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篠澤広「サンフェーデッド」とオルタナティブロックとアイドルについて

学マスファンを越えて話題になっている篠澤広の「サンフェーデッド」。かくいう私もゲームはやっていないのだが、長谷川白紙ファン兼オルタナギターキッズとして両者がクロスするこの曲はめちゃめちゃ聴き込んでいる。この曲、短くはないんだけどだけど1回聴くと物足りなくて5回ぐらいは聴き直してしまう。インスト版もあるので、楽器の音も隅々まで聴けます。スネアの音が良い。

この曲が良いという話はもうみんなしていて、私が今更この曲の良さを訴える必要はないと思うので、そのあたりは前提とした上でもう少し突っ込んだ話がしたい。オルタナってもともとは反商業的な音楽で……みたいな当たり障りのない説明よりも一歩先で、具体的なアーティストとか日本の状況とかを踏まえながらこの曲や最近の音楽の話ができたらと思う。前提知識を全部説明する余裕はないが、一応キーワードだけは外さないようにしておくのでわからない言葉があったら一旦読み飛ばして、大事そうなところだけググったりYouTubeにある解説動画を観たりしてほしい(敬称は略させていただきました)。

オルタナをやってるアイドルは普通にいる

オルタナは反商業的な音楽だからアイドルがやるのは驚き、という語り口は2020年代においてはもう通用しないと思う。確かにテレビやTikTokで見るグループにはあまりいないかもしれないが、オルタナをやっているアイドルグループ自体はすでに結構いる。

筆頭はやはりRAYだろう。シューゲイザーをやるアイドルがいるなんて!という衝撃も数年経ってだいぶ薄れてきたと思ったら、どうやら次のアルバムではRIDEのマーク・ガードナーが楽曲提供するらしい。イギリス人の彼らがどこまで日本のアイドル文化を知っているかはわからないが、どういう気持ちでオファー受けたんだろうか。4年くらい前からアルバム作ってると言いながら一向に出す気配がないマイブラに曲を書かせたらそれこそ音楽史に名を残すレベルの功績になると思うので、これに続いてぜひやってほしい。来年日本にも来るらしいし。

わりと歌モノとして聴きやすいのは「わたし夜に泳ぐの」だと思う。このあたりをシューゲイザーに含めるのは厳しいと思っているが、インディーロック、インディーポップとして普通にいい曲。Alvvaysとかと並べてもあんまり違和感ない。

ちゃんと若いオルタナ好きの流行をわかっていて、最近は前半でエモ、後半でシューゲイザーという超現代的な構成の曲を出していたりする。最後の方はマジの爆音で、スマホのスピーカーで聴いててもかなりの音圧なのがわかる。

もちろんアイドルでオルタナというのはRAYだけがやっているわけではない。

例えば0番線と夜明け前とか。

他にもyumegiwa last girlとかairatticとか、調べてみれば色々いる。そうしたグループが商業的に成功しているか、といわれると難しいのだがRAYに関してはもうかなり有名といって差し支えないのではないだろうか。曲のクオリティも頭2つくらい抜けていて、耳の肥えたリスナーに薦めても結構好評だ。

話をサンフェーデッドに戻そう。オルタナを作りますよ、と決めたときの会議で何が話されていたかは知る由もないが、おそらくこうした流れを踏まえた上でこの曲が作られたのではないだろうか。アイドルでなくとも羊文学がスタジアムでライブをする規模のバンドになっていたり、Spotifyの公式プレイリスト「Haze」で東・東南アジアのオルタナ・シューゲイズバンドがピックアップされたりする中で、オルタナはもはやアンダーグラウンドシーンにとどまらないどころか、ポップシーンの一角を占めている。反商業主義的な態度を堅持しているアーティストばかりでもなくなってきているだろう。

オルタナと長谷川白紙の親和性

今までやってこなかったタイプのオルタナでもいい曲を作ってくるのはすごい、というのはそれはその通りなのだが、長谷川白紙の作曲・編曲能力が高さはこれまでの数多の曲で如何なく発揮されていてすでに広く知られていることだと思う。なのでここはあえてオルタナティブロックという音楽自体が実は他ジャンルとの親和性が高いのだ、という話をしておきたい。

南田勝也『オルタナティブロックの社会学』の中では、オルタナティブロックの次のような特徴が指摘されている。

九〇年代以降のロックは、同時代もしくは過去に生じた他ジャンルの音楽的諸要素を取り入れるが、それをギターで表現しようとする傾向が顕著である。ここまで論じてきたように、オルタナティブロックは、ギターサウンドとノイズの響きを重んじていて、しかも内閉的な性向を有する音楽文化であった。担い手たちは、外側との音楽的交流を派手に主張したりしない。まるで与えられたものの範囲内で工夫をこらす実験室での遊びにように、ギターでさまざまな音を表現することで、ロックの土壌に溶け込ませるのである。

南田勝也『オルタナティブロックの社会学』p81

同書ではメタルを取り入れたグランジやニューメタル、ヒップホップを取り入れたラップロック、他にもハウスやテクノとの融合について論じている。確かにそのようなバンドはここで例示されているRage Aganest the Machine、the Stone Rosesだけでなく、ファンク(もちろんラップも)を取り入れたRed Hot Chili Peppersもいるし、American Footballもジャズを吸収しようとしているし……挙げはじめたらきりがない。90年代、00年代のバンドが参照元になったいま、もはやもともとその音楽性が何を取り入れることで作り出されてきたのか忘れられつつあるのかもしれないが、伝統的なオルタナティブロック(すごい表現だ)だと思われている音像ですら他のジャンルの要素が色々と含まれているのである。

オルタナティブロックがもつあらゆる音楽をノイジーなギターサウンドを中心としたバンドスタイルに落とし込んでいくという側面があるからこそ、「サンフェーデッド」は長谷川白紙らしさを保ちながらもオルタナティブロックだとみなされたのではないだろうか。他のジャンルであれば、むしろ「長谷川白紙が◯◯を取り入れた」という評価になったのではないか?と考えることもできるだろう。あまりに大胆すぎる言い方をすれば、ジャズやブラジル音楽をはじめ様々な音楽を取り込みつつもあまりロック色は強くない長谷川白紙の音楽性をギターサウンドで形にしたこの曲は、ある意味で90年代のバンドの音をそのままなぞるよりもオルタナティブロック的な性質をもっているのである。もちろん、バーチャルアイドルの曲という時点でその精神性を共有しているとはいいがたく、あくまでサウンドとしての話だが。 

サンフェーデッドのオルタナっぽくないところ

前の話をしたせいで「オルタナとは……」という説明をしなくてはならなくなってしまったのだが、ここでは伝統的なオルタナ(改めて、すごい表現だ)、つまり90年代の「オルタナティブロック」の代表的存在として挙げられるバンドたちとの差異の話をしてみようと思う。

まず、全体として楽器が上手くて縦の線が揃っている。Sonic YouthとかDinasour Jr.とか、比較的アップテンポで疾走感のある曲を出しているバンドもリズムがよれていたり、音色が安定していなかったり、まあ正直言ってあまり楽器が上手くない。より音像や曲調が近い邦楽オルタナティブでいえば、NUMBER GIRLは当時から上手いがbloodthirsty butchersとかは音源でもかなり勢いに任せた演奏だ。しかし、そのルーズなリズムや素人感、音楽の授業では到底褒められないような既存の「上手さ」とは違う音楽をやり続けるというカウンターの姿勢こそが魅力だったりもするのだ。そう思うと、オルタナっぽい音像でありながらサンフェーデッドはかなり整って聴こえる。

とはいえ、最近の売れている邦楽オルタナティブロックは楽器が上手いバンドが多い。羊文学も(今は休養中だが)フクダヒロアのドラムはとても安定していたし、オルタナティブロックとよんでいいのかわからないが、この言葉を若い世代に広めているであろうキタニタツヤはダンスミュージック的なリズムの上で精密で幾何学的なアルペジオを弾いている。ラフな音像の印象が強いw.o.d.も、楽器自体はすごく上手い。世代や文化圏を越えているからか、現代の邦楽オルタナティブロックは楽器が上手く弾ける上でどうラフさを出すかというアプローチに変わってきているのかもしれない。それはそれとして、PCが普及して以降はDAWでデモを作ってクリックに合わせて録音するようになり、逆にずらすほうが難しいというのもあるだろう。

長谷川白紙は音大を大学院まで出ているので、音楽的な知識や技術についてはどう考えても玄人だ。この曲では楽器を弾いていないが、編曲をする上でそれなりに細部まで詰められる人にとっては計算されたラフさを演出するほうが得意分野だろうし、実際それがこの曲の良さになっていると思う。しかし、インディーさに由来する音としてのノイズやラフさではないという点で往年の「オルタナティブロック」らしくはないともいえる。

その点でいえばAメロ以外のコード進行の複雑さもかなり計算されている。サブドミナントマイナーをいじり倒していたり、代理コードやパッシングコードとしてディミニッシュを入れることでベースがほとんどダイアトニックスケール上にない音になっていたり……ここらへんはギターで弾いてみたりコードwikiをみたりしたが私の能力では正直何が正解かわからない。唯一和音を鳴らしているギターが歪みとコーラスで完全に潰れているのに、なぜこんなに和声感があるのかも不思議。というかベースとギターとボーカルが全部センターでドラムだけステレオなのもかなり勇気ある選択だと思う。ギターソロ以外ほぼモノラルじゃん。

とまあ、かなり隅々まで気を使っているであろうつくりになっていて、パワーコードをかき鳴らしたらできたというタイプの曲ではない。それが従来のオルタナティブロックっぽいかといわれるとそうではないのだが、私はこういう精緻さが好きなのでこれはこれでどんどんやってほしい。

これはシューゲイザーなのか?

この曲の感想でよくシューゲイザーが引き合いに出されているのを見かけるが、さすがにこの曲をシューゲイザーに入れるのは厳しいと思う。爆音でノイジーなギターならシューゲイザーってわけじゃない。それだとパンク系の音楽は大方、歪みの深いギターを全部入れるなら下手をするとハードロックやメタル系の音楽が全部シューゲイザーということになってしまう。

じゃあ何がシューゲイザーなのかといえば、エフェクターの使用、とりわけ空間系の使用における特徴や似た効果を狙った奏法を採用しているかどうかだろう。ジャンルの境界をどこに設けるかは私の独断ではなく色々な人の議論の中で決まっていくものだが、すでに有名なジャンルなのでこれはさすがに大きく外してはいないと思う。

まずシューゲイザーといえばMy Bloody ValentineのLovelessみたいな音楽を指す、といって差し支えないだろう。ケヴィン・シールズの足元にある膨大なエフェクターが想像されると思う。シューゲイザーは英語だとShoegazeと呼ばれるわけだが、靴を見つめているようにみえるのは足元のエフェクターを頑張って操作しているからだ(この語自体の初出は歌詞カードを見ている様子からそう形容されたといわれているが、とはいえShoegazeといわれるバンドのエフェクターを多用する演奏の様子がこの語と合っていたから使われ続けているのだと思う)。

しかしケヴィン・シールズは別格で、あんなに大きいペダルボードを使っている人はさすがにそういない。同じく代表的バンドとされるSlowdiveとかRIDEとか、一応ギターの原音聴こえるし。

そうなったときにシューゲイザーをシューゲイザーたらしめているのはやはり空間系と揺れだ。このあたりは「黒田隆憲のシューゲイザー講座」という連載で詳しく解説されている。

まず空間系のディレイとリバーブだ。ディレイも当然大事なのだが、よく注目されるのはリバーブだと思う。マイブラならSPX-900、SlowdiveならFX500と、レコーディングで使用されたリバーブエフェクターが名機とされている(どっちもYAMAHAだ)。特にマイブラは残響を逆再生させるリバースリバーブを使用しており、これがLovelessのあのサウンドの肝になっている。単に深い残響音をのせるだけでなく、オクターブ上を重ねるシマーリバーブとか、そういった飛び道具系のものも含めてリバーブは重要な役割を果たしている。

もうひとつの要素は揺れだ。これはエフェクターでやる場合もあるし、そうでない場合もある。エフェクターでやる場合にはトレモロ(音量の上下)やビブラート(音程の上下)、コーラス、フランジャー(非常に短い時間でディレイ音を鳴らす) といったものが使われる。

ところがシューゲイザーの代表例であるところのマイブラはあんまり揺らし系のエフェクターを使っていない。しかし、代わりにジャズマスターのアームをもって揺らしている。やり方は違えど、出力されるサウンドに不安定さをもっている。

「空間系」と「揺れ」、このふたつの要素が合わさるとどこか幻想的な響きが得られる。マイブラがブライアン・イーノからも高い評価を得ているように、ロックとしてだけでなくアンビエント的な魅力も持っているのがシューゲイザーなのだ。

ということを踏まえると、サンフェーデッドはどうなのか?

ギターを担当した細井徳太郎(この方の曲も良いので聴いてほしい)は、Xで使用機材を明かしている。確かにコーラス(BOSS CE-3)を使っているのだが、他は歪みとボリュームペダルだ。音からしても、ミックスでなじませるためにディレイやリバーブをかけていることはあるだろうが、積極的な音作りのためにはつかわれていない。

ソロで使っている歪みは昔のデジタルエフェクターらしい。LINE6の古いエフェクターはマルチもコンパクトも何度か使ったことがあるが、あの今となっては出来の悪いデジタルモデリングが逆のいいローファイさだと思える。

少し脱線したが、サンフェーデッドをシューゲイザーに入れるのは流石に無理があるということがわかっていただけたのではないだろうか。じゃあなんと呼べばいいのか?といわれれば、まあオルタナティブロックが妥当だろう。メタル要素はないのでグランジともいえないし。

もう少し解像度を上げたければ、リファレンスになっていそうなバンドを探すとより細かい文脈に位置づけられるし、好みの音楽にも出会えると思う。あまり元ネタや系譜を指摘しても仕方がないのだが、この曲は洋楽のオルタナというよりは邦楽、言ってしまえばNUMBER GIRLを意識しているだろう。近い時代のバンドとしてbloodthirsty butchersやeastern youthがおり、くるりやスーパーカーとは少し離れている。前の2組はNUMBER GIRLのラストライブで向井秀徳が尊敬するバンドとして挙げているくらいなので当然といえば当然だ。洋楽でいえばギターのサウンドが近いのはSonic Youth(これも向井は影響を公言している)やDinasour Jr.だと思うが、ここまでBPMが速い曲というのはそもそもあまりない(強いていうならCap'n JazzのLittle Leagueとかは結構速いし雰囲気もそう遠くないが、系譜的にやはり一緒には出来ないだろう)。やはりサンフェーデッドから感じるのはナンバガ的な焦燥感だと思う。

オルタナティブロックをやるアイドルは、まだ推せない。

いわゆる「オルタナティブロック」的なサウンドが文化産業に取り込まれてきたわけだが、アイドルやゲーム楽曲としてリリースされたものはどうしても楽しみきれない、というのが正直な感想だ。

確かに、音源ではバンドと似た質感のものをつくることは可能だ。なんだかんだ発声が違ったりもするが、サブスクの自動再生で流れ続けているだけなら聴き分けられないこともあるだろう。

しかし、音楽は波形が変わらなければ同じというわけではない。背後にある文脈も込みで表現はできている。自分たちで曲をつくり、詞を書き、演奏すること自体がメッセージなのだ。そして、その言葉がアーティスト自身の中から出てきているということはもちろん、演奏にはその人の身体や音楽遍歴が記録されている。同じ楽器で同じ曲を弾いても、手の大きさによって、弾いてきた音楽によって出す音は変わる。ときに歌詞よりもギターのほうが雄弁に語るオルタナティブロックにおいて、アーティスト自身が楽器を弾いているのかというのはとても重要なことなのだ。

だから、きちんとアイドルやキャラクターの来歴を踏まえたうえで当て書きするとか、場合によってはメンバーが歌詞を書くとか、部分的に近づけることはできても本当にオルタナティブロックの精神性を体現するには全てを自分たちでやるしかない。ライブに行ったらフルレンジのスピーカーからマスタリングされた音が流れているようでは、あくまで模倣と言わざるを得ないだろう。

その曲がオルタナティブロックであることと「いい曲」であることはあまり関係がないので、普通にいい曲は聴く。冒頭にも言った通りサンフェーデッドもめちゃめちゃ聴いている。だけど、オルタナティブロックの形式を導入したことによって、すごいのは長谷川白紙や演奏家やバンダイナムコのプロデューサーであって篠澤広ではない、ということが強調されてしまっているようで虚しさを感じるのだ。

いわゆる「楽曲派」的な聴き方によって評価しているのはアイドルやキャラクター自身ではなく裏方の作り手たちであるにもかかわらず、さも本人のことを素晴らしいと思っているというふうに語るのはねじれた態度だと思う。音楽やパフォーマンスについて努力していて、こだわりや自負がある人はたくさんいる。しかし、それがその人自身のものとして評価できるような形でアウトプットされてこないということへのやるせなさ。オルタナティブロックのテイストだけが商品として消費される中で欠落してしまったのは、その核心ともいえる部分だったのだろう。

二次元のキャラクターは実在しないのでどうしようもないが、アイドルは卒業後アーティストとして活動する人も多い。容姿や愛嬌ではなく、その人自身の才能や魅力が発揮されるのはむしろそのフェーズだろう。だから今はまだ、推せない。

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