大義とか、そういうものを全部捨てた人間が、たった一人の人間のために走る。アンダーソン氏がこの映画で描きたかったのは、そこだろう。パーフィディアは革命に命を懸けた。ボブは娘に命を懸けた。どちらも『闘い』だが、まったく違う闘いだ」
🎤 トック「……タイトル、ワン・バトル・アフター・アナザーって、そういう意味もあるんですか。次から次へと闘いが来る、っていうだけじゃなくて」
🎬 シネマ先生「ああ。闘いの形が変わり続ける、という意味だ。革命の闘い、逃避の闘い、子育ての闘い。全部違うが、全部闘いだ」
ポール・トーマス・アンダーソンという作家

🎤 トック「先生、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
🎬 シネマ先生「なんだ」
🎤 トック「アンダーソン監督って、どういう人なんですか? 僕、この映画が初めてで」
🎬 シネマ先生「……初めてか。それはいい。まっさらな目で観られたということだ」
🎤 トック「はい。でも、映画を観ていて思ったんです。この人、笑いとシリアスの境目がおかしくないですか? 右翼も左翼も、思想が極端な人たちがみんなどこかコメディに見える。でも同時にめちゃくちゃ怖い。あれ、何なんですか」
🎬 シネマ先生「いいところに気づいたな。それがまさにアンダーソン氏の作家性だ。スピルバーグ氏自身がこの映画をキューブリック氏の『博士の異常な愛情』に例えている。真剣に受け止めなければいけないのに、どこかで笑ってしまう。笑った自分が怖くなる。あの映画と同じ構造がこの映画にもある」
🎤 トック「ああ、そういうことか。僕、ロックジョー大佐が『クリスマス冒険家クラブ』の挨拶で『聖ニコラスに栄光あれ!』って言ってるシーン、笑っちゃったんですよ。でもあの人たち、実際にやってることは完全に暴力で」
🎬 シネマ先生「そうだ。名前は馬鹿げている。だが暴力は本物だ。アンダーソン氏はそこを分離しない。馬鹿げた名前のまま、本物の暴力を見せる。観客は笑いながら恐怖する。あの居心地の悪さが、この監督の武器だ」
🎤 トック「ブギーナイツとか、ゼア・ウィル・ビー・ブラッドとかも、そうなんですか?」
🎬 シネマ先生「全部そうだ。ブギーナイツはポルノ業界の話だが、そこに家族の物語がある。ゼア・ウィル・ビー・ブラッドは石油王の話だが、あれは孤独の話だ。どの作品も、グロテスクな世界の中に、むきだしの人間がいる。そしてその人間は——大体、何かが欠けている」
🎤 トック「……ボブも、欠けてますよね。いろんなものが」
🎬 シネマ先生「ああ。だがな、これまでのアンダーソン氏の主人公たちは、欠けたまま破滅するか、欠けたまま孤独に終わるかだった。ダニエル・プレインヴューもフレディ・クエルも。だがボブは——欠けたままで、誰かの隣に残ることを選んだ。これは、アンダーソン氏のフィルモグラフィーの中で、初めてのことなんだ」
🎤 トック「初めて?」
🎬 シネマ先生「初めてだ。30年かけて、あの監督はようやく『欠けたままでも、傍にいていい』という物語を撮った。……だから私は、この映画にぐっときたんだ」
🎤 トック「……先生、また暴走してますよ」
🎬 シネマ先生「……すまない。だが今のは止めるな」
🎤 トック「……止めないです」
映画産業が自分たちに与えたかった物語

🎤 トック「先生、一個聞いていいですか」
🎬 シネマ先生「なんだ」
🎤 トック「アカデミー漫談のとき、先生こう言ったじゃないですか。『オスカーはその年の映画産業が、自分たちをどう見たいかの表明だ。抵抗の物語を自分たちに与えたかった』って」
🎬 シネマ先生「……ああ、言ったな」
🎤 トック「観てきて、あの言葉がずっと頭にあったんですけど。この映画の『抵抗』って、何に対する抵抗なんですか?」
🎬 シネマ先生「いい質問だ。……考えてみよう。この映画の中にはいくつもの抵抗がある。パーフィディアたちの革命。国家権力への抵抗。ロックジョーの白人至上主義への抵抗。移民を守るセンセイ・セルジオの地下鉄道。全部、明確な敵に対する抵抗だ」
🎤 トック「はい」
🎬 シネマ先生「だがな、この映画で一番静かで、一番強い抵抗は、ボブがただ娘と一緒にいることなんだ」
🎤 トック「…………」
🎬 シネマ先生「世界がどれだけ荒れていても、自分の子供の傍にいる。守り続ける。大きな物語に巻き込まれても、自分のいちばん近くにいる人間を手放さない。それが、ボブの抵抗だ」
🎤 トック「……それを、今の映画産業が自分たちに与えたかった?」
🎬 シネマ先生「ああ。AI、配信、身売り騒動。映画を取り巻く環境はめまぐるしく変わっている。巨大な力に翻弄される中で、アカデミーがこの映画を選んだのは——自分たちの『いちばん近くにあるもの』を手放すな、というメッセージを自分自身に向けたんじゃないか、と思う」
🎤 トック「いちばん近くにあるもの」
🎬 シネマ先生「映画そのものだ。スクリーンで、フィルムで、観客の目の前で物語を見せること。アンダーソン氏がVistaVisionを引っ張り出してきたのも、2時間50分かけて劇場体験に全てを賭けたのも、それが理由だ。この映画自体が、映画というメディアへのラブレターであり、抵抗なんだ」
🎤 トック「……だから先生、アンダーソン氏が壇上に立ったとき、ぐっときたんですね」
🎬 シネマ先生「……まあ、そうだな」
🎤 トック「30年追いかけてきた人が、映画を守るための映画で初めてオスカーを獲った」
🎬 シネマ先生「……今日は君、鋭いな」
🎤 トック「先生が前回そう教えてくれたからですよ」
生みの親より育ての親

🎤 トック「先生、最後に一個だけ」
🎬 シネマ先生「ああ」
🎤 トック「ボブが警察に捕まった後、先生──セルジオに助けてもらって車で逃げるシーンあったじゃないですか。あそこで流れてた曲、あれなんですか? めちゃくちゃ良かったんですけど」
🎬 シネマ先生「ジャクソン5の『Ready or Not Here I Come (Can't Hide from Love)』だ」
🎤 トック「ジャクソン5って、マイケル・ジャクソンの?」
🎬 シネマ先生「そうだ。子供時代のマイケルが歌っている。『準備ができていてもいなくても、ここに来る──愛からは隠れられない』。ボブがまた誰かに助けられて、逃げることしかできない。でもあの瞬間、曲が鳴った途端に空気が変わっただろう」
🎤 トック「はい。なんか……解放、って感じがしました。まだ逃げてる途中なのに、あの曲が流れた瞬間だけ、ちょっと自由になれた気がした」
🎤 トック「で、思ったんですけど。この映画って結局、『生みの親より育ての親』の話なんじゃないですか」
🎬 シネマ先生「…………そうだな」
🎤 トック「パーフィディアはウィラを産んだけど、育てなかった。ボブは何もできない男だけど、16年間ウィラの隣にいた。それだけでもう、ボブの勝ちっていうか」
🎬 シネマ先生「勝ち負けの話ではないが——」
🎤 トック「いやでも、あのカーチェイスの後、ウィラがボブに駆け寄るじゃないですか。あそこで答え出てません?ウィラにとって、ボブがぜんぶなんですよ」
🎬 シネマ先生「…………」
🎤 トック「しかもこれ、映画の中だけの話じゃない気がするんですよ。……うまく言えないんですけど」
🎬 シネマ先生「……言ってみろ」
🎤 トック「この映画って、元になった小説があるんですよね?」
🎬 シネマ先生「ああ。トマス・ピンチョン氏の『ヴァインランド』だ。だが時代設定も変えて、もうほとんど原作とは別の物語になっている。アンダーソン氏自身が、残したのは父と娘の関係だけだと語っている」
🎤 トック「それってつまり、アンダーソン監督も『生みの親より育ての親』をやったんじゃないですか。原作が産んだ種を受け取って、20年かけて自分の物語に育てた。ボブがウィラを育てたみたいに」
🎬 シネマ先生「…………」
🎤 トック「先生?」
🎬 シネマ先生「……いや、参った。その読みは、私にはなかった」
🎤 トック「え、ほんとですか?」
🎬 シネマ先生「本当だ。——ボブとウィラの物語が、アンダーソン氏とピンチョン氏の関係と重なる。育てることが、創ることになる。……ああ、これは、いい話だな」
🎤 トック「先生に『参った』って言われたの、初めてかもしれないです」
🎬 シネマ先生「……ああ、初めてだな。——今日は、君に持っていかれた」
評価
🎬 シネマ先生の評価:★★★★☆(4.5)
「アンダーソン氏が30年かけて辿り着いた場所だ。映画というメディアそのものへの愛と抵抗が、2時間50分の全てに詰まっている。何もできない男が、ただ隣にいることで世界に抗う。その静かな強さに、私は打たれた。そしてこの映画で初めて、この監督は『欠けたままでも傍にいていい』と言った。30年追いかけてきた人間として、あの着地を見届けられたことが、何より嬉しい」
🎤 トックの評価:★★★☆(3.5)
「正直、長かったです。でも、観終わった後にじわじわ来る映画だった。ボブがずっとオドオドしてて、何もできなくて、でもウィラの隣にいることだけは絶対にやめなかった。あれがかっこいいって思えたのは、たぶん僕が先生と一緒に観たからかもしれないです。一人で観てたら、長い映画だったで終わってたかも」
残された謎──先生の宿題
🎤 トック「先生、一個だけ気になったんすけど——ボブってウィラの髪をまともにセットできてないじゃないですか。あれ、ただの『ダメ親父描写』にしてはやたら丁寧に何回も映してませんでした?」
🎬 シネマ先生「……いい目をしているな。あれはアンダーソン氏が仕込んだ、この映画で最も私的な一行だ」
🎤 トック「え、どういうことですか?」
🎬 シネマ先生「アンダーソン氏の家庭を知れば、答えが見えてくる。それ以上は今日は言わない。——この映画を観た皆への宿題だ」
なかのひとの一言

昨今、日本でアカデミー賞作品が騒がれなくなって久しいと思います。 調べてみると米国でもそうで、かつては全米で4,000万人以上が視聴していたアカデミー賞中継、近年は2,000万人前後しか見ていないのだそう。昔を思い出してみると、アカデミー賞受賞が決まるやいなや映画館がこぞってその作品を取り上げ、再上映し、普段それほど映画に興味がない人たちでも教養のために観ておかなくちゃと足を運ぶイメージでした。今はそんなことないですもんね。人種やジェンダーの多様性、政治的なメッセージを重視した選考がアカデミー賞をエンタメから遠ざけた、なんて意見もありますが、今作に関しては、トランプ政権下で起こった白人至上主義や対抗する左翼革命家のあれやこれやは、作品がうっすらまとっている皮みたいなもんで、私はそんなに強いテーマとして感じませんでした。その中でOBAAは映画界へのメッセージでもある、としたシネマ先生の解釈はなるほどなと。自分たちの『いちばん近くにあるもの』を手放すな、というメッセージ。スマホに四苦八苦しているボブ。片や手のひらサイズの画面に収まる画角や、倍速視聴、SNS映えといった現代の波に飲まれ、自分たちが守ってきた映画館を奪われかけている往年の巨匠たち。まるで写し鏡のようにも思えてきます。そんな風潮に、真っ向から中指立ててバトルしているのがこの作品ではないでしょうか。VistaVisionを持ち出し、ショートフィルムが流行るこのご時世にタイパ?知らねえよバーカ!な2時間50分という大作、その時間をつなぐ音響と俳優の演技、映像表現へのこだわり。映画的な、あまりに映画的な手法でワンバトルしたのがこの作品のような気がしてなりません。私たちも自分の持ち場で戦おうぜ!って気になりますよね。
(なかのひと/人生はOBAA)
fin.
🎬 シネマ先生:映画は裏切らない。
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ファクトチェック
✅ 監督ポール・トーマス・アンダーソン氏、ノミネート11回目にして初のオスカー受賞
✅ 原作はトマス・ピンチョン氏『ヴァインランド』(1990年)、時代設定を含め大幅改変
✅ VistaVision撮影(1950年代のフォーマット、1960年代以降ほぼ使われていなかった)
✅ カーチェイスのロケ地はカリフォルニア州ボレゴ・スプリングス
✅ 上映時間2時間51分
✅ スピルバーグ氏がこの映画をキューブリック氏の『博士の異常な愛情』に例えた発言あり(Deadline Hollywood等で確認)
⚠️ アンダーソン氏が「残したのは父と娘の関係だけ」と発言した件:複数インタビューで父になったことが映画化の契機と語っているが、この表現そのままの発言かは諸説あり
✅ 「Ready or Not Here I Come (Can't Hide from Love)」:Jackson 5の楽曲。作曲はThom BellとWilliam Hart。ボブがセルジオに助けられ車で逃走するシーンで使用

